don't back

「もう、放っておいて!」

 ある日、部室に行くと、笠野さんの悲鳴に似た怒りが届いた。まだ部活前なので、音楽室には数人しかいなかった。

 笠野さんはいつも静かで大人しい女の子だ。そんな彼女が怒るなんて、どうしたことだろう。

「なになに、どうしたの?」

 離れたところにいた私たちが慌ててそちらに向かう。すると、涙目の笠野さんと面倒そうな顔の田尻君が立っていた。

「別に、何もないです」

 田尻君がため息混じりに答える。それが余計に笠野さんの気に障った。

「何もなくないです」

「えと、じゃあ、笠野さんこっち来ようか。田尻君は家原先輩に──」

「僕、練習するんで、そういうの結構です」

 田尻君はそっぽを向いて楽譜を開いた。あまり家原先輩に視線を送るが、小さく首を振られた。

「あとでにしよう」
「はい」

 小声で会話をして、そこから笠野さんを避難させるに留まった。

 あまり大人数でも話しにくいだろうということで、家原先輩と私だけついて準備室に入った。笠野さんはここまでずっと俯いている。それがとても怖い。

 家原先輩がてきぱき椅子を三脚円の形に並べる。

「ここに座って。落ち着いたらでいいから、何があったか話して」

 浅い呼吸をする笠野さんの背中を、家原先輩が優しく撫でる。すぐに笠野さんは落ち着いた。

「すみません、大声出して」
「いいのいいの、部活中なんてみんな大声だよ」

 軽い物言いに、今日初めての笑顔を見ることができた。
「……あの、私が一番乗りだったので、ピアノを使って練習していたんです」
「うんうん」

「そうしたら田尻君が来て、私の傍でじっと自主練を見学し始めて」
「うん」

 そこですでに私の脳は拒否をしたくなってしまった。

 双方の説明を聞かないとすれ違いがある可能性はあるけれども、普段の感じからして容易に想像できるので、恐らくだいたい合っているのだろう。

 一人で練習していたところに無言で近づいてきてじっと見つめてくる男子部員。もし、仲が良ければそれもありかもしれない。たいして話したこともない相手にされるのはプレッシャーだと思う。しかも、この話には続きがあるのだ。それを聞いて、私は言葉を失った。

「それで、それだけならいいんですけど、ピアノの弾き方が悪いとか、発声が悪いとか、ちゃんと練習してきているのか、やる気がないなら早いところ辞めた方がいいって言われて」

「それは……ひどいね。言葉の使い方以前に、人への気遣いが感じられない」

 そう言う家原先輩はそれはもう怖い顔をしていた。

「私、ピアノも触ったことがなかった初心者で、私なりに家でも練習しているんです。でも、それを否定された気がして、つい言い返しちゃいました」

「言い返していいよ! 笠野さんは悪いことをしていないんだから、強い言葉を我慢する必要なんかない」

 つい、私の語尾も大きくなってしまった。

 家で一生懸命練習している笠野さんを想像して、家での私と重なったから。

 だって、まだ中学一年生だよ。高校生になって初めて合唱をやる人だっている。誰にだって初めてはある。田尻君だってそうだろう。