don't back

 次に目が覚めたのは一時間後だった。アラームをかけなかったわりになかなか良い睡眠時間だ。

──そうだ、喉は。

 唾を飲み込んでみる。午前中よりあまり痛くなかった。

 ああ、よかった。ひどくなっていたら明日まで声を出せないところだった。さすがに丸二日は分が悪すぎる。

 それでも気を抜かず、私は夜まで声を出さないことを徹底した。のど飴と喉スプレーも。その甲斐があって、夕食の頃には喉の痛みが気にならなくなった。ここでようやく小声で話し始めてみた。

「慎重ねぇ」

 お母さんはそう言って笑ったけれども、私には死活問題なので笑えなかった。

 私の部活はお母さんにとって部活以上のなにものでもないだろうけど、私には生活の一部で、切って切り離せないもので、とてもとても大切なものなのである。

 丁寧に説明したところで、正しく伝わらないと思う。それはお母さんが悪いわけではなく、人の気持ちというものは本人にしか分からないものがあるということだ。

 ちなみに、夕食はサラダうどんだった。多分、喉が痛いと言っていたのでさっぱり系の食事にしてくれたんだ。ありがとう。

「喉以外に具合悪くなったりしてない?」
「平気」

 風邪ではなかったことだけが不幸中の幸い。風邪引いてオーディション参加できなかったら、後悔してもしきれないよ。

 お風呂にはゆっくり浸かり、髪の毛もしっかり乾かした。これで完璧、今日は早く寝ちゃおう。

「おやすみ」

 まだ二十一時なのに私はベッドの中にいる。お昼寝は一時間した。当然眠れない。

──眠れないと思うと余計眠れなくなる……!

 何か楽しいことを考えようか。いや、興奮して結局眠れなくなる。

 とりあえず目を瞑って、何も考えないようにしよう。長く寝るのが一番だけど、リラックスしていないとね。

 毛布を少し外して深呼吸をする。うん、もう大丈夫。

 私は大丈夫。

 きっと、一日休暇が必要だったんだ。毎日なんだかんだ慌ただしく過ごしていたから。慌てていたら、大事なものを見逃してしまう。その日だったと思えばだいぶ落ち着いてきた。

 良い夢みられるといいな。




「やったぁ!」

 日曜日、ベッドから起き上がって思わず万歳した。

 一日休んだおかげで私の喉は全快した。これが喜ばないでどうする。

 そわそわする。何しよう。って、練習しかない。

 あ、でも、病み上がりに無理はしちゃいけないって言うよね。

 午前中は勉強して、午後から様子見ながらやってみよう。

「咲菜~、どう?」

 お母さんがノックをした。私は勢いよくドアを開けてピースした。お母さんが笑った。

「ふふ、よかったね」
「うん。今週ソロのオーディションがあるから、絶対体調崩せなかったの」
「あら、初めて聞いた。じゃあ、喉に良いもの食べないとね」
「ありがと」

 お父さんもお母さんも合唱を応援してくれて嬉しい。自分の為にしていることだけど、誰かに応援してもらえるともっと頑張ろうと思える。

「まずは勉強勉強~と」

 親を勉強で泣かせちゃまずいもんね。ついでに私も泣いちゃうし。計画的に勉強したのに結果出なかったらさすがに落ち込む。

「歴史、やりますか……」

 わりと苦手で後回しにしていた歴史に手を伸ばす。

 歴史というか、社会全般が苦手。山脈ありすぎ、藤原氏いすぎ。似たようなカテゴリーの名前が羅列されていると、ごっちゃになって覚えられなくなる。

 記憶力が皆無ってわけじゃないから、うまく整理できればなんとなりそうなんだけど。やっぱり、前お母さんに言われたように塾行った方がよさそうな気がする。

「塾ねぇ……」

 そうした方がいいことは理解していても気が進まない。毎日十八時まで部活があるのに、そのあと塾に行くのが大変だから。家から徒歩数分のところにあるにはあるけど、帰宅して急いで食べて十九時に塾、帰りは二十時過ぎ、これはきつい。

 しかも、グループ授業だと週三回あるって言っていた。

 週三は無理でしょ。さすがに無理。個人授業は週一だから、行くとしたら個人かな。一教科だけになっちゃうけど。

 そうなると英語か数学かな。社会が一番点数悪いけど、暗記科目だから自分で勉強できる。数学は教わらないと分からないから、数学第一候補にしよう。

 そんなこんなで休みつつもテスト勉強をした。社会は、うん、進んだと思う。覚えられたかは不安が残るけど。

 午後は待ちに待ったソロの練習。やるぞやるぞ~、あ、ほどほどにやるぞ。

 絵本の内容を思い出しつつ、声の出し方を研究した。思う存分声が出せない分、細かいところに目を向けることができた。貴重な一日になった。