2度目の初恋はセレナーデのように



 〇教室・ホームルーム中
 陽暁(はるあき)が明空にいる最終日。壇上(だんじょう)に立った陽暁の話を、生徒は皆まじめな顔で聞いていた。


 陽暁「君たちは今、高校3年生の2学期。それぞれの道に旅立つ準備の期間に入っている子も、まだ悩んでいる子もいるだろう」

 陽暁「僕がここに来た理由はね、悩める君たちの一助(いちじょ)になるためなんだ。だから一人でも多くの子の背を押せたら嬉しい。僕は勇気をもって前に進む君たちを応援(おうえん)しているよ」


 歌音(かのん)もまたまじめな顔で話に耳を(かたむ)けていた。



 歌音(進路か……)



 ここ最近いろいろとありすぎて考えられていなかったけれど、もうすぐ受験のシーズンがやってくるという現実にうなる歌音。


 歌音(正直、私も迷ってはいるんだよね。このまま音大に進むか、それとも一般の大学に入るか……)

 歌音(音大に進みたいけど……そのためにはひとつ大きな問題があるんだよね)


 大きなため息を吐く。



 〇時間経過・職員室
 難しい顔をした鬼塚(おにづか)先生と困った顔の歌音が対峙(たいじ)している。

 鬼塚先生は提出された歌音の作った譜面(ふめん)を見て眉間(みけん)を押した。


 鬼塚「見雪(みゆき)基礎(きそ)はしっかりできているんだがなぁ……。何というか、個性が出ていないんだよ。もっとこう……楽想(がくそう)を膨らませてだな」
 歌音「……はい」

 鬼塚「見雪の第一志望は音大の作曲家コースだろ? このままでも受かる可能性はあるが、印象(いんしょう)を残せるような曲じゃないと目に留まりにくくなる。もう少し自分らしさを表現できるといいんだが……」
 歌音「……はい」


 譜面を返された歌音はしわしわな顔で職員室から出て、思わず深いため息を吐き出す。


 音大に行くための大きな問題がまさにこれ。

 歌音の作る曲は基本に忠実(ちゅうじつ)すぎて印象(いんしょう)に残りにくいという問題だった。


 歌音(音大に入るには基礎的な作曲力だけじゃ弱いのよね……)

 歌音(独創性って、どうすればいいのよ)


 たくさんの受験生の中で印象に残るくらいのものでないと作曲家コースは受かりにくいかもしれない。
 ため息ばかりがでていった。


 歌音「……はあ」
 陽暁「あれ、ノンちゃん? こんなところでどうしたの? なんだか暗い顔をしていたみたいだけど……」
 歌音「あ、陽くん」


 振り返れば資料を抱えた陽暁がいた。

 歌音は困った笑みを浮かべる。


 歌音「課題を出してきたんだけどね、あんまりよくなかったみたいで」
 陽暁「良くない?」

 歌音「曲に個性が出てないんだって。基本的なことはできてるけど、私、アレンジって苦手だから……」


 困ったように笑う歌音に対して陽暁は思案顔(しあんがお)に。

 少しするとひらめいたように顔を上げる。


 陽暁「そうだ、ノンちゃん。来週の土曜なんだけどさ、よかったら僕の大学に来ない?」
 歌音「え?」

 陽暁「これなんだけど」


 陽暁は資料の中からチケットを取り出した。


 陽暁「ちょうど来週、演奏会があってね。現役音大生の演奏を聞けば何か掴めるかもしれないし、作曲コースの生徒の作った曲も弾かれるからね。参考(さんこう)になるんじゃないかな」
 歌音「へえ。確かに……」

 陽暁「……それから僕も出るから、見にきてほしいと思って」
 歌音「陽くんの演奏!? 行く! 行きたい!」


 ぱあっと明るい顔になる歌音。
 昔から陽暁の演奏が大好きなのは変わっていない。


 陽暁「ほんと? なら午前中にきてもらえるかな」
 歌音「午前中? 演奏会は午後になっているけど……」

 陽暁「せっかくだったら学園内を案内してあげたいなと思って」
 歌音「え、でも演奏会の前だよ? 忙しいんじゃ……」

 陽暁「確かに午後からは音合わせとか準備があるからムリだけど、午前中なら空いてるんだ。だから、どうかな?」


 小首をかしげる陽暁に迷う歌音。


 陽暁「演奏会前にノンちゃんに会えたらやる気も出ると思うんだけど……ダメかな?」
 歌音「うっ」


 陽暁は捨てられた子犬のような目を歌音に向けた。

 歌音は心臓にダメージを受けた。


 歌音「……ジャマじゃないなら」
 陽暁「ほんと? 嬉しいな。じゃあ当日は迎えに行くね」


 陽暁はパアっと顔を明るくして足どり軽く去っていったのだった。