仕事の出来る悪役令嬢、薄幸王子様を幸せにアップグレードしておきました。

「……私が、ウィリアム様の宮に……夜にですか? 何故?」

「おい。お前。愛し合う男女が夜に何をするか、俺に説明させるつもりか? 恋仲で一時も離れたくなかったからと言えば良い。そうすれば、モニカからの我が儘を聞いて、先に行かされた事になるキャンディスにだって温情はあるだろう」

 ……ああ! そういう事ね。

 私たち二人は大人の関係になっているから、夜にも会いたくなっていたということよね。

「恋仲! そうですわね。確かにそう言えば、私も私に着いて来たはずのキャンディスさんも、夜にこの離宮に出入りしても、問題はありません!」

 なんたって、ウィリアムと私は将来結婚する婚約者だ。厳密に言えば本当は駄目だけれど、そういう関係になっていても、どうせそうなるのだし別に問題はない。

 それに、王太子ウィリアムの意向で……という、免罪符があれば完璧だった。

 私は彼に呼ばれていて、その前にキャンディスさんが、先に離宮に行こうとした……そうだったことにすれば、彼女の命を救える。

 ……希望が見えたわ!

 この言い分に、無理があると言えば無理はある。どうして私がキャンディス一人置いて、先に帰ってしまったのかなど。

 けれど、ウィリアムと私が口を合わせて『そうだ』と言えば、それは真実になる。

「ああ……モニカは、それで良いのか?」

 この案でキャンディスの命を救う件はどうにかなりそうだと、ほっと胸をなで下ろして安心した私に、まるで確認するかのようにウィリアムは聞いた。

「ええ。大丈夫ですわ。キャンディスさんの命を救うためなのですから、ここは深く考えている時間はありません。ウィリアム様の案で、いきましょう!」

「良いんだ……」

「もちろんです!」

 そうと決まれば、ここでぐずぐずしているような余裕はない。私はウィリアムの部屋を出て行こうとすると、座っていた彼は慌てて立ち上がっていた。

「おい!」

「はい?」

 私を慌てて呼び止めた癖に、ウィリアムは我に返ったように、無言になっていた。

 まだ、何か……私に言いたいことがあるのかもしれない。不思議に思い私が向き直ると、意を決したかのように声を出した。

「……お前。これを公的に認めれば、もう俺以外に、嫁げなくなるんだぞ? 俺たち二人は婚約者と言えば、そうなんだか……」

「良いですよ?」

 私は何を今更言い出すのかと、大きく頷いた。

 だって、モニカは幼い頃からウィリアムの婚約者なのだし、彼から婚約解消や婚約破棄をされない限りは、王太子であるウィリアムに嫁ぐことになる。

「は……良いんだ」

 ウィリアムは呆然としたように、呟いた。

 ……何なのかしら。

 通常の婚約者ならば、将来的に結婚するのよ。

 本来ならモニカはキャンディスを殺しかけたことがきっかけで、過去の悪行をつぐなうために婚約破棄されてしまうことになるのだけれど、今のところそうなる予定はないのだし。

「あの……キャンディスさんの命が掛かっています! 少々誤解を招くような表現など、特に問題のあることでもありません」

「そ、そうだよな。命はなくなれば、取り戻せないからな……うん」

 ウィリアムは納得したかのように何度か頷いたので、私はもう良いだろうとキャンディスさんの元へと向かうことにした。


◇◆◇


 とてもお恥ずかしながら……というしおらしい態度で、私は衛兵たちの上司である騎士団長へと嘘の事情を話すことが出来た。

 騎士団長からは『若いうちは会いたい気持ちは止まらないものですよ。私だってそうでした』という、良くわからない共感を受けて、これから先はこういう事態が絶対に起こらぬようにと、固く約束させられた。

 そして、ウィリアムの目論見通りに、衛兵に捕えられていたキャンディスは解放されることとなった。

 牢から解放される時、私に抱きついてきたので、安心させるように背中をポンポンと叩いた。

「モニカ様! ほんっとうに……ほんっとうに、ごめんなさいでしたーっ……うっ……うっ……一人しか居ないって言っても、留置所なんて、暗くてじめじめして、こわくってえ……」

「そうね……もうこれからは絶対に、勝手なことはしては駄目よ。キャンディスさん」

 しくしくとなきべそをかいた彼女を抱きしめた私はしみじみとそう言って、キャンディスも流石に今回はやらかしたという自覚があるのか、何の文句も言わずに頷いた。

 牢の中で昨夜は一睡もしていないという泣きじゃくるキャンディスを、城に用意されている自室にまで送り届け、彼女の上司には私から色々と説明した。

 そして、理由なく無断欠勤になってしまっていた女官の仕事も、どうにか辞めさせられずに済んだ。

 キャンディスの問題を解決してから、とりあえずウィリアムの居る離宮に戻ろうと廊下を歩き出した私の前に、なんとモニカには見覚えのあるエレインの侍女が現れた。

 こんな場所で会うなんて珍しいと思い、会釈して通り過ぎようとした私に、彼女は小走りで近づいて来た。

「あ。モニカ様。探しましたわ……」

「え? あ……ええ。何の用かしら?」

 モニカ・ラザルスは、エレインの取り巻きの一人。

 最近は私もお針子修行などがあり、彼女の傍に居ない時は多かったけれど、お茶会や夜会などでは、いつものように取り巻きとしての役目を果たしていたはずだ。

 エレインもたまにウィリアムの様子を確認して来たけれど、それも、いつものことと言えばそうだった。

「エレイン殿下が、モニカ様をお呼びですわ」

「……エレイン様が?」

 こんな風にエレインが取り巻きの私を呼び出す理由も思い浮かばず、私は大人しく案内してくれる彼女の後をついて行くしかなかった。

 私はエレインの自室へと案内されて、尊き王族に対し決められている型通りの挨拶を済ませると、無表情でそれに応じた彼女は、すぐに人払いを命じた。

 室内に残されたのは、エレインと私だけ。

 強い緊張感だ。エレインの周囲はピリピリとしていて、まるで私の中にある何かを見極めようとしている……?

「……なんだか、久しぶりね。モニカ。姿を見ていなかったわ」

「はい。エレイン様……ウィリアム様の立太子の儀式で、私も色々と時間が取られてしまって……」

 沈黙の中で不意に声を掛けられて、私は慌てて答えた。

 エレインわかりやすく血の繋がったウィリアムの姉で、とっても整った容姿を持っている。まっすぐな黒い髪と凛とした青い眼差しを持つ、鮮烈な印象の美貌の姫だ。

 浅い考えで不遇にあったウィリアムを虐めていた悪役令嬢モニカなどとは、エレインは全く格が違う。

 このモニカをどうにか利用してでも、自らには手が出せない場所に幽閉された弟の様子が知りたいと、わざわざ自分の取り巻きの一人に加えていたのだ。

 弟に酷いことをしたと自慢するように話すモニカに感情を見せず弟の様子を聞き出し、そのためだけに傍に置いていた。

 エレインは常に感情を見せない。

 それが身分高く様々な事情取りまく自分の足元をいつかすくうと、理解しているのかもしれない。

 いまだに彼女が私を呼び出した理由がわからず、顔を伏せて発言を待った。

「ねえ……少し前から、人が変わったみたいに見えるわ。モニカ」

 エレインは不思議な光を放つ青い目で、モニカをじっと見つめていた。

 ……エレインは行動を改めたモニカを、見直し始めているのかもしれない。もし、彼女本人と協力し合うことが出来れば、暗殺防止についても話が早い。

 けれど、ここはどう考えても、しくじれない場面だった。

 例えるならば、会社全体の命運がかかったプロジェクトのプレゼンのようなものだ。

 ……ウィリアムと私のこれからが、この時間で左右される。

 強い緊張感が、身体全体を襲う。けれど、私は何度も何度もこういう場面を乗り越えたことがあった。

 失敗したこともあるけれど、成功したことだって何度もある。

 平常心……ここで対応を失敗したとしても、命がすぐに取られてしまう訳ではないわ。

 ふうっと大きく息を吐いて、心を落ち着けた。

 順を追って説明すれば、エレインならば、きっとわかってくれるはずよ。

 彼女は自らが不利な立場になるかもしれないという危険を冒してまで、弟ウィリアムを救い出そうとしてくれていた、とても誠実な人なんだから。

「……今までが酷すぎました。申し訳ございません。エレイン様」

「それは、ああ。私も否定しないわ……モニカ。今の貴女は私の弟の味方? 敵? どちらなのかしら」

 弟。これは、ウィリアムとジョセフ、エレインの二人の弟、どちらだとしても通る話だった。

 けれど、エレインがここで言いたいことは、私も理解している。

「ウィリアム様を救いたいです。あの方は不当な理由で、離宮へ幽閉されて押し込められています。優秀な頭脳を持ち、数えきれないほどに過ちを犯した私も許容して、許してくださるとても度量の大きなお方です」

 私はエレインの美しい青い瞳を、まっすぐに見返してそう言った。

 エレインは私の中にある覚悟を推しはかるようにして見つめて、無言の時間は続いた。

 ……私は不遇の身にあるウィリアムを救いたく、貴女と協力する覚悟はあります。

 聡明な彼女には、この気持ちは、わかってもらえているとは思う。けれど、私が性格の悪いモニカで演技しているだけならば、彼女には失うものが多すぎる。

 どうか、私の言葉を信じて……。

「……モニカ。私の弟とは恋仲なの? ……あなたは弟のことをずっと前から、嫌いだと思って居たけど」

 長い沈黙を経て口を開いたエレインは、牢の中に捕えられていたキャンディスを救うためのあの嘘を、誰かから聞いて私をすぐに呼び出したらしい。

 けれど、エレインに嘘をつく必要はないので、私はそれを否定することにした。