2度目の初恋はセレナーデのように



 〇歌音(かのん)の部屋(前回の続きから)
 陽暁(はるあき)に上に乗られて、身動きが取れない歌音。

 陽暁はどろどろとした激情(げきじょう)をその目に映していた。


 陽暁「分からないのなら、教えてあげなきゃ。――君は僕のだ。誰にも譲ってやるつもりなんてない」
 歌音「――はる、くん?」


 笑っているはずなのに目は全く笑っていなくて、ゆらゆらと怪しい光が宿っていた。


 それがなんだか怖くて、後ずさりするよう体をよじる。


 少しでも距離を取りたくて両手で陽暁の胸を押すが、陽暁は歌音の両手をいともたやすくからめとり、片手で拘束(こうそく)した。

 そして距離(きょり)をつめ、耳に吐息(といき)がかかるくらいに近づく。



 陽暁「ノンちゃんにその気がなくても女の子一人しかいない家に男が入ったら、こういうことされる可能性(かのうせい)があるんだよ」
 歌音「っ!」


 耳に息がかかりくすぐったくて手で隠そうとする歌音だったが、両手は陽暁に掴まれていてピクリとも動かせなかった。


 陽暁はそれを愉悦(ゆえつ)の浮かんだ目で見下ろす。


 陽暁「ほら。こんなに簡単に抑え込めちゃう。……危ないって思わなかった?」
 歌音「ぁ! まって……そこで、しゃべらなっ……!」


 甘くとろけるようなかすれ声が耳に直接流れ込んでくる感覚に肌が粟立(あわだ)つ。


 陽暁「ふふ。ノンちゃん耳いいもんね。やっぱり弱かったか」
 歌音「っ」


 からかわれていると思った歌音はキッと赤い顔のまま睨む。

 その様子を見た陽暁は目を細めて笑った。



 陽暁「かわいいね、ノンちゃん。身動きできなくされてそんな顔しちゃうんだ? それは僕だから? ……それとも」


 空いているもう片方の手で歌音の(あご)(すく)い、自分の方へと向けさせる。


 陽暁「男を(あお)るの……慣れているとか?」

 歌音「!?」


 見上げた陽暁の顔にはいつもの笑みがあるはずなのに、その笑みの裏に何か得体(えたい)のしれないものがうごめいているような気がする。
 それが恐ろしくて青ざめた。


 歌音(な、なに? いつもの陽くんじゃない……)


 何が違うかと問われたら答えにくいけれど、歌音の知っている陽暁ではないということだけは確かで。


 歌音(や、やだ。こわい……!)


 歌音「な、なんで、こんなこと……」



 いつもの陽暁に戻ってほしくて、なんとか言葉をひねり出す。


 陽暁「なんでって……ノンちゃんに危機感(ききかん)がないから、かなぁ? 僕に好きと言っておきながら、他の男と仲良くして、あまつさえ誰もいない家にあげようとするなんてさ。何されても文句(もんく)言えないんだよ?」
 歌音「危機感って……。だって虎くんはそんなこと」

 陽暁「しないって言い切れる? 現に君は今、よく知っているはずの僕にこんなことをされているのに?」
 歌音「それは……」


 歌音(確かに陽くんがこんなことするって思ってなかったけど……)


 だって昔からの知り合いで、今まで一度だってそんな目を向けられたことがなかったから。


 陽暁「僕にすら君の知らない部分があるのに、その虎くんとやらのことの方が詳しいって?」
 歌音「そうじゃなくて! だ、だって虎くん、彼女いるし……」

 陽暁「彼女がいたらしないなんて保障なんてないよ。ノンちゃんみたいにかわいい子と二人きりなんだからさ」
 歌音「か、かわ!? そんなこというの陽くんくらいだよ!?」

 陽暁「ううん。ノンちゃんはかわいいよ。……可愛くて、どうにかしたくなるくらいには、ね」



 細められた目に背筋がざわつく。


 歌音「っ! は、陽くんちょっと怖いよ。どうしたの? いつもの陽くんに戻ってよ!」
 陽暁「いつもの、か。ノンちゃんには見せてこなかっただけで、いつもこんなだよ。知らなかったでしょ?」


 ニコリといつも浮かべている笑みを向けてくる陽暁。


 いつもの笑顔と、さきほどの何かを溶かしたような笑みを使い分ける陽暁。

 どちらも陽暁であるはずなのに、まったく別の人間のように思えてしまう。


 陽暁「本当はずっとこうしたかったけど、我慢(がまん)していたんだ。でも……」


 顎を掬っていた手の親指で歌音の(くちびる)をなぞる。



 陽暁「君が誰かのものになるんだったら、我慢なんてやめてやる」

 歌音「っ!」


 一段低く唸るようにつぶやかれた言葉の意味を知らせるように、至近距離から熱のこもった視線を感じる。


 こんなのまるで……。


 歌音(私のこと、好きみたいじゃない……!)


 意識してしまえば、陽暁に触れられた場所から熱くなり全身が熱くなっていく。


 歌音「は、陽くん……」

 陽暁「ねえ、ノンちゃん。僕はね、君の前ではいつも『優しいお兄さん』だったかもしれない。……でもね、僕だって男だ。好きな子の心も体も全部ほしいと思ってるし、自分だけのものにしたいとも思っている」


 そういう陽暁の目はギラギラとした光を宿していて、猛禽類(もうきんるい)を思い起こす。


 それに――。


 歌音(す、好きって……!?)


 疑惑(ぎわく)肯定(こうてい)され真っ赤に。


 目の潤んだ歌音をみて、陽暁はごくりと喉を鳴らし、顔を近づけてきた。


 陽暁「分かる? だから……あんまり妬かせると有無を言わさず食べちゃうかもね?」
 歌音「っ!」


 そんな目を向けられると、言葉の通り被食者になったような気分になり、目をつぶった。


 歌音(――私、このまま食べられるの? このまま流されていいの?)


 ……頭の中にみりあのことが浮かんだ。


 胸が痛む。こんなこと……