don't back

「自由曲のソロは、三上さんです」

 結果発表を待っていた耳に、先生の声がそう告げた。やけに遠くから響く音だった。

 私の名前が呼ばれた気がする。ソロは三上さんって、聞き間違いじゃないよね。

 どうしたらいいか分からなくて右を向いたら、家原先輩と目が合った。先輩が顔を前に動かすので、慌てて前に向き直る。

「ありがとうございます」
「よろしくね」

 思わずお礼を言ってしまったけれども、合っているのか自信がない。

 先生が次の話題に映る。私はまだ体がふわふわしていた。

 これって、本当だよね。夢みたい。

 何したらいいんだろう。そうだ、練習しなくちゃ。お母さんとお父さんにも知らせよう。本番は保護者見に来たらいけないの残念がりそう。

 あまりそわそわしたら怒られそうで、目線だけ左右に動かしてみる。視界の端で真奈美がこちらを見ているのが分かった。真奈美、私やったよ!

 それから各パートの並び順が決められて、今日の練習が終わった。明日からは私だけ少し早く来て、先生と十分くらい個人練があるらしい。十分と言わずいくらでもやります、私。

 帰り支度をしていたら、二年生が集まってきた。

「すごいじゃん」真奈美が笑顔で言う。でも、やっぱり小声で。

「咲菜ならいける。応援してるね」同じパートの美結が言った。

「うん。ありがとう、頑張る」私は小さく頷いて答えた。

 すぐ横で先輩や一年生たちがいる。私は指先が震えていた。先生に声をかけられてから一度も三年生の顔が見られていない。

「お疲れ様です」

 三年生がぱらぱら残っているところで、声をかけて先に帰る。アルトの先輩が手を振ってくれて、初めて息が大きく吸えた。

「す~~~~、は~~~~~」

 廊下に出て、深呼吸をする。ずっと山頂にいる気分だった。こんなに空気あったんだ。

 真奈美と美結が顔を見合わせて笑った。

「やっといつもの顔になった」
「眉間に皺が寄ってたよね。こーんな感じ」

 美結が人差し指で眉毛を押して皺を作る。

「うそ、そんな顔してた?」
「してたしてた」
「難しい問題解いてるみたいな」

 全然気が付かなかった。先輩の前でもそんな顔してたら失礼過ぎる。どうしよう。でも、明日謝るのもおかしいよね。部活のみんな優しいから、きっとスルーしてくれると信じよう。

 明日か、明日からどうしよう。私がオーディションの練習を頑張っていた以上に、先輩たちも頑張っていた。それを私が取ってしまった。悪いことはしていないけれども、先輩の最後を私がやりたいと希望したのは事実だ。

 握られた拳にぐっと力が入る。

「──頑張ってね」
「は、はいッ」

 そんな時、家原先輩に肩を叩かれた。答えた私の声は上擦っていた。もう家原先輩の背中しか見えなくて、先輩が今どんな顔をしているか分からない。

 家原先輩にとっては最後のコンクール。ソロは先輩になるだろうって言われていた。悔しいわけがない。もしかしたら、私なんていなければいいと思われているかもしれない。

 それだったら悲しい。ソロを目指していたけど、嫌われたかったわけじゃない。

 ううん。ソロになったら、ライバル全員から恨まれるなんて想像できたことだ。ここで勝手に悲しんでいたってなんの意味もない。もしも表面上だとしても、応援してくれた先輩に失礼だよ。

 私は私のできる限りで、全力を尽くす。

 それが私にできること。