don't back

「なんか隈ない?」
「わはは、つい夜更かしをしてしまったのさ」
「なんでまた」
「ちょっとね」

 私が勉強する人間じゃないことを知っている真奈美は不思議そうに私の隈を見つめていた。睡眠時間がいつもより二時間も短かったことで、立派な隈が発生してしまった。一年生来るのに恥ずかしい。

 これが高校生だったら、コンシーラー塗ってごまかせるのに。私は首を振って頬を軽く叩き、みんなと最終日の準備をした。

 現在、入部届は私の後輩ちゃん一人を合わせて三人らしい。女子二人に男子一人。これで部員十七人か。二十人は越えないと、コンクールは出られても良い結果残すのには厳しいかもしれない。あと最低三人、お願いします!

 音楽室で内心心臓をばくばくさせながら一年生を待つ。入部届を出してくれた三人が早々に来てくれた。しかも、男子が友だちを一人連れてきてくれた。ありがとう、ありがとう。

 他はどうだろう。つい、入口を見てしまう。いけない、私は上級生。落ち着いた雰囲気を出していかないと。ただでさえ今日はダサい隈をこしらえているのに。

「あのぉ、見学いいですか?」

 発声練習をするためピアノをぽんぽん弾いていたら、三人まとめて来てくれた。しかも、見たことのある顔ばかり。これまでの四回で来てくれた子たちだ。

「どうぞどうぞ」

 部員たちが一年生の通る道を開ける。お互い顔を見合わせたら、すごいにやにやしていた。気持ち分かる。私も同じ顔をしているのだろう。

 これで七人。上出来でしょう。私は何もしてないけど。

 部活が始まる。今日も昨日とは違う簡単な曲をみんなで歌う。そして最後には、コンクールの課題曲のCDを流して聴いた。

「これを歌うんだ」
「結構難しそう」
「でも、リズムはとりやすいよ」

 一年生たちが小声で感想を言い合っている。うんうん、意欲があるって素晴らしい。

 途中一人増えて、最終日の見学者は合計八人で終わった。できれば全員入部してほしい。でも、どうかな。もう私にできることはないから祈るばかりだ。

「仲良い部活だから、よかったら是非」
「はい。入部します」
「え、ありがとう!」

 隣にいた子に声をかけたら、そんな答えが返ってきた。びっくりして大きい声出ちゃった。でも、本当にありがとう!

 他の子たちも入部する予定ですと言いながら帰っていった。残された私たちは、嬉しさのあまり泣き出しそうだった。

「先輩~、入ってくれるって言ってました」
「よかったねぇ、みんなが楽しそうに活動してたからだと思うよ」
「嬉し過ぎるお言葉!」

 家原先輩が聖母のようでさらに泣きたくなった。

 帰り道、真奈美と無言で歩く。明日の放課後、一年生の人数がついに判明する。三人は確定、他の子たちも入るとは言ってくれた。でも、まだ入部届を出したわけではない。ふいに、真奈美が口を開いた。

「咲菜、一年生入ってくるね」
「──うん」
「私たち先輩だよ。それで、三年生は夏まで」
「そっか、そうだね」

 一年生ばかりに気を取られていたけれど、三年生は夏のコンクールで一度引退する。三月に行われる定期演奏会には参加してくれる予定だけど、受験があるから私立や推薦の人以外は三月まで参加できないし、全曲出られるわけでもない。夏が終わったら、私たちが部員を引っ張っていかないといけないんだ。

「咲菜は最後まで私といてね。辞めたりはしないで」

 真奈美の言葉に私は目を真ん丸にさせた。

「何言ってるの。当たり前じゃん、辞めたりしないよ」

 四年生からずっと合唱をしてきて、生活の一部になっている。それを辞めるなんて考えたこともなかった。急にこんなこと言い出すなんて変なの。

「よかった。一緒にがんばろ」
「うん」

 二人で頷き合う。私たちは良い仲間だ。もしも高校が同じだったら、高校でも二人で合唱部に入りたいな。

 それから私たちは鼻歌を歌いながら家まで帰った。通行人からはずいぶん陽気な中学生だと思われたことだろう。