仕事の出来る悪役令嬢、薄幸王子様を幸せにアップグレードしておきました。

 誰かを理由なく虐めているなら、同じようなことを好むような下劣な人たちにしか、そんな行動は認めてもらえないわよ。

「わかった。好きなドレスを買うと約束する……そろそろ帰ろうか」

 ワインで汚れてしまったドレスで、舞踏会の会場に居るわけにはいかない。私たちは周囲の貴族に礼をして離宮へと帰ることになった。

 私は離宮に帰ってすぐ、ここに置きっぱなしにしているお父様のオペラグラスを持って窓際に立った。

「ふふふ。これで、全て上手く行きましたね。ウィリアム様」

「……確認のため聞いておくが、今、お前は何をしているんだ。モニカ」

「現地確認です。物作りの現場も人材を使う仕事も、何事も現場が命なんです。この目で確認することが何よりも大事なのですよ」

 私はオペラグラスを向けた先、執務棟の中のダスレイン大臣の部屋を見ていた。

 私たちが貴族たちと歓談し、仲睦まじい様子を見せていたせいか、以前より多くの窓は割れ暴れ回っているようだった。

「あらあら。思惑と違ったから、執務室の中のものを破壊ですか……? いけませんね」

 もちろん。私は前世知識という彼から見れば異常なチートを手にしているから余裕を持ってそんな光景を見ていられるのかも知れない。

「おい。何が見えるんだ?」

 ウィリアムが近づいて来たので、私はオペラグラスを渡した。

 ダスレイン大臣は、まさか自室がこんな風に覗かれているなんて夢にも思っていないので、黒い影がわかりやすく暴れ回っているのが良く見えるはずだ。

 何かに失敗したとて、怒ったり落ち込んだりは、せめて、邸に帰ってからにするべきだと思うわ。

 ましてや、自らの職場で人や物に当たり散らすなどと……悪役の名に相応しいとても見事な暴れっぷりだけれど。

「ダスレイン大臣も自分の企みが上手くいかないからって、冷静さを保てないなんていけませんね」

「は? あれは、ダスレイン大臣なのか? あの、暴れ回っている賊のような影は。おい。あいつ、何かを割れた窓から投げたぞ」

 あの影の正体が、彼を恨む賊の方がまだ良かったかも知れない。

 大臣本人が暴れ回って、執務室を半壊させているなんて、とてもではないけれど笑えないもの。

「ウィリアム様。このように、何か上手くいかないことがあっても、あのようなメンタルの悪化は、ただの時間の無駄です。良い見本になりましたわね。それに、お金の無駄遣いとも言えます。あ……ふふふ。あらあら。国王陛下がそろそろ、ダスレイン大臣の執務室へと辿り着きそうですね」

 明るい廊下を歩く仰々しい人数の影は、オペラグラスを使わなくても、そうと知ることが出来た。

 国王の移動には、多くの側近は侍従が付きそうものなのだ。

「え? ああ。もしかして、さっき姉上の宮に寄っていたのは……」

 ウィリアムは呆れたように言ったので、私はにっこり微笑んで頷いた。

 実は私はエレインに頼んで、国王陛下をダスレイン大臣の執務室へと向かってもらうようにしていたのだ。

 以前に見た彼の姿を国王が見られたなら、どうなるかしらとは思ったのだけれど、実際のところ、私の想像よりも酷いことになってしまっていた。

 あんな……言い訳のしようもない、思い通りにならないと暴れ回るとんでもない姿を国王に見られて、ダスレイン大臣はどれだけ焦ってしまうのかしら。

「どんな表情になってしまうか、私も近くで見たかったです。なんだか、とっても面白いことになりそうですね」

「……俺はお前が仕事が出来すぎて、少々怖くなる時がある」

 ウィリアムはそう言ったので、私は嬉しくなって頭を下げた。

「まあ……それは、私にとって一番の褒め言葉ですわ。ウィリアム様。ありがとうございます」

「いや……まったく褒めてない。俺が言いたかったのは、そういった意味ではない」

 困ったように微笑むウィリアムに私は肩を竦めて、彼に貸していたオペラグラスを受け取った。

「……見事な手際だったわね。モニカ。ダスレイン大臣は執務室を破壊しているところを目撃したお父様を怒らせて、一時的とは言え謹慎処分。政治的には、立派な失脚よ。みんな貴女のおかげね。私と弟を守ってくれてありがとう」

「まあ。エレイン様。お褒めいただき、ありがとうございます。私にとって何よりのお言葉にございます」

 エレイン様の宮でのお茶会に呼ばれた私とウィリアムは、異国から特別に取り寄せたというお茶を頂きながら、ダスレイン大臣がその後どうなったのかという話をお聞きしていた。

 ……とは言え、あの時の私が何をしたかと言うと、エレイン様に『国王陛下をダスレイン大臣の執務室に向かうように働きかけてください』と、お願いしたことだけ。

 まさかここまで思惑通りに上手くいってしまうなんて、私自身も驚いている。

 空き時間を見て度々観察していたところ、ダスレイン大臣は何か気に入らないことがあれば、執務室で暴れ散らす悪癖があったようだ。

 けれど、それは人の居ない深夜にだいたい行われ、側近たちは朝までに、必死でそれを元通りにしていたらしい。

 人が良い温厚そうな外見とは違い、とてもとても性格の悪い悪役なので、ダスレイン大臣の側近は彼に弱みを握られ、絶対的な忠誠を誓わされた者ばかり。

 つまり、逆らうことが許されないし、情報漏洩などしようものなら、奈落の底に突き落とされてしまうだろう。

 あまり継承権も高くなく、ただ血筋を引いているからと公爵位に居て、好々爺のような外見で周囲を油断させて具体的な政敵も居ないダスレイン大臣。

 これまでに上手く立ち回っていたので、彼がまさか王位簒奪を目論(もくろ)んでいるなんて、誰も思っていなかった。

 そんな人がどのような生活を送っているか日々観察したいと思う人なんて、悪行を過去も未来も色々と知っている転生者の私くらい。

 だから、私が居なければ、ダスレイン大臣のあんな姿は、永遠に暴かれることはなかっただろう。

「そうね。どこかの誰かさんが雇っているだろう暗殺者も、私の元には複数送り込まれて来たけれど……流石は、かの高名な……といったところかしら……」

 エレインは背後に控えていたフランツへと、それとなく視線を向けた。

 彼女は言葉を濁しているのは、元暗殺ファミリー『オブライエン一家』を、王家が護衛として雇っているなどとは、表立って言えるようなことではないからだ。

 フランツの両親と末娘キッテンは、ウィリアムの護衛。フランツと弟ヴィードは、エレインの護衛。

 というように、オブライエン一家はふたつのチームに分かれて、彼らを護衛してくれている。

 エレインの護衛騎士フランツは私たちの会話に反応することは許されないので、無表情で直立不動のままだった。

 本当に姿が良いわ。フランツ。私の推しキャラだっただけあって、近衛騎士服も良く似合っている。

 王族の傍に居るので特徴的な頬の傷は、流石に化粧で隠して居るようだ。

 そして、その時。いきなり女の勘とも言える第六感が閃いた私は、エレインとフランツの間に若干の色気らしきものを感じた。

 ……『君とみる夕焼け』内で、フランツ登場時には、エレインは既に暗殺されてしまった後だった。二人はこうして、顔を合わせることもなかったのだ。

 元盗賊と身分を偽り仲間になったフランツは、ウィリアムに対し色々と罪悪感や負い目を感じていたのか、お話が終わるまで恋愛することはない。

 可愛い女の子は周囲に何人か居たのに、彼には女性関係の話はなかった。

 ……えっ……エレインとフランツの恋なんて、熱心過ぎる読者だった私にとっては、ご馳走ではない?

 エレインもフランツも好きなキャラだったし、もし、二人が結ばれることがあるなら、絶対に応援するのに!!

 ……それに、身分違いの恋なんて、ロマンチック過ぎるわ!

「……なんですよ。姉上」

「あら。まあ……そうなの。モニカ。それはいけないわ。ウィリアムが、あまりにも可哀想だわ」

 私が脳内でエレインとフランツのきゃっきゃうふふなカップリングを楽しんでいた時、姉弟エレインとウィリアムの会話は、先へ進んでいたようだった。

 ……しまった。全く話を聞いていなかった。

「申し訳ありません。あの……何のお話でした?」

 一瞬だけ、聞いていた振りをしようかと思った。

 けれど、これまでの経験上、それをすれば大体は失敗して余計に怒らせてしまうことになるので、私は潔く何の話だったのか尋ねることにした。

 本来ならば王族の話を臣下たる貴族聞き逃したなど、絶対に許されるはずもない。

 エレインとウィリアムはそういった意味で、とても寛大な王族だった。呆れたように二人で微笑み合うと、エレインはカップを持って私へと話しはじめた。

「ねえ。モニカ。確か貴女たち、深夜にウィリアムの宮に侵入しようとしたメイドを助けようとして、熱烈な恋仲の振りをしていたんでしょう?」

「あ。はい。その通りですわ。人命には、替えられなくて……嘘の申告を」

 キャンディスの話ならば、確かにその通りだった。

 流石にあれから、少々は反省したのかキャンディスは大人しくしていた。

 私が不思議に思いながらそう答えると、エレインは何故か額に手を置いて息を吐いた。

「それは、そうよね……ねえ。ウィリアムは、モニカのことを、どう思って居るの?」

「どうもこうもないですよ! モニカは仕事仕事と……俺は先に気持ちを伝えても、何もなかったかのように振る舞うんです! 姉上。どうにかしてください!」

「な! 何を言い出すんですか。ウィリアム様。エレイン様の前ですよ! 止めてください。恥ずかしいです」

 血の繋がった家族の前にして気持ちを伝えたなんて、明け透けなことを言い出すなんて思わなかった!

 それに、確かにウィリアムから好きだと言われたけれど、あれはひな鳥が親鳥の後をついて回るような、そんな感情だと思って居た。

 ウィリアムは本気で、私のことを好きなの……?

 信じられないわ。

「わかったわ。待ちなさい……貴方たち二人が将来結婚する婚約者同士だということを、どちらも完全に忘れているわよね……?」

 エレインに冷静に諭された私たちは、お互いに顔を見合わせて微笑むしかなかった。