「だから、普通の貴族令嬢は、現地確認が必要だとしても、鉱山になんて、絶対に近付かないんだ! 危険だろう!!」
「まあ、それでは……私は普通の貴族令嬢ではありません。ここからは、特別な貴族令嬢になりますわ。この目で現場を確認したいです。諦めることは、絶対に嫌です」
金鉱山の現地確認は譲れないと言い張り、ウィリアムも引き下がらないと強気の姿勢を見せたけれど、私だってここは引き下がらない。
鉱山に金があると言っても、ちゃんとそこにあるのか、埋蔵量はどの程度なのか。
それすらも下調べもせずに、他人任せにすることなんて私には出来ない。
……というのも、私は会社員時代に、何度も大失敗を重ねたからだ。
しかし、それは私がそれから失敗をする可能性を低くしてくれた貴重な経験とも言える。
手痛い失敗をしなければ『これは必須でしなければ』という、大事な前提条件の必要性に気がつけないものだ。
「……わかった。俺も一緒に行く。それなら良い。そうでなければ、姉上に頼んで、お前を止めてもらうからな」
指さして言い切ったウィリアムは、じっと見つめた。ここで私は、反論出来なくなった。
……流石、優秀なウィリアムだわ。私にとって最も効果的な方法を知っているわね。
ウィリアムは私が姉エレインに絶対に逆らえないと知っているので、ここで念を押した。
そうすると、私が後日『ウィリアムを、危険な目に遭わせた』と、お叱りを受けることになるのだけど……ここはもう仕方ない。
私が引くしかなさそうだ。
金鉱山が必ず実在するとしても、私はその目で見たいという強い気持ちがあるのだから。
「……わかりました。ですが、危険だと判断したら、即お帰りくださいね」
この前に受けたウィリアムの腕の傷は、すぐに治っていたようだけれど、それでも本来ならば護衛の首が飛ぶようなことだったのだ。
今回はお忍び中で軽傷、しかも本人が動いて婚約者を庇った傷ということもあり、エレイン様が私を叱る程度で済んだ。
王太子、いえ、王族という身分は、それほどまでに重要視されるものなのだ。
「おい……危険だとわかればお前も帰るんだ。モニカは俺の婚約者で、未来の王太子妃。かよわい貴族令嬢なんだぞ。本当にわかってないな……」
お互いに譲れる線はここまでだと息をついた私は、同じように呆れたように言ったウィリアムの言葉に渋々頷いた。
◇◆◇
王都の近くにある、隠された金鉱山。
それほど大きな山ではないけれど、人里に近いそんな場所にある金鉱山は気が付かれていない訳でなくて、それを知っていた昔の王族にひた隠しにされていたのだ。
金は宝飾品として細工しやすい金属で、世界中、ほとんどの地域でどこでも貴重品とされている。
通貨の代わりにもなる。
それに、魔除けの効果だってあるとされていて、この異世界では、とても価値が高かった。
けれど、金は錬金術で簡単に作れるものではなく、地中の埋蔵量には限りがある。
だから、付加価値を付けなくとも、延々価値が上がり続けている。私も投資をするなら金を選ぶもの。
金鉱山の存在を発見当初隠したのは、英断だったと言える。
それほどの価値のある金山を巡って、王族では血みどろの争いが起きただろうし……。
いえ。小説の中では王位簒奪を巡る血みどろの争いが起きて、それを解決するためにこの金山は使われたのだから、ウィリアムのご先祖様も、それで良かったと……きっと、思ってくれるはずよ。
鉱山の入り口には、子ども向けアトラクションの入り口ような、古びた看板が置かれ『探検ツアー入り口』と書かれていた。
……小説の通りだわ。実際に見るとこんな感じなのね。
「お……おい。モニカ。本当に大丈夫なのか」
迷わずに入ろうとした私に、ウィリアムは不安そうに言った。
ウィリアムの気持ちは、私にも理解出来る。
まるで打ち捨てられた子どもの遊び場のような……こんなにも寂(さび)れた入り口から、まさか、世界最大の埋蔵量を誇る金山へ通じているだなんて、誰も思わないものね。
これは、わかりやすい偽装(カムフラージュ)なのだ。こうして居れば、廃墟には価値のないものしかないだろうと誤解し誰も入らない。
実際は、信じがたいほどの金脈が存在している訳なのだけど。
「ええ。大丈夫ですわ。私を信じてください」
「おい。俺がお前を信じなかったことは、これまでにないだろう。あまりにも予想外の光景に、聞いただけだ」
私が胸に右手を当てて自信を持って答えれば、ウィリアムははあっと大きくため息をついた。
……あらっ?
ウィリアムの言葉を聞いて、なんだか、胸がきゅんとした。これは、胸が痛い時とは、全く違う感覚だわ。
胸が痛いのはおそらく先天性の心疾患だけれど、ときめくことは、私にもわかる。
夢中になって『君と見る夕焼け』を読んでいる時にも、私はそんな気分になって、読んでいたものだ。
……しかも、実在するウィリアムに、こうして、ときめかされているだなんて!
我がことながらも、本当に信じられない思いだわ。
入り口をくぐった私たち二人を守るようにして、数人のラザルス伯爵家の護衛騎士は続く。
まずは自分たちが内部へ趣き、この先の安全を確認すると言われたので、私とウィリアムは一番目の広い空間で待つことになった。
思ったよりも、内部は広い。
例えるならば、夜会を開く大広間にでもできそうなくらいに、がらんとした広い空間だった。
「そういえば、お前。最近、また何処かに行っているだろう。この前は、お針子の修行。今回は一体、何を企んでいるんだ?」
「企むなどど……なんだか、人聞きが悪いですわ。ウィリアム様。万が一に備えているだけです。備えあれば憂いなしと言うでしょう」
半目になったウィリアムに問われ、私は肩を竦めた。
最近、嗜んでいる習い事が楽しくなってしまって、以前ほどはあまり離宮に行けていない。ウィリアムは私と一緒に過ごす時間が減って、不満なのかもしれない。
私と一緒に外出するようになっても、ウィリアムはあまり人を寄せ付けなかった。
これまでに理不尽な理由で閉じ込められていた彼の気持ちを考えれば、それも無理もないことだと思う。
だんだんと慣れていけば、小説の中でいきいきしていたウィリアムのように、信頼出来る人たちに囲まれるはずよ。
「……まあ、モニカすることに、間違いはないと思うが」
あ。また、胸がきゅんとした。
そうね。ウィリアムに信頼されている発言をされると、私は嬉しいんだわ。
「なんだか、嬉しいです。ときめくって、こういう事を言うんですね」
「……はぁぁぁあ? お前、本当によくわからないな。ここまでに、ときめくような会話があったか?」
頰に両手を置いて恥じらうように言った私に、ウィリアムは不可解そうな表情で答えた。
「ええ。その通りです。私はウィリアム様に仕事が出来ると認めていただけるのが、とっても嬉しいのですわ。だって、胸がきゅんと、ときめきましたもの」
「ああ。仕事は確かに出来るな。まあ、そうか……俺もまだまだ、モニカに対し理解が足りていないのかもしれないな……」
ウィリアムが考え込むように腕を組んだ時、護衛騎士の声がして、奥に進んでも安全が確認されたので、大丈夫とのことだった。
「行きましょう! 私たちを助けてくれる、金に会えますよ!」
「何を救世主のように。金はただの金属だろう」
「まあっ……お金は何をするにも大事なんですよ! それに、お金を粗末にすると、お金から嫌われてしまうって……っ」
呆れかえったウィリアムと会話しながら歩いていると、一歩歩いたところで足場がいきなり崩れた。
傍に居たウィリアムが咄嗟に私の体を抱き寄せてくれて、奈落の底にも見える穴に落ちずに済んだ。
……嘘。
私。言葉の通り一歩間違えたら、死んでしまうところだったわ……。
「お前……足場には、気をつけろ。ここはいつものように、整備された道でもないぞ」
「あっ……ありがとうございますっ……」
下に空いた穴の深さにゾッとしながら抱き寄せてくれたウィリアムを見上げると、私の心臓はこれまでにない速度で鼓動を叩き始めた。
あら……?
ウィリアムって、そうそう……とても顔が良かったわ。
黒曜石のような瞳を縁取る睫毛はとても長くて、整った顔にある形の良い唇は間近で……ええ。とても近すぎるわ。
「おい。大丈夫か?」
私たち二人は将来の結婚を約束された婚約者だけれど、そういえばキスだってしたこともない。
……いずれ、必ずすることになるけれど……。
「あっ……あのっ……私」
「どうした? 顔が赤い。どこか痛むのか?」
暗い中で良く見ようとしてか、ウィリアムがより顔を近づけた。
その瞬間。
抱き寄せられたままの角度で視線を向けていた私は帰って来た護衛騎士の持つ明かりにキラリと、きらめいたものを見つけた。
「……あ! 金です。ありました。あそこです! ウィリアム様!」
私は両手を突き出して彼の身体を離すと、通常ならば、あまり見ることのない天井付近にきらめく金を見つけた。
まるで、天井を覆い尽くすような金。とてつもない埋蔵量だ。
すごいわ……まあ、こんな場所に隠されていたのね。
小説の中ではここに金脈があるという描写しかわからなかったから、気が付かず通り過ぎてしまうところだった。
けれど、これならば山の崩落を防ぐための対策は必須だし、しっかりとした足場を作らなければ……鉱夫たちの安全第一で時間を掛けて、金を掘り出す必要があるわね。
「は? ああ……ああ。うん。そうだな」
振り向いた時に、ウィリアムは何故か両手を何度か握っては開く動作をしていた。一体、何をしているのかしら。
「これで、オブライエン一家を護衛として雇えますわ! 彼らが私たちの味方になってくれれば、どんな敵も恐れるに足りません」
私は嬉しかった。
これで、何もかも上手くいくだろう。
……けれど、そういった浮かれた気分の時に、往々にして致命的なトラブルが起こるもの。