don't back

「よし!」

 翌日から、さっそくリハビリがスタートした。ふにゃふにゃの腹筋はとりあえず目を瞑っておく。まずは歩くことから。

 一か月半歩いていなかった私の足は、すっかり赤ちゃんに戻っていた。立つだけでも震えちゃう。

 泣きそう。でも、泣いていられない。

「お母さんが毎日マッサージしてくれていたから、関節は上手く動いていますね」
「そうなんですか」

 そのままにしておくとすぐ関節は固まってしまって、それを動かせるようになることから始めなければいけないらしい。お母さんはそうならないよう、眠っている私の体をせっせと動かしてくれていたんだ。ありがとう、おかげで今、立てています。

 いつ目覚めるか分からない私の顔を見て、何を思っていただろう。悲しかったかな。辛かったかな。これからは私がお母さんに返す番。一番は元気になることだ。

 歩くにはまだ筋力が足りないということで、それまでは筋トレをすることになった。座ったままでできるもの。一か月半前なら歩くなんて寝起きでもいつでもできたのに。

 今日の最高気温は三十五度。窓から見える景色は、暑さでやや揺らめいて見える。世間はそろそろお盆らしい。今年のお盆は思い出がリハビリだけになりそうだ。

 怪我は治っていて面会謝絶ではないので、午後に合唱部の何人かと顧問の先生が来てくれた。全員では病院に迷惑がかかるから、じゃんけんで勝った人が来たらしい。

 コンクールは敗退したので、三年生は昨日で引退したと言っていた。家原先輩たちと話したかったな。受験勉強に移るだろうけど、たまには部活に顔を出してくれたら嬉しいな。寂しいけど、受験が落ち着く頃に定期演奏会の練習をしに来てくれるから、その時沢山話をしよう。

 みんなが帰って、夕食の時間になった。お母さんも帰った。目が覚めたからか、お母さんはずっと笑顔で話しかけてくれた。きっと、今まで泣いた日もあるに違いない。もう目が覚めないかもと不安で眠れなかった日もあるかもしれない。

 夕食を食べ終わってのんびりしていたら、仕事帰りのお父さんが来た。昨日は電話だけだったので、久々の再会。私にとってはほんの数日程度だけど、お父さんにとって私と話すのはどれだけ振りだろう。

 一日働いてちょっとくたびれたシャツとネクタイ。髪の毛もあちこち乱れている。走ってきたのかな。

「咲菜、おかえり」
「ただいま」

 病院で言うのも変な感じで、なんだかくすぐったかった。

 夜だったからすぐに一日の面会時間が終わってしまい、お父さんは名残惜しそうに帰っていった。退院したら何か欲しいもの買ってくれるって。やった。こっちが感謝しなきゃいけないところなのに、私に気を遣ってくれている。

 欲しいものか。本音を言えば、ソロが欲しかった。手に入れたと思ったのに、簡単にすり抜けてしまった。でも、これは私自身が努力しなければいけないもの。やっぱり、頑張るしかない。お父さんには大きいぬいぐるみか、遊園地に連れていってもらおう。