エレインもフランツも好きなキャラだったし、もし、二人が結ばれることがあるなら、絶対に応援するのに!!
……それに、身分違いの恋なんて、ロマンチック過ぎるわ!
「……なんですよ。姉上」
「あら。まあ……そうなの。モニカ。それはいけないわ。ウィリアムが、あまりにも可哀想だわ」
私が脳内でエレインとフランツのきゃっきゃうふふなカップリングを楽しんでいた時、姉弟エレインとウィリアムの会話は、先へ進んでいたようだった。
……しまった。全く話を聞いていなかった。
「申し訳ありません。あの……何のお話でした?」
一瞬だけ、聞いていた振りをしようかと思った。
けれど、これまでの経験上、それをすれば大体は失敗して余計に怒らせてしまうことになるので、私は潔く何の話だったのか尋ねることにした。
本来ならば王族の話を臣下たる貴族聞き逃したなど、絶対に許されるはずもない。
エレインとウィリアムはそういった意味で、とても寛大な王族だった。呆れたように二人で微笑み合うと、エレインはカップを持って私へと話しはじめた。
「ねえ。モニカ。確か貴女たち、深夜にウィリアムの宮に侵入しようとしたメイドを助けようとして、熱烈な恋仲の振りをしていたんでしょう?」
「あ。はい。その通りですわ。人命には、替えられなくて……嘘の申告を」
キャンディスの話ならば、確かにその通りだった。
流石にあれから、少々は反省したのかキャンディスは大人しくしていた。
私が不思議に思いながらそう答えると、エレインは何故か額に手を置いて息を吐いた。
「それは、そうよね……ねえ。ウィリアムは、モニカのことを、どう思って居るの?」
「どうもこうもないですよ! モニカは仕事仕事と……俺は先に気持ちを伝えても、何もなかったかのように振る舞うんです! 姉上。どうにかしてください!」
「な! 何を言い出すんですか。ウィリアム様。エレイン様の前ですよ! 止めてください。恥ずかしいです」
血の繋がった家族の前にして気持ちを伝えたなんて、明け透けなことを言い出すなんて思わなかった!
それに、確かにウィリアムから好きだと言われたけれど、あれはひな鳥が親鳥の後をついて回るような、そんな感情だと思って居た。
ウィリアムは本気で、私のことを好きなの……?
信じられないわ。
「わかったわ。待ちなさい……貴方たち二人が将来結婚する婚約者同士だということを、どちらも完全に忘れているわよね……?」
エレインに冷静に諭された私たちは、お互いに顔を見合わせて微笑むしかなかった。
エレインは改めて私の働きぶりを褒めてくれて、弟ウィリアムには『急がば回れ』という意味を持つシュレジエン王国ことわざを、何度か言い聞かせていたようだった。
そして、多忙な彼女は私たちとの次なるお茶会の日取りを決めてから、午後から予定されている公務へと向かった。
それにしても……一番に心配していたエレインの暗殺事件を防げて、本当に良かったわ。
『君が見る夕焼け』という小説の中でのラスボスは、あの、ダスレイン大臣なのだ。けれど、彼が悪役であると判明するのは、物語がかなり進行してから。
なので、私たちは今、物語のラスボスを倒したことになる。
あまりにも簡単に行きすぎて、少々肩透かしな面は否めないけれど、不遇な王子様ウィリアムを襲い来る不幸は、まだまだ用意されているのだ。
ラスボスであるダスレイン大臣と無関係な面でも、ウィリアムたちは大変なことになってしまうのだ。
悲劇フラグを折る作業はまだまだ足りず、私にはこれからも続く大仕事が残されている。
「……ウィリアム様。それでは、私はこのまま邸に戻ります」
「ああ。気を付けて帰ってくれ」
今のところ、婚約者というお目付役と同伴ならば離宮に出ることを許されているウィリアムと私は、彼の住む離宮の前で別れた。
ここに来る度に見掛ける目が死んで居る護衛も、なんだか目に光が戻って来ている気がするのは……私の気のせいなのかしら。
けれど、ラスボスを倒した後の爽快感、もう本当になんと言って良いのか、例えられないわ!
ダスレイン大臣の末路を聞いて俄然嬉しくなった私は、重いドレスを着ているというのに、スキップでもしそうになりながら城の中を歩いていた。
……あ。
あら。そうだわ。
このところ私が忙しくて、キャンディスこと、竹本さんのことをほったらかしにし過ぎていたわよね……今なら時間もあるし、久しぶりに彼女の様子でも見に行ってあげようかしら。
私が以前に聞いていた彼女を訪ねると、ドジっ子女官キャンディスは予想通り、前に居た職場から配置換えされていた。
たけも……キャンディス……一体、何個目の職場を転々としているの。
それでも、辞めさせられていないことも、本当に凄いわ。流石、どう叱られようがまったく動じず定時に帰宅するガッツある新人、元竹本さんだけあるわね。
今の彼女はなんと城の食料貯蔵庫の整理をしているらしく、私は城の裏に複数ある倉庫へと足を進めていた。
えっと……確か、さきほど聞いたのは、五番倉庫だったかしら?
同じような建物が建ち並ぶ辺りを抜け、私が迷いながら目的の場所に辿り着き、倉庫の中に入った瞬間、扉がいきなり閉まった。
……え?
そして、私のすぐ後ろに居たはずの護衛騎士が、慌てて扉を開けようとしている音を聞いた時に、視界が真っ暗闇に……。
◇◆◇
両目を閉じている私の耳にはぴちゃんぴちゃんという、水が高い場所から滴る音が響いていた。
「……ん。ここは?」
固い床の上に横たわっていた私が目を開ければ、そこは鉄格子で囲まれた牢の中だった。
あ……ダスレイン大臣に、攫われたのかしら?
女官キャンディスと私が親しいことは、彼女を死の危険から助ける時に噂で流れただろうし城では知られているから、罠にかけようと思えば、あの時だったのね。
……すべて上手くいったと思い、完全に油断してしまっていたわ。
……倉庫に配置換えがあったという話も、全部嘘だったのかも知れない。私には以前の職場の人からそう言われれば、真偽を確認することもないもの。
これは、まぎれもなく私のミスだわ。
何も考えずに、あんなひと目のない場所にまで誘導されてしまった。
注意深く身を起こすと鉄格子の外側には、予想通りにやけにほっそりとしていて、やつれていたダスレイン大臣が立っていた。
「……全部、全部、全部。お前のせいだ。お前が悪い。モニカ・ラザルス……お前のせいで、俺の計画がすべて、狂ってしまったんだ!! 何が起こったんだ。お前はもっと金に汚く、権力欲の強い性悪な女だったはずだ。何があったんだ。改心したのは、何が原因だ!! 教えろ。教えろ!! ……教えろ!」
ああ。私を誘拐したのは、やはりこの人だったのね。
王に激怒されて謹慎していると聞いていたけれど、城の中の牢を勝手に使うなんて、まだ自分の立場が理解出来ていないらしい。
……もう誰にも注目されない、人の良さそうな公爵ではなくなったというのに。
このところ思惑が上手くいかなさすぎて、すっかりおかしくなってしまっているらしい。ダスレイン大臣は、もう目の焦点も合っていない。
……なんだか、可哀想。
人畜無害で人の良さそうな小太りのおじさんだったのに、今では髪を振り乱し、おそろしい幽鬼のような風情になってしまっていた。
……これが、私のせいですって?
いいえ。まさか。私は何もしていない。
ダスイレン大臣だって、王族に対し何もしなければ、これからだって何もないはずだ。
だって、ダスイレン大臣が謹慎された理由は、上手く行かない苛立ちを抑えられずに、城の執務室をめちゃくちゃにしていたところを、国の最高権力者である国王陛下に見られてしまったことだけ。
印象が悪いと言えばそうなのだけれど、『まだ』彼の悪事は暴かれていないし、王族に暗殺者を送ったという証拠なども出揃っていない。
ここで心を入れ替えて、何事もなかったかのように、昼行灯の貴族として過ごすという道もまだ残っているはずなのに……そんなこともわからなくなってしまったのね。本当に残念だわ。
……それに、モニカがウィリアムを虐めなくなった理由。
それは中身がそっくりそのまま変わってしまったことが原因だけれど、ダスレイン大臣にそれをここで言ったとしても、信じてはくれないだろう。
「あの、ダスレイン大臣。何を仰っておられるのか、私にはわかりません。ここから、出してくれませんか。私はシュレジエン王国ラザルス伯爵ポールの娘。そして、王太子ウィリアム様の婚約者でもあります。もし……これが知られれば、貴方は謹慎どころでは済みませんよ」
私は毅然とした態度で、自分を誘拐したダスレイン大臣へと伝えた。
王太子ウィリアムの婚約者であるということは、未来の王妃、王族でもあるということだ。そんな伯爵令嬢を誘拐し害を為したとなれば、もしかしたらダスレイン公爵家の取り潰しにもなりかねない。
いいえ。
死人に口なしと、私がここで殺されてしまっても、おそらくは彼が一番の容疑者となってしまうことだろう。
だから、今彼は自ら底なし沼に落ちるような……そんな馬鹿な真似を仕出かしてしまっていることになる。
「ええい!! うるさい……うるさいうるさい!! お前が!! 俺の思い通りに動いてないから!! 俺の言う通りに動いていれば……許さない!!」
……あ。
これは、とても話が出来る状態ではないわ。
私は彼と会話することを、早々に諦めた。とにかく、私が何を言っても刺激になり、更に興奮してしまうだろう。
黙っているのが一番だわ。
牢の隅にあった椅子に座ると、静かに時が過ぎ去るのを待つことにした。
ダスレイン大臣は怒ってしまうと暴れてしまうのは、自分でも止められないのかもしれない。
悔しそうに地団駄を踏んで、廊下にある物を壊してまわっていた。
けれど……これって、そもそも悪巧みしなければ、失敗もしないし、怒るような出来事もないから。
……全部が全部、彼の自業自得よ。