don't back

「ふう、はあ」

 休みが明け、月曜日が始まり、あっという間にオーディションの日がやってきた。動悸がやばい。なんなら朝起きてからずっとやばい。

 ちなみに、オーディション希望者は私の予想通りだった。二、三年生と、そして田尻君。

 一年生で堂々と手を挙げるの本当にすごい。嫌味でもなんでもなく、ああいう物怖じしないのは良いところだと思う。

 今は悪目立ちしているだけで、上手く転べば人を引っ張っていかれる先輩になれるかも。

悪目立ちのままいったら部活全体の雰囲気が悪くなりそうだけど。どうなっていくのかなぁ。

「始めますよ」
「わ、はいッ」

 先生が入ってきた。変な声出ちゃった。

「発声するから並んで~」

 そうか、そうだよね。いきなりオーディションしないよね。最後かな。部活中にやられても希望者以外は暇だし。

 今は課題曲と自由曲両方を練習している。まだ八月の大会まで時間があるけど、夏休み前から文化祭で歌う曲の練習もちょこちょこ入るから、早く始めている。

 コンクールだけに集中できないから、器用にやっていかないとね。

 とは言いつつ、今日だけはソロに集中する。

 オーディションの時まで集中を切らさないよう、自由曲は特に気持ちを込めて歌った。ソロじゃない部分が大半だから、それらの歌詞も今日まで復習してきた。

「はい。じゃあ今日は早いけどこのくらいにして、準備ができたらソロ希望の人だけピアノに集まってください」

──きた!

 椅子の背もたれに付いていた背中がしゃきんと伸びる。

 いつもより三十分も早く終わった。オーディションを受けない人たちは気楽な表情で団欒している。私の手のひらはしっとりと濡れていた。

「六人ね。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

 予定通りの六人がピアノの前に並ぶ。並ぶといっても、あいまいな感じで、誰もが一番を譲りたがっていた。

「誰から行く?」

 三年生が目配せをする。これはじゃんけんかと思っていたら、田尻君が前に出た。

「僕からで」

 初めてのオーディション、そして決まるのは大事なコンクールのソロ。そんな状況なのに真っ先に手を挙げるなんてあっぱれ。

「まずは田尻君ね。みんな、おしゃべりしないように」

 座っている観客たちが注意される。お互いに顔を見合わせつつ謝った。

 オーディションは曲に合わせるのではなく、アカペラで行われる。細部の歌い方をよりよく聴くためだ。
部員全員の前で一人アカペラは緊張するけれども、このくらいのことができなければ大舞台には立てない。

 初めの音を鍵盤が奏でる。少しの沈黙の後、田尻君が歌い始めた。

 しんと静まり返る室内。遠くから聞こえる運動部の音だけが伴奏となる。

「ありがとうございました」

 歌い終えた田尻君が頭を下げる。みんなが拍手で返した。

 私も拍手する。自信満々だっただけあって上手いと思う。一年生でこれだけ歌えたら上等だ。強敵ライバルが一年生から現れるとは。

 でも、三年生の歌声を聴いてきた身としては、三年生に勝てるかと言われたら微妙なラインだと思う。

 差が歴然としてあるわけではないけれども、上手く歌おうというところに意識がいっている感じ。

「じゃんけんしよ」

 田尻君が戻ってくるところで残りの五人でじゃんけん勝負が行われた。

 結果、私二人目。二人目? 次だ、心の準備が!

「次は三上さんね。みんなの前へどうぞ」
「はい」

 足ってどっちの足から出すんだっけ。なんてベタな混乱をしつつも、どうにか前に立った。

 小さく息を吐く。

 大丈夫、多少緊張したって平気なくらい練習した。喉だってばっちり快調。

 ぽーん。

 ピアノの合図が耳に届いた。

 この一週間、何回も何十回も練習した。その風が私の背中を優しく押した。

 私は大きな口を開け、女の子の気持ちを私の声に乗せた。

 この想いがみんなに届きますように。