don't back

 どうやって帰ったのか分からない。気が付いたらダイニングチェアに座っていた。

「どうしたの、さっきからぼーっとして」
「あ、ええと、ソロに選ばれたからびっくりしちゃって」
「そうなの!? おめでとう!」

 お母さんが特大の拍手を贈ってくれた。気恥ずかしくて頭を掻く。夢みたいにふわふわしていた気分が拍手の音で現実味を帯びてきた。

 ほんと、夢みたいだけど、夢じゃないんだ。

 私、ソロやるんだ。

「がんばる」
「うん、お母さんもできる限りのことやるから言ってね」
「ありがと」

 部員じゃない人に言ったことで立体になった。にわかに心臓が速くなる。

「練習しないと」
「まだ時間があるから平気だよ。今日はゆっくり休んで」
「うん、そうだね」

 まだ五月も終わっていないのに、こんなところで慌てていたら務まらない。

 ソロに選ばれたのだから、この声を保つために喉を休めることを覚えないと。

 お母さんに新しいのど飴を買ってもらう約束をして、私は平和な日常に戻る努力を始めた。

 きっと、今日までの一週間、かなりのストレスを溜め込んだはず。ストレスは目に見えない分厄介だ。体に異常が出るまで自分でも気付かないんだもの。

「いただきます」

 夕食をもりもり食べていたら、お父さんが帰ってきた。お父さんもお母さんと同じ反応で喜んだ。そして、久しぶりに頭を撫でてくれた。中学生になった頃からあまり撫でられなくなったから嬉しい。小学生が終わってもお父さんたちの子どもなことには変わりないから、たまにはこうして子ども扱いしてほしい。

「おかわりください!」

 茶碗をお母さんに渡すと、お母さんが顔をくしゃっとさせて笑った。

「よかった、元気だね」

 家でも難しい顔をしていたのだろうか。心配させちゃったな。

 でも、大丈夫。これからは上を向いて走るだけだから。横で応援していて。

「あ、宿題」

 食べ終わって家族団らんしていたら、現実を思い出してしまった。しかも、目を瞑ってはいけないやつ。仕方ない、やりますか。今の私ならなんだってできる気がする。

「ごちそうさま!」

 二人に手を振って自室に入る。よし、やるぞ。今日はソロの練習も無いから、テスト勉強も沢山しちゃうぞ。

 気にしていたことが上手くいくと、どんどんやる気が湧いてくる。今ならテストで百点取れそう。取れそうってだけだけど、本当に良い点取れると思う。

 いつもなら嫌な勉強なのに、にやにやしちゃう。

「待ってろ、中間テスト~」

 全教科高得点で、お父さんたちをさらに笑顔にしちゃおう。

 そうして、私も大笑いするんだ。