don't back

「十八時でも明るくなってきたよね」
「うん。冬は暗くなるの早くて十七時半までしか部活できなかったから、こうやって明るくなってくれて嬉しい」

 こうして帰る十五分が私たちの時間。色が変わっていく空も、カラスの鳴き声も、全てが思い出になる。

「高校生になったらさ、部活帰りにプリ撮ったりご飯食べたりするのかな」

 ふと、真奈美がそんなことを言った。私は目を真ん丸にさせて左を見た。

「そっか。高校生は買い食いとかできるんだ。いいね、しよしよ」
「同じ高校になるか分からないよ」

 テンション高く答えたら真奈美に笑われた。そうだ、そうだった。

「真奈美ってどこの高校受けるの?」
「決まってないよ。咲菜は?」
「実は私も全然」
「なら、聞いたって意味ないでしょ」

 まだ二年生だから、受験は先の先だと思って考えたこともなかった。真奈美も決まっていなくて安心した。

「高校かぁ、合唱強いところがいいな」
「そうだね。知ってる?」

 私は神妙に首を振った。

 コンクールのテレビ放送は毎年観ているけれども、どれも自分たちが関係している部分だけだ。小学生なら小学生の部、中学に入ったら中学生の部だけ。今年は高校も観てみよう。

「じゃあじゃあ、公立か私立は?」
「多分公立、滑り止めで私立の予定」
「おお~、親には言ったの?」
「特に。でも、そういう人が多いって聞いたから。行きたい私立があれば私立を第一志望にしてもいいと思う」

 全く未知の世界すぎて、真奈美が遠いところに行ってしまったように感じる。でも、私も半年後には自分のこととして考え出さないといけない。その頃から進路に関する面談あるって先生が言っていた、気がする。たしか。

「ね、高校でも合唱続けるよね?」
「うん、多分。合唱部があれば」
「ええ~」

 思わず否定的な声を上げて、慌てて両手で口元を覆った。すかさず謝る。

「ごめん。どの部活に入るかは個人の自由だもん。私が文句を言う立場じゃないよね」

「あはは、いいよ。だって、私たちずっと一緒だったから、急に高校で合唱やらないかもって思ったらそう思っちゃうよね」

「私は頭の中合唱ばっかりだけど、同じ部員だからってみんながみんなそうじゃないもんね。勉強になった、ありがと」

 ぺこりと頭を下げる。真奈美も同じく返してくれた。
 そうか。真奈美は合唱中心じゃなくて、たとえば学力面で自分に合ったところにするつもりなんだ。それで、合唱部があれば入ると。

 そうだよね。一生部活をやれるわけじゃない。いつか離れる時が来る。だから、部活以外に、将来に役立つ何かを身に着けるために学校選びをするのは当たり前のことかもしれない。

「ところで、咲菜は勉強どうなの。合唱強いところが偏差値高いところだったら大変だよ。合唱の推薦は無いし、もし推薦枠が存在したとしても、そもそもうちってもらえる程強い学校じゃないし」

「あああ、それは聞かないでぇ……でも、そうだよね。勉強か……うう……」

 真奈美の追求に耳を塞いで顔を背ける。分かってる、分かってるよ。私に足りないものは勉強だって。

 授業が分からなくてついていかれないわけじゃない。ただ、復習の時間を合唱に当てているから、次の授業には忘れて定期テストの時一夜漬けになっちゃうだけ。あれ、結構やばいかも。

「定期テストの順位でなんとなくは志望校絞り込めると思うから、今度合唱が強い高校調べてみよ」
「うん。調べる」

 目の前の楽しいことばかりじゃ未来への道を見失ってしまう。嫌なことにも目を向けなくちゃ。

「まずは受験の参考書を」
「その前に授業の復習でしょ。それに、合唱強い高校の偏差値調べてそれに合った参考書買わないと駄目だよ」
「そ、そっか。真奈美すごいね」
「まあね」

 真奈美が自信あり気にサムズアップする。

 どうしよう、親友が一歩も二歩も先に行っちゃっている。完全に置いていかれている。私、追いつけるかな。追いつけるよね?

「真奈美先生! 私、勉強も頑張ります! 多分!」
「多分かい」
「すぐには無理かもしれないけど、三年生になるまでには必ず」
「ふふ、期待してる。私も頑張るね」

 受験というものをしたことがなくてまだ雲の上の話だけど、目の前の親友はもうそれに向けて歩き出している。私だって走り出さなきゃ。合唱のためにも。

「去年高校の大会でブロック大会に出た高校を調べたらいいんじゃない。それが偏差値的に合わなかったら、地区の予選通ったところ」

「そうだね。それならすぐ調べられる」

 さっそくスマートフォンを取り出してその場で検索する。文明の利器圧倒的感謝。

「ええと、高校の部高校の部……」

 神奈川県の地区予選を調べると、ここからわりと近い高校が通っていた。本選で代表校になったのは隣の市。電車で結構かかるなぁ。

「偏差値こっちで調べてみる」
「ありがとう」

 高校名を伝えると、真奈美がぱぱっと調べてくれた。

「近いとこの中井高校が五十七、代表校の方が六十一だね」
「わ、わぁ……かなりお勉強の方もお強いようで」
「中井高校は六十以下だから手が届くかもよ」
「うん。うん……そうね……」

 はっきり言って、今の私の状況だと中井高校も難しい。多分、平均そこそこだと思う。私の顔色の悪さで真奈美にも伝わったらしい。

「受験生になったらさ、図書室とかで一緒に勉強しよ」
「是非お願いします!」

 勉強ができる人たちは部活も優秀だって聞いたことがある。文武両道ってやつかな。とりあえず天は二物を与えすぎ。