仕事の出来る悪役令嬢、薄幸王子様を幸せにアップグレードしておきました。

 何のことかわからないままの私を振り返り、ウィリアムは眩しそうに目を細めた。

「……以前に、俺は聞いたことがあっただろう。モニカに……どうしようもない難事を目の前にしたら、君ならばどうする、と」

「ああ……はい。そうでしたね」

 そういえば、以前にそんなこともあったと、思い出した私は頷いた。

 エレイン様からウィリアムに怪我をさせてしまったと、お叱りがあった後のことだろうか。

 彼は私を心配して、そう……慰めてくれてから、そういう話に流れになったように思う。

「あれは……ここへ幽閉された俺の事だった。俺は母上が亡くなった後、ここに閉じ込められて、誰からの助力も願えずに、ただ暗く悲しい気持ちで鬱屈した日々を過ごしていた。幼いながらも、逃げようとしたことはあった……だが、全ては徒労に終わった……それで、諦めてしまったんだ」

「それは……その、ウィリアム様の状況であれば、仕方ないことかと……」

 私は冷や汗をかきながら、そう言った。

 ウィリアムがもし、それを私に聞きたかったとしたならば、とても能天気な回答をしてしまったことになる。

 あれは、ウィリアム自身の問題を示唆していたのね……無神経なことを言ってしまったかもしれない。

 ウィリアムにはほとんどの人が持っていて、一番に大事な自由がなかった。行く場所も会う人も限られていて、どうすることも出来なかった。

 誰からも助けを得ることは、出来なかったというのに。

「いいや。誰しも状況は違う……良い状況を先に選ぶことは出来ない。そして、俺は無力だった。だが、それで諦めてしまえば、何も出来ないままで終わってしまう。モニカの言う通り、暗く考えたところで良くなることはない」

「……それは」

「ならば、少しでも明るく居た方が上手くいくだろうと言った、君の言う通りだった……俺は間違えていたんだ。そう思った」

「ウィリアム様……」

 私は胸の前で祈るように手を組み、いたたまれない気持ちになった。

 この状況はウィリアム自身が、何か出来るような話でもなかった。彼は幼くして、こんな場所に閉じ込められたのだから。

 ……もし、私が彼の立場だったなら、どうだろうか。

 こんなにも強く居られただろうか。たった一人で……閉じ込められて。

「ああ……いやいや、勘違いするな。別に俺は自分の人生を呪っている訳ではない。俺はここでこうして生まれ、王太子として育って良かったと思う。モニカと婚約出来たからな」


「……え?」

 ウィリアムは私を離宮にある庭園にまで導き、そこに用意されていた物を手に取った。

 赤い夕焼けは彼の背後にあり、私からは逆光だった。ウィリアムは黒い影になって、何を持っているか見えない。

 あら。なにかしら……? なんだか、すごく見覚えのある光景。

 ……ああ。

 私の大好きな『君と見る夕焼け』にも、こんなシーンがあった。

 ヒーローウィリアムが……ヒロインキャンディスに、好きだと告白するシーンだ。

「……モニカ。お前は本当に、わかっていない……俺はお前のことを、好きだと言ってあっただろう」

「え? え……そうです。けど……」

 ウィリアムは戸惑っている私に近づいて、今まで何なのかわからなかった赤い薔薇の花束を差し出したので、慌てて胸にそれを抱いた。

 ふんわりと香る優しい香り。上品な赤。夕焼けの光に相まって、たっぷりとした花弁は、本当に美しい。

 そして、光る指輪を持って私の前に跪いていたウィリアムの顔は、とても真剣だった。

 けれど、私はこの状況がとても不思議だった。

 この異世界には愛する人と、指輪を交換するという制度はない。赤い薔薇にだって、あの花言葉のように特別な意味はないのだ。

 ……ない、はずなのに?

 どうして、これを?

「あの……その、この指輪は、一体どういうことですか?」

 彼がここで指輪を用意した意図を確認したい私の言葉を聞いて、ウィリアムは楽しげに微笑んだ。

「キャンディスという、あの女官に聞いた。俺の見たところ、どう考えても二人は話は合わなさそうだが……君の友人という触れ込みだったからな。俺の気持ちをモニカにわかってもらいたいと相談したら『赤い薔薇と指輪を一緒に贈ってください。出来れば跪いて』ということだったので、今俺はここでこうしている」

 そう言って、ウィリアムは私の左手の薬指に、指輪を嵌めた。夕日に燦然と輝く大きな金剛石(ダイヤモンド)の指輪。

 ああ。嘘でしょう。

 これって……この異世界にはない慣習なのよ。こうして、男性が跪いて指輪を嵌めてくれるなんて。

 確実に、キャンディスさん……もとい、竹本さんの指導が入っているわ……確か、私……彼女に言ったかもしれない。

 こうされて求婚(プロポーズ)されることが、ずっとずっと夢だったって。

 ……あの何気ない言葉を、竹本さんは覚えていてくれたの?

「……嬉しいです。その、とっても、嬉しいんですけど」

「何が不満だ? 君と彼女が好きな物語は、こういうしきたりのある世界感と聞いたが」

「そっ……そうですね。ええ。それは、そうなのですけれど」

 ウィリアムの言葉を聞いた私は、思わず顔が引き攣りそうになった。

 また、この後に響きそうな適当な設定を考えて!

 竹本さんったら!

 ……けど、私にとってすっごく嬉しいことをしてくれたから、それはもう水に流すこととする。

 なんとでもなるわ。きっと。

「……期限はモニカの誕生日が良いだろうとういうことで、期間は短かったが全て用意した。できるだけ質の良い物を贈りたかったので、姉上から情報収集した上に、腕の良い彫金職人を探して、誕生日までに逆算して作ってもらった。どうだ」

「……ええ。本当に、ご指導させていただいた私も感心してしまうほどに、完璧な仕事振りですわ。ウィリアム様」

 私が彼に言ってあった、あの流れ通りだ。

 ウィリアムは私の言っていたことを疑わずに、あの通りに動いてくれたらしい。

 優秀でチートがかった彼が、どこまで伸びて、どんな成長を見せていくのか。

 私はこれから待っている未来が、すごく楽しみになった。

「どうだ。受け取ってくれ。もう勘違いするなよ。意味は、わかるよな……?」

「……ウィリアム様。ありがとうございます。嬉しいです……」

 目には涙が込み上げてきて、ウィリアムの顔がよく見えない。

 私の手には、赤い薔薇の花束があった。指には輝く指輪が嵌められている。

 ……夢みたいだった。

 社畜OLとして働いていた、あの時に、夢見ていた通りの。

「……モニカ・ラザルス嬢。愛しています。僕と結婚してください」

 私は彼の言葉を聞いて驚き過ぎて、目を見開いたままで動きを止めてしまった。

 ……なかなか、何も言えずに私たちには、時だけが過ぎていった。

 けれど、ウィリアムは真面目な顔をして表情が揺るがなかった。それは、自分が心から真実思って居る言葉だからと、言わんばかりに。

 求婚(プロポーズ)の言葉も、キャンディスがウィリアムにああしろこうしろと全て指導していたのだと頭の中で理解することが出来た。

 二人でああでもないこうでもないと、レクチャーしている図が浮かんで思わず微笑んだ私は、自分が今、嬉し涙を流していることに気がついた。

 ……ああ……私は、今なんて、幸せなんだろう。

 放って置けば不幸になってしまうだろうウィリアムのことを、私が幸せにしたいと思ったし、出来れば出てくるキャラ全員を幸せにしたかった。

 けれど……そこに、私の名前悪役令嬢だったモニカ・ラザルスはなかったかもしれない。

「おい。いい加減、これでもう、わかれよ。モニカ。俺との婚約は、君の仕事では無いぞ」

 気に入らない様子で、呟いたウィリアム。もうこれで、私は彼の言葉をはぐらかせて逃げることが出来なくなった。

「……はい。喜んで」

 嘘でしょう。私、今、王子様から、美しい夕焼けの中で、求婚されているわ。

 信じられない。

 まさか、OJTを受け持っていつも助けていた竹本さんが、生まれ変わって異世界で、私に対しこんなにも良い仕事をしてくれるなんて。

 きっと……誰にだって、想像つかないわよ。


Fin

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