仕事の出来る悪役令嬢、薄幸王子様を幸せにアップグレードしておきました。

 そんな場所から王族の住む離宮に入り込もうとするあやしい女官を、衛兵が放っておくはずもなかった。

 ああ。竹本さん……!

 前世でも勝手に思いついて、営業先に突撃して、大失敗したことがあったわよね……けど、今回は取引先ではなくて、命が無くなることになるのよ!

 私は衛兵から話を聞きながら、痛みを増していく頭痛に額を押さえながら、罪が確定するまでの犯罪者の居場所、留置場まで連れて行ってもらった。

「あ! モニカ様……! わーん。眠れなかったんです。私、どうしたら良いですか。王族の宮に侵入した者は、皆死罪だと言うんです! このままだと殺されてしまいます……! どうにかして助けてくださいぃ……!!!」

 キャンディスは泣きながら、私に頼み込んできた。

 ヒロインらしく可愛らしい顔の目の下には黒い隈が出来ていて、これまで眠れなかったというあの言葉に嘘はないようだった。

「……あの、キャンディスさん。どうして、こんな事をしたの……?」

 私は頭に浮かんでいた疑問を、彼女に素直ぶつけた。

 だって、キャンディスは抜け道から侵入なんてせずとも、ウィリアムの離宮から帰ったところだったはずだ。

 しかも、私と一緒ならば彼女に慣れようとしないウィリアムに会っても、特に支障はない……だというのに夜中に忍び込むなんて、本当にそれをした理由が良くわからないのだ。

「『君と見る夕焼け』のヒロインっぽいことが、したかっただけなんですぅ……こんなにも大事になるなんて思わなくて……モニカ様!! 死にたくないですぅ!! 助けてください!!」

 大声で泣き出したキャンディスを宥め、とにかくウィリアムと相談すると言って、あわてて彼の居る部屋にまで駆け込んだのだ。


----私から詳しい事情を聞き終わったウィリアムは、大きな大きなため息をついた。

「あれは……ああ。君の友人だったか。これからは彼女との付き合い方を、よくよく考えた方が良さそうに思うのだが」

 ウィリアムは誰かの友人関係について、安易に口を出すべきではないと考えたのか、かなり言い方を考えてくれたようだ。

 私もこれにはもう、苦笑いするほかない。

 竹本さんは突拍子もないことを良く考えつく人だったけれど、現代日本とは常識が何もかも違う異世界で王族の宮に侵入しようとした賊がどうなるかは、あまり考えていなかったようだ。

 平民や貴族、王族と段階的に身分差があるということ。その身分差によって生じる問題なども、頭ではわかっていても、ここがあの日本ではないと、ちゃんと理解が出来ていないのかもしれない。

「はい……けれど、今は命の危険が迫っています。彼女をこのまま放っておくというのも出来ません。私はどうにかして、キャンディスさんを救うために動こうと思います」

 エレインの暗殺を防止するのも大事だけれど、今ここにある危機というのなら、キャンディスの命を救うしかない。

 けれど、彼女の犯したとされているあの罪は、シュレジエン王国では、かなりの重罪とされているものなのだ。

 ……最悪の場合。どうにか脱獄させて、牢から逃がすことも考えなければならない。

「そもそも、どうしてあの女……いや、キャンディスは、俺の宮に夜に忍び込もうとしたんだ。昼ならば既にモニカが言ってくれていて、出入りは許可されているだろう」

 実はそれはキャンディス本人に『一人でウィリアムに会うのは無理です』と、言われているのだけど、彼女は門番に止められることがないという点においては、その通りだった。

「……あのですね。彼女の好きな物語の中に、そういったような場面があるらしくてですね……どうやら、その物語のヒロインっぽいことをしたかったそうです」

 ……ええ。その物語は私も大好きでして……それを、自分もやってみたかったという、そういった気持ちはわかるのですが、本当に解決の難しい仕事を任されることになってしまいました。

「はぁ? なんだ……それは……本当に意味がわからない」

 ウィリアムは宇宙語を聞いてしまったとでも言わんばかりな、不可解そうな表情を浮かべていた。

 彼の言いたいことは本当にごもっとも。しかし、キャンディスの命は、刻一刻と危険に晒されていることも確かだった。

「もう起こったことは、起こってしまったことなので……それよりも、彼女のことをどうにかせねばなりません。命を取られてしまったら、それこそ、もうどうしようもありませんから」

 私がそう言うとウィリアムは考え込むようにして、難しい表情で腕を組んだ。

「……そうだな。しかも、本人がただの遊び気分で犯罪など起こす気もなく、罰せられた死因がこれでは、あまりに間抜け過ぎる。俺たちも助けられるなら、助けてやるべきだろうな」

 大きくため息をついたウィリアムは、キャンディスを救うために、知恵を貸してくれるつもりらしい。

 私も安心をしてほっと息をついた。

 幽閉されていると言えど、ウィリアムは王族。しかも、王太子だ。彼の意見は虐げられていようが、それなりの力を持っている。

 私は伯爵令嬢で貴族とは言え、王族には逆らえない。それは、シュレジエン王国の国民……全員にも、言えることだけれど。

「……そうだな。俺たちは将来結婚する、婚約者同士なんだ。夜にモニカがここへ忍んで来る前に、キャンディスが先んじて、ここに来ようとしていたとでも、言えば良いではないか」

 ウィリアムは冷静にそう言い、私は彼の言葉の意味を理解するために。少し時間が掛かった。

 ……婚約者同士だから、夜に会いに? どうして?

「……私が、ウィリアム様の宮に……夜にですか? 何故?」

「おい。お前。愛し合う男女が夜に何をするか、俺に説明させるつもりか? 恋仲で一時も離れたくなかったからと言えば良い。そうすれば、モニカからの我が儘を聞いて、先に行かされた事になるキャンディスにだって温情はあるだろう」

 ……ああ! そういう事ね。

 私たち二人は大人の関係になっているから、夜にも会いたくなっていたということよね。

「恋仲! そうですわね。確かにそう言えば、私も私に着いて来たはずのキャンディスさんも、夜にこの離宮に出入りしても、問題はありません!」

 なんたって、ウィリアムと私は将来結婚する婚約者だ。厳密に言えば本当は駄目だけれど、そういう関係になっていても、どうせそうなるのだし別に問題はない。

 それに、王太子ウィリアムの意向で……という、免罪符があれば完璧だった。

 私は彼に呼ばれていて、その前にキャンディスさんが、先に離宮に行こうとした……そうだったことにすれば、彼女の命を救える。

 ……希望が見えたわ!

 この言い分に、無理があると言えば無理はある。どうして私がキャンディス一人置いて、先に帰ってしまったのかなど。

 けれど、ウィリアムと私が口を合わせて『そうだ』と言えば、それは真実になる。

「ああ……モニカは、それで良いのか?」

 この案でキャンディスの命を救う件はどうにかなりそうだと、ほっと胸をなで下ろして安心した私に、まるで確認するかのようにウィリアムは聞いた。

「ええ。大丈夫ですわ。キャンディスさんの命を救うためなのですから、ここは深く考えている時間はありません。ウィリアム様の案で、いきましょう!」

「良いんだ……」

「もちろんです!」

 そうと決まれば、ここでぐずぐずしているような余裕はない。私はウィリアムの部屋を出て行こうとすると、座っていた彼は慌てて立ち上がっていた。

「おい!」

「はい?」

 私を慌てて呼び止めた癖に、ウィリアムは我に返ったように、無言になっていた。

 まだ、何か……私に言いたいことがあるのかもしれない。不思議に思い私が向き直ると、意を決したかのように声を出した。

「……お前。これを公的に認めれば、もう俺以外に、嫁げなくなるんだぞ? 俺たち二人は婚約者と言えば、そうなんだか……」

「良いですよ?」

 私は何を今更言い出すのかと、大きく頷いた。

 だって、モニカは幼い頃からウィリアムの婚約者なのだし、彼から婚約解消や婚約破棄をされない限りは、王太子であるウィリアムに嫁ぐことになる。

「は……良いんだ」

 ウィリアムは呆然としたように、呟いた。

 ……何なのかしら。

 通常の婚約者ならば、将来的に結婚するのよ。

 本来ならモニカはキャンディスを殺しかけたことがきっかけで、過去の悪行をつぐなうために婚約破棄されてしまうことになるのだけれど、今のところそうなる予定はないのだし。

「あの……キャンディスさんの命が掛かっています! 少々誤解を招くような表現など、特に問題のあることでもありません」

「そ、そうだよな。命はなくなれば、取り戻せないからな……うん」

 ウィリアムは納得したかのように何度か頷いたので、私はもう良いだろうとキャンディスさんの元へと向かうことにした。


◇◆◇


 とてもお恥ずかしながら……というしおらしい態度で、私は衛兵たちの上司である騎士団長へと嘘の事情を話すことが出来た。

 騎士団長からは『若いうちは会いたい気持ちは止まらないものですよ。私だってそうでした』という、良くわからない共感を受けて、これから先はこういう事態が絶対に起こらぬようにと、固く約束させられた。

 そして、ウィリアムの目論見通りに、衛兵に捕えられていたキャンディスは解放されることとなった。

 牢から解放される時、私に抱きついてきたので、安心させるように背中をポンポンと叩いた。

「モニカ様! ほんっとうに……ほんっとうに、ごめんなさいでしたーっ……うっ……うっ……一人しか居ないって言っても、留置所なんて、暗くてじめじめして、こわくってえ……」

「そうね……もうこれからは絶対に、勝手なことはしては駄目よ。キャンディスさん」

 しくしくとなきべそをかいた彼女を抱きしめた私はしみじみとそう言って、キャンディスも流石に今回はやらかしたという自覚があるのか、何の文句も言わずに頷いた。