don't back

「笠野茜です。初心者です、よろしくお願いします」

 翌日、一年生の初々しい自己紹介を謎の保護者目線で見守っていた。

 本入部は来週からで今日から一年生も参加していいというだけなのに、なんと入部届を出した八人全員参加してくれている。

 そう、八人も入ったのだ。目標の六人を上回り、部員は二十二人となった。これは期待できる。音に厚みが出るなぁ。全国大会常連校は三十人はいるけど、それでも二十人超えていれば勝負できる。

 一年生は女子四人、男子四人。男子が四人も入るとは思わなかった。合唱部はどちらかというと女子に人気だから。

「さて、まずはパートを決めましょう。簡単な発声を見るからピアノの前に集まって。希望があれば考慮するから言ってね。上級生は課題曲の練習を始めて」

「はい」

 私たちはパートごとに分かれて課題曲の歌詞の読み込みを始めた。でも、視線はちらちらと一年生の方に向いてしまう。気になっちゃう。同じパートの子になるのは誰だろう。

 すると、一人の男子が手を挙げた。

「僕、ソプラノ希望です」

 あの子はたしか田尻君。彼の声は変声期前で、自己紹介の時点でソプラノかアルトになるのは予想がついていた。中学生だから、男子でも男声パートにならない人はたまにいる。

 それでも、最初からソプラノを希望するということは経験者なのかもしれない。自己紹介の時どう言ってたかな。八人いたから覚えきれていないや。

 半分が初心者だから、パート決めの声出しの順番を一生懸命後ろになるように並んでいる。可愛い。わ、田尻君一番目行った。強い。

「あー」

「おお」

 女子とはまた違う強さのあるソプラノ。たしかにソプラノだわ、声質的に。完全経験者だね。じゃあ、あの子と同じパートか。男子と組むの初めて。仲良くできるといいな。

 他の子たちも恥ずかしそうに声出しをして、順調にパートが決まった。

 結果、ソプラノ三人、アルト二人、男声三人。アルトでもソプラノでもいける人はアルトに移ってもらっていた。アルト少なくなっちゃうからね。

 先生に促されて、一年生が各パートに合流した。改めてパート内で自己紹介し合う。男子の田尻君が一番堂々としていた。女子の中に男子一人なのに強すぎる。見習いたい、その精神。

 一年生が終わり、先輩側は三年生から始まり二年生の番になった。二年生は私と美結の二人、仲良しコンビですって言っておいた。

 その後はコンクールの課題曲を渡して曲を一緒に聴いたところで部活が終了した。

 校門まで全員で歩いて、それぞれ分かれて帰っていく。私は真奈美と久君、それに田尻君が前を歩いていたので声をかけた。

「田尻君も一緒に帰ろう」

 せっかく同じパートになったので交流を深めたい。そう思っていたら、田尻君が振り向いて眼鏡をくいっと上げて答えた。

「いえ、家でやることがあるので失礼します」
「そっか。またね」

 田尻君は速足で見えなくなってしまった。なんか、不思議な雰囲気の子だなぁ。仲良くなれるといいけど、向こうがどう思っているか分からないからどうだろう。

 立ち止まっていた三人が顔を見合わせる。

「速かったね。よっぽど急用かな」
「俺たちも帰ろうか」
「うん」

 久君とは家が近所なわけではないけど途中までは同じ道だ。

「合唱団の子、入ってくれてよかったね。相沢君だっけ」
「そう。アルトも入っただろ。これで元合唱団三学年で七人か。心強いよ」
「二十二人もいるから、コンクールも気合入るよね」

 すでに合唱歴五年目ともなれば、三人とも合唱が生活の一部になっている。三人で話していると、他の話題をしていたのに結局部活の話になることもしばしば。たまに部活で疲れる日もあるけれど、こうして友だちと話しているとそれも浄化される。

「じゃあね」

 途中で久君と別れ、真奈美と一年生の話をしていたらあっという間に家だった。お母さんに八人入部したことを伝えたら喜んでくれた。さらには夕食後に食べた当たり付アイスが当たった。嬉しいことが続いて私の心は興奮しっぱなしだった。