don't back

「音楽教室……ここか」

 ティッシュをもらった場所から一番近い教室の前でポスターなどを眺めていたら、ドアが開いた。中から田尻君が出てきた。

「田尻君?」
「な、せ、先輩……ッ」

 うわぁ、田尻君だ。本当に現実に存在した。二年生になってからの出来事はまだふんわりしているから、映画の子役に会った気分、ちょっと意地悪で生意気な。

「何してるの?」

 何故か両腕で顔を隠す田尻君を覗き込む。すると、もっと壁は厚くなった。

「僕は田尻ではありません」
「今、私のこと先輩って言ったでしょ」
「うう……」

 田尻君ってこんな子だったっけ。記憶の彼はとにかく自信家で、私のことを勝手にライバル視してきて、ああちょっとイラッときちゃった。

「どうしたの?」

 すると、田尻君は顔を左右に動かして何かを確認してから、私に提案した。

「とりあえず、場所を移してください。ここじゃ目立つので」
「別に私は」
「いいから!」

 たまたま会っただけで田尻君に用事があるわけじゃないから別れようとしたら、服の裾を引っ張られてしまった。仕方ない、このわがままな子にお姉さんが少しだけ付き合ってあげよう。

 つれてこられたのは近くにある小さな公園だった。こんなところあるんだ、徒歩圏内だけど知らなかった。庭付き一軒家くらいの広さで、滑り台とベンチがあるだけ。小さすぎるからか、時間的なものか誰もいない。

 田尻君はもじもじしたかと思いきや親を殺した犯人を見る目つきで睨んでくる。情緒不安定過ぎる。これ、私がさせてるの? 偶然会っただけなのに。

 もう帰っていいか聞こうとしたところで、田尻君がようやく口を開けてくれた。

「言わないでください」
「何を?」

 でも、全然意味が分からなかった。私が首を傾げると、田尻君は顔を赤くさせてまくし立てた。

「音楽教室に通っていることですよ!」

 私は予想外の言葉に返事が出てこなかった。それを拒否だと判断したのか、田尻君の顔がさらに赤くなる。

「先輩、どうなんですか……」
「あ、ごめん。なんでそんなこと頼むのか分からなくて考えちゃって。別に言わないよ」
「なんでってそりゃ、先輩だってよく知ってるんじゃないですか」
「いや、全然分からない」

 なんかすごい行き違いがある気がする。全然心当たりないけど勘違いされている予感。

「あの、ちょっと確認してもいい?」
「どうぞ」

「私、田尻君のことなんとも思ってないよ。同じパートの後輩ってことしか。だから、田尻君がどこに通おうがどこに行こうが、何も気にしないんだけど」

「え……僕のこと、ライバルとか、いつも先輩相手にイキってくる奴とか思ってないんですか。あとは悔しいけど上手いなぁとか」

──イキってる自覚あったんだ。