仕事の出来る悪役令嬢、薄幸王子様を幸せにアップグレードしておきました。

 とてもお恥ずかしながら……というしおらしい態度で、私は衛兵たちの上司である騎士団長へと嘘の事情を話すことが出来た。

 騎士団長からは『若いうちは会いたい気持ちは止まらないものですよ。私だってそうでした』という、良くわからない共感を受けて、これから先はこういう事態が絶対に起こらぬようにと、固く約束させられた。

 そして、ウィリアムの目論見通りに、衛兵に捕えられていたキャンディスは解放されることとなった。

 牢から解放される時、私に抱きついてきたので、安心させるように背中をポンポンと叩いた。

「モニカ様! ほんっとうに……ほんっとうに、ごめんなさいでしたーっ……うっ……うっ……一人しか居ないって言っても、留置所なんて、暗くてじめじめして、こわくってえ……」

「そうね……もうこれからは絶対に、勝手なことはしては駄目よ。キャンディスさん」

 しくしくとなきべそをかいた彼女を抱きしめた私はしみじみとそう言って、キャンディスも流石に今回はやらかしたという自覚があるのか、何の文句も言わずに頷いた。

 牢の中で昨夜は一睡もしていないという泣きじゃくるキャンディスを、城に用意されている自室にまで送り届け、彼女の上司には私から色々と説明した。

 そして、理由なく無断欠勤になってしまっていた女官の仕事も、どうにか辞めさせられずに済んだ。

 キャンディスの問題を解決してから、とりあえずウィリアムの居る離宮に戻ろうと廊下を歩き出した私の前に、なんとモニカには見覚えのあるエレインの侍女が現れた。

 こんな場所で会うなんて珍しいと思い、会釈して通り過ぎようとした私に、彼女は小走りで近づいて来た。

「あ。モニカ様。探しましたわ……」

「え? あ……ええ。何の用かしら?」

 モニカ・ラザルスは、エレインの取り巻きの一人。

 最近は私もお針子修行などがあり、彼女の傍に居ない時は多かったけれど、お茶会や夜会などでは、いつものように取り巻きとしての役目を果たしていたはずだ。

 エレインもたまにウィリアムの様子を確認して来たけれど、それも、いつものことと言えばそうだった。

「エレイン殿下が、モニカ様をお呼びですわ」

「……エレイン様が?」

 こんな風にエレインが取り巻きの私を呼び出す理由も思い浮かばず、私は大人しく案内してくれる彼女の後をついて行くしかなかった。

 私はエレインの自室へと案内されて、尊き王族に対し決められている型通りの挨拶を済ませると、無表情でそれに応じた彼女は、すぐに人払いを命じた。

 室内に残されたのは、エレインと私だけ。

 強い緊張感だ。エレインの周囲はピリピリとしていて、まるで私の中にある何かを見極めようとしている……?

「……なんだか、久しぶりね。モニカ。姿を見ていなかったわ」

「はい。エレイン様……ウィリアム様の立太子の儀式で、私も色々と時間が取られてしまって……」

 沈黙の中で不意に声を掛けられて、私は慌てて答えた。

 エレインわかりやすく血の繋がったウィリアムの姉で、とっても整った容姿を持っている。まっすぐな黒い髪と凛とした青い眼差しを持つ、鮮烈な印象の美貌の姫だ。

 浅い考えで不遇にあったウィリアムを虐めていた悪役令嬢モニカなどとは、エレインは全く格が違う。

 このモニカをどうにか利用してでも、自らには手が出せない場所に幽閉された弟の様子が知りたいと、わざわざ自分の取り巻きの一人に加えていたのだ。

 弟に酷いことをしたと自慢するように話すモニカに感情を見せず弟の様子を聞き出し、そのためだけに傍に置いていた。

 エレインは常に感情を見せない。

 それが身分高く様々な事情取りまく自分の足元をいつかすくうと、理解しているのかもしれない。

 いまだに彼女が私を呼び出した理由がわからず、顔を伏せて発言を待った。

「ねえ……少し前から、人が変わったみたいに見えるわ。モニカ」

 エレインは不思議な光を放つ青い目で、モニカをじっと見つめていた。

 ……エレインは行動を改めたモニカを、見直し始めているのかもしれない。もし、彼女本人と協力し合うことが出来れば、暗殺防止についても話が早い。

 けれど、ここはどう考えても、しくじれない場面だった。

 例えるならば、会社全体の命運がかかったプロジェクトのプレゼンのようなものだ。

 ……ウィリアムと私のこれからが、この時間で左右される。

 強い緊張感が、身体全体を襲う。けれど、私は何度も何度もこういう場面を乗り越えたことがあった。

 失敗したこともあるけれど、成功したことだって何度もある。

 平常心……ここで対応を失敗したとしても、命がすぐに取られてしまう訳ではないわ。

 ふうっと大きく息を吐いて、心を落ち着けた。

 順を追って説明すれば、エレインならば、きっとわかってくれるはずよ。

 彼女は自らが不利な立場になるかもしれないという危険を冒してまで、弟ウィリアムを救い出そうとしてくれていた、とても誠実な人なんだから。

「……今までが酷すぎました。申し訳ございません。エレイン様」

「それは、ああ。私も否定しないわ……モニカ。今の貴女は私の弟の味方? 敵? どちらなのかしら」

 弟。これは、ウィリアムとジョセフ、エレインの二人の弟、どちらだとしても通る話だった。

 けれど、エレインがここで言いたいことは、私も理解している。

「ウィリアム様を救いたいです。あの方は不当な理由で、離宮へ幽閉されて押し込められています。優秀な頭脳を持ち、数えきれないほどに過ちを犯した私も許容して、許してくださるとても度量の大きなお方です」

 私はエレインの美しい青い瞳を、まっすぐに見返してそう言った。

 エレインは私の中にある覚悟を推しはかるようにして見つめて、無言の時間は続いた。

 ……私は不遇の身にあるウィリアムを救いたく、貴女と協力する覚悟はあります。

 聡明な彼女には、この気持ちは、わかってもらえているとは思う。けれど、私が性格の悪いモニカで演技しているだけならば、彼女には失うものが多すぎる。

 どうか、私の言葉を信じて……。

「……モニカ。私の弟とは恋仲なの? ……あなたは弟のことをずっと前から、嫌いだと思って居たけど」

 長い沈黙を経て口を開いたエレインは、牢の中に捕えられていたキャンディスを救うためのあの嘘を、誰かから聞いて私をすぐに呼び出したらしい。

 けれど、エレインに嘘をつく必要はないので、私はそれを否定することにした。

「あ。それには、少し事情がありまして……私の友人の女官が、深夜にウィリアム様の住む離宮に侵入しようとするところを衛兵に捕えられてしまいまして……」

「ああ……それで、ウィリアムとモニカは、深夜にも会いたがる恋人同士の振りを? その女官の行動はよくわからないけれど、それならばそういう理由で入り込もうとしたと説明がつくし、若い婚約者同士のことだからとお目溢しがあったのも納得できるわね」

 あまりにも無謀なキャンディスの行動が理解し難かったのか、エレインは眉を寄せて不快そうにしたけれど、私たち二人に流れた噂の真相の納得はしてくれたらしい。

「それについては、そういう訳なのですが……私もウィリアム様の処遇改善については、エレイン様とご協力出来ればと思っておりました」

「……本当に人が変わったみたいね。モニカ。いいえ。けれど、私にとっては……嬉しい変化ではあるわ」

 ここまでの話を聞いて、私を信じて良いものか、慎重なエレインは少し考え込んでいるようだ。彼女の立場を思えば、警戒心が強くなっても仕方ない。

 それに、ウィリアムを救おうと思っているのは、彼の肉親では彼女だけなのだから。

「ウィリアム様は、エレイン様が心配してくださっていること……何かと気にしてくださっていることは、お伝えしております」

「……そうなの! あの子が? 私の気持ちを?」

 エレインとてこれは予想していなかったらしく、非常に驚いたらしい。

「ええ。エレイン様は複雑な立場に居られ、そういったこともウィリアム様は理解してくれております」

「まあ……」

 エレインは言葉を失って、涙ぐんでいた。

 これまで、弟には憎まれても仕方ないけれど、その先にある解放を考えてこうした方が良いと思い、彼女は心を鬼にして行動してきたのだ。

 当の本人に誤解されていないと知れば、嬉しいことだと思う。

「あの子は……あの子は、何も悪くないのよ! 同じように父の子として生まれたのに、あのような扱いはあんまりだわ。王位を受け継ぐ王太子なのよ……私が男子として生まれていれば、第二王子としてジョセフと同じように大事にされて育っただろうに」

 やはり、自分が男子として生まれなかったことで、王太子としての立場に置かれることになったウィリアムに負い目を感じていたらしい。

「はい。私もそう思います……エレイン様」

 エレインはすぐに気持ちを立て直し、凛とした眼差しを私に向けた。

「ウィリアムも私があの子を心配していることを……あの立場から救おうとしていることを、わかってくれているのね……?」

 再度確認するように言ったエレインに、私は大きく頷いた。

「ええ。大丈夫ですわ。他にも何かお伝えしたいことがあれば、私が今からお伝えします」

 エレインは大きく息を吐いて、私がこれからすべきことを告げた。