仕事の出来る悪役令嬢、薄幸王子様を幸せにアップグレードしておきました。

「もー!! やっと来てくれた!! 私のこと、忘れていませんでしたかー!? 山下さん、酷いです!」

 久しぶりに竹本さんもといヒロインキャンディスに会うと、涙いっぱいの目で見つめられてぷりぷりと怒られて私は苦笑いした。

 私たちはウィリアムの住む離宮へ向かうために、渡り廊下を二人で歩いていた。

「キャンディスさんのことを、忘れてなんていないわよ。けれど、ウィリアムが立太子の儀式に出席する件で私も忙しかったの……覚えているでしょう? 1巻の物語のはじめに出て来る、あの悲劇的なシーンよ」

「えっと……? 山下さんって、すっごく記憶力良いですね。『君と見る夕焼け』は刊行数二桁越えの大長編なのに。私はお気に入りのシーンしか覚えてません!」

 キリッとした表情でそうキャンディスに宣言されたので、私は『一番好きな小説って言っていたわよね……?』と、複雑な思いを抱きながら、曖昧に微笑んだ。

 私はキャンディス。

 キャンディス・ウィリアムズ。ヒロインらしく可愛い名前を持っているんだけど、元々の名前は竹本(たけもと)紗英(さえ)。

 この小説に転生して来て、一番に喜んだのは、私が誰よりも幸せになるヒロインだったから。

 『君と見る夕焼け』のヒーローウィリアムは、少々暗い性格を除けば、本当に素敵で外見も完璧な王子様だし、彼と波瀾万丈を乗り越えて愛し合うのも悪くないなーなんて、そんなことを思って居た。

 けれど、私が女官として城で働きはじめ、ひと月ほど経った時だっただろうか。

 意地悪悪役令嬢モニカ・ラザルスが転倒した私に駆け寄って、心配してくれたのだ。

 ウィリアムの婚約者であるモニカは、外見は清楚に見えて綺麗系だけれど、性格が非常に悪い。

 平民出の女官として働く私を心配してくれるなんて、とても小説の中に居る彼女に思えなかった。

 ……それに、私が会社に入った時にOJTを務めてくれた優しい先輩山下さんの口調に、既視感を覚えてしまうほど良く似ていたのだ。

 彼女は『仕事が出来る』と会社でも有名な女性で、なんと、まだ若い年齢で将来的に役員になることが決定していると噂の女性管理職だった。

 だから、新入社員のOJTなんて、本来の役割からすると業務的に外れているのだけれど、物好きなことに新人教育は好きだからと関わっているらしい。

 もしかして……と思って、おそるおそる聞いてみれば、やっぱり山下さんがモニカに転生して来たらしい。

 優秀な先輩山下さんは、既に不幸のどん底に居るはずの婚約者ウィリアムとも和解済みで、すぐに私を彼に会わせてくれることになった。

 話が早すぎる……! 本当に、山下さんって凄い。

 幽閉されている王子様ウィリアムの姿は、百点満点だと言えるくらいに、素敵な男性だった。

「は? なんだ。お前は……」

「あっ……あの、キャンディスです。これからお世話になります。よろしくお願いします!」

 胡乱げにじろじろと睨み付けられても、全然怖くないもん。だって、今はわかってくれないと思うけれど、ウィリアムはこの先に、私のことを好きになることが運命付けられているもの。

 本当ならばこの頃は身だしなみもろくに出来ずに、キャンディスから教わるはずだけど、仕事の出来る山下さんならぬモニカが既に生活指導をしていて、髪も服もどこに出しても恥ずかしくないくらいに調えられていた。

 きっと……すぐに私と、打ち解けてくれると思っていた。

 小説の中では、キャンディスとウィリアムは話す内に親密度が高まっていく。

 私が幾度となく話し掛けているうちに、つっけどんな物言いはなくなり、優しいウィリアムになるのだろう。

 ……けれど、安易な私の思惑は外れてしまい、ウィリアムが口にすることと言えば、悪役令嬢モニカのことだけ。

「おい。いい加減にしろ。あいつはどこに行ったんだ!」

 なんなの。やだ。ウィリアムって、怖い。

 最初は関係はあまり良くないところから始まるけれど、そんな風に親の仇を見るような目で見なくても良いでしょ……機嫌良く話し掛けただけなのに。

 苦々しい表情で荒っぽく問いかけられて、私はしどろもどろになりながら答えた。

「えっ……やまっ……モニカ様は色々と忙しいから、ウィリアム様のお世話は私に任せると……」

「なんだと? おい。さっさと出て行け。モニカを連れて来い。話があると、俺が言って居ると伝えろ!」

「はっ……はいいいぃぃぃ」

 私はウィリアム殿下からそう言われて、慌てて外へと飛び出した。

 今の私はモニカ・ラザルスに言いつけられて、ウィリアム殿下を始終監視している女官……ということになっているらしく、欠伸をしている門番にも何も言われなかった。

 ひーん……あんな怖い人と、恋愛したくないよー……どこに行ったの。

 山下さーん!!

 その時の私は、最近姿の見えないモニカを探して、数日間、城の中を彷徨うことになってしまった。


◇◆◇


 ウィリアムの離宮で色々と打ち合わせをして、モニカと別れた私は、彼らと話したことを思い返していた。

「ええええ……嘘でしょう。私……もう、ヒロイン無理だった……」

 呆然としてしまう。

 だって、山下さんが中身のモニカは、ウィリアムのことを完全に手懐けていて……彼に好かれていた。

 恋をしたら一途で盲目、平民出身の女官を唯一の妃として王妃にするウィリアムなのだから、モニカのことを好きになったとしたら、私になんて好意を抱くはずもない。

 好きになった人を、既に決めてしまっているもの。

 ええええええ。酷い。

 しかも、モニカからは『余計なことは言わないように。しないように』って、何度も言い含められるし……余計なことなんて、言わないよ。

 そもそも、職場を転々としすぎて、親しい人だって出来てないんだもん。

 ……はああ。

 せっかく異世界転生出来たのに、なんだか、悲しくなってきた。

 山下さんが悪役令嬢モニカにならなかったら、私は今頃、ウィリアムと打ち解けて、彼に恋をされているはずなのに……。

 ウィリアムに会う前なら簡単に諦められたかもしれないけれど、彼の容姿はとても良い。本当に素敵な王子様だった。

 本当だったら、私がヒロインだったのに……山下さんが一緒に転生しなかったら、こんなことにはならなかったのに……。

 今更、そんな事を考えても仕方が無いとはわかりつつ、やっぱりこの流れには納得はいかなかった。

 ううん。仕方ない。

 ウィリアムはもう、婚約者モニカのこと好きなんだもん……そういえば、キャンディスって夜中に離宮に通うんだっけ……確か、前の私の清掃担当の持ち場にある抜け道。

 あそこには、確か、抜け道の入り口があるはずよね。

 ……折しも、今は夜でほとんどの使用人は自室へと帰っている。

 小説の中では女官として城で働き始めたキャンディスは、ドジっ子で方向音痴だった。

 持ち場で偶然ネズミを見掛けて、それを追って入り込んだウィリアムの宮で彼と出会って、その後も何度も通い続けて虐げられた氷を纏う彼の心を溶かすのよ。

 せっかく転生したんだから……別に少しくらい、ヒロインっぽい事をしても良いよね……?

 物語のシーンを再現出来るなんて、聖地巡礼に近しくない?

 良いアイディアを思いついた私は、周囲を気にしつつ以前の持ち場へと行き、ごそごそと探し回っていた。そして、植え込みに抜け道の入り口を見付けた。

 上手く隠されていて、見付けるのに時間が掛かってしまった。

「あっ……あったー!! これなのね。凄い!!」

「おい! そこのお前……一体、何をしている!!」

「わ、私、何も!!」

「嘘をつけ。こんな夜中に、こんな場所で何もしてないは通じないぞ!!」

 探していた抜け道を見付けたと喜んだのもつかの間、私は衛兵に見つかって、そして、捕らえられてしまうことになった。

 やっ、山下さーん!! あ。違った。今はモニカだった。

 もう、なんでも良いから、助けてーーー!!!

「っウィリアム様!」

「わっ……! なんだ。なんなんだ。一体」

 私が彼が普段の時を過ごす離宮の居間に飛び込めば、ソファで本を広げたまま顔にかけ眠っていたウィリアムは、本を床に落として上半身を起こしていた。

「大変です! キャンディスさんが、ウィリアム様の離宮侵入の容疑で、衛兵たちに拘束されてしまったんです!!」

 とんでもない話を聞いてから、言葉の意味を咀嚼出来なかったのか、ウィリアムは表情の抜け落ちた顔でしばし固まった。

「……はああぁぁぁぁああ?」

 眉を顰めなんとも言えない表情で、ウィリアムは唸った。

 ウィリアムがそうしてしまう気持ちは、わかる。本当に常人には何が何だかさっぱり理解不能な事態が起きてしまった。

 ……キャンディスの姿を目の当たりにした私だって、本当に何が起きたのか、まるで、意味がわからないのだ。

 私がいつものように登城しウィリアムの住む離宮へ行こうとしたところ、一人の衛兵が駆け寄り『モニカ・ラザルス様ですね? 大罪を犯した女官が貴女に会いたいと言っているのですが、どういたしますか?』と聞いてきた。

 私は彼の言う、その大罪を犯した女官が誰であるか、すぐさまわかってしまった。竹本さん。いいえ……どう考えても、キャンディスよね。

 大罪を犯したって、一体、どういうことなのかしら……?

 そして、私がは衛兵にキャンディスの元へ案内してもらいながら、道中で事情を聞くことが出来た。

 なんと、キャンディスは昨夜、小説の中に出て来る、ウィリアムの住む離宮へ入るための抜け道を探し当て、そこに入ろうとしていた時に衛兵に見つかったのだと言う。

 あれは単なる抜け道ではなくて、王族が緊急の際に逃げることの出来る非常出口のようなもの。ぱっと見は絶対に気がつけないくらいに巧妙に隠されてはいるものの、知る人ぞ知る秘密の抜け道なのだ。