わたしは今、クラシカルなメイド服を身にまとって、藤堂家の敷地の広さに呆然としていた。
うちよりも広い邸宅初めて見たなぁ。さすがは藤堂ホールディングスだとやっと実感してくる。
本当にメイドさんとして来てしまった。
こんな正気の沙汰とは思えないアイディアがまさか実現するとはね。ちなみに、藤堂家のご両親の承諾もちゃんと得ているところがミソ。一流の会社のトップに立つ人間の考えは、意外と柔軟なのかもしれない。
なんて……、現実逃避じみた考えをめぐらすのはやめよう。
わたしは今から、藤堂家のメイドとして働くのだ。
意識を切りかえなきゃ。
深呼吸をして、大きな玄関のチャイムを鳴らそうとしたその瞬間だった。
「……誰?」
男の子の声がして、大げさに肩が飛びはねる。
とっさに振りむけば、とてもきれいな顔をした制服姿の男の子が立っていた。
指通りのよさそうな、サラサラの黒い髪。
真珠のように白い肌。
長い前髪からのぞく切れ長の瞳は、隠れていても、きらめきが透けて見える。大事にしまっている宝石のようだ。
凛とした雰囲気をまとう彼は、男の子が苦手なわたしでもすこし見惚れてしまうほどかっこよかった。
透明感がすごい。
きれいな男の子だ。同年代かなぁ。
思わず、時間が止まったかのようにぼうっとしてしまったら、彼の眉間にしわが寄った。
「なに……? ジロジロ見ないでほしいんだけど」
やばいっ!
心拍数が、嫌なふうに跳ねあがる。
「え、えと……、失礼いたしました。わたしは、今日から藤堂家でお世話になる予定の、新人メイドです」
「……きみが?」
「は、はい」
あれ? もしかして、いきなり怪しまれてる?
ライオンに見つかったウサギのようにドキドキとしながら、視線をそらす。
ちなみに、メイド変装バージョンのわたしは、伊達メガネをかけている。お母さんがノリノリで『メイド服に似合いそうだから』とくれたものだけど、なるべく素顔を隠したいわたしとしてもちょうど良かったから。
「ここで働く? 見たところ、オレと同い年くらいに見えるけど……?」
ああ、そうくるか。たしかに、当然の疑問だよね。
「わたしは中学一年生です」
「やっぱり……。オレと同い年だ」
ということは、もしかして、彼がわたしの婚約者?
顔はきれいだけど、大人しそうだし、あまり顔に出ないタイプなのかも。後者に関しては、ちょっと親近感がわくけど……一緒に暮らすとしたら、緊張しそうだな。自分のことを完全にたなに上げてるけど。
彼は、じいっとわたしを見つめたあと、すこしだけ首をかしげた。
「……本当に、正式に雇われたメイドなの?」
中学生なのに、どうしてメイドを?
そう尋ねられることは容易に想定済みだったので、わたしはすらすらと大ウソを述べた。
「家庭の事情でお金を稼ぎたいのですが、中学生だとバイトを始めるのもなかなか難しくて。今回、親戚の伝手で、こちらのメイド職を紹介していただきました。なので、基本は学校帰りの平日と、土日の勤務となります」
彼は、一応のところ納得したように、うなずいた。
「ふーん……。名前を聞いてもいい?」
「咲宮ひ……」
あれ。馬鹿正直に名乗ろうとしちゃったけど、まずいんじゃ……?
いぶかしむ彼に、慌てて偽名を名乗る。
「……ひなと申します」
「へえ……。オレは、藤堂悠真」
藤堂……!
やっぱり、そうだ。彼が、わたしの――
「ただいまー。あれ……? きみはもしかして、新入りの子?」
「えーーっ! でも、僕らと同い年くらいに見えるよねぇ?」
——あれ!?
二人の男の子の声にギョッとして振りむけば、彼らは興味深そうにわたしのことを見つめていた。
最初に声をかけてきた男の子は、とても背が高くて、モデルさんみたい。
金に近い茶色の髪はふわふわとしていて、見つめたものを吸いこみそうな瞳はとても大きい。すっと通った鼻筋も、形の良い唇も、絵本から飛び出てきた王子さまみたいに整っていて、色気がある。どこにいても目立って仕方がなさそうな、甘いルックスだ。
もう一人の男の子は、ぱっちりとした二重まぶたに、色素薄めの大きな瞳が印象的。ミルクティー色の髪は、天使の輪っかがかかるほどキューティクル。背はわたしと変わらないくらいかな。この世に天使が舞いおりたのかと思うほど、かわいらしい。
このとんでもないイケメン二人組は……誰だ?
混乱して固まっていたら、王子さまのような男の子が楽しそうに微笑んだ。
「ふふっ。どーして、固まってるの? もしかして、俺たち兄弟のあまりのかっこよさに言葉を失った?」
「きょ、兄弟⁉」
ナルシスト発言以上の衝撃だ。
内心、いまにも心臓を口から吐きだしそうなほど動揺しているけど、表面上はそこまで大げさな反応にはならずに済んだ。
頭のなかはクエスチョンマークでいっぱいだけど、立場上、まずはわたしから名乗らねば。
「……申し遅れました。私は、本日からこちらで働かせていただく、咲宮ひなと申します」
「咲宮?」
即座に、王子さまが苗字に反応したので、ぎくりとしてしまう。今ばかりは、顔に出づらい性格に感謝したい気分だ。
「咲宮ってさ、もしかして、老舗和菓子店『咲月堂』と関係があったりする?」
うっ……!
鋭すぎる! なんなの、この王子。こんなに甘いルックスをしているのに、いきなり核心をついてくるなんて油断ができない相手No.1確定だ。
落ちつけ、ひより。
お父さんが、最もらしいウソをつくには真実の中に紛れこませるべきだと言っていた気がする。お父さんも誰かのウケウリだと思うけどね!
平静を装いながら、答える。
「よくご存知ですね。たしかにその伝手でここを紹介していただきましたが、わたしは同じ苗字でも、遠縁の者です。本家の者とは関係ありません」
「ふぅん……まあ、追求はこのくらいにしておくよ」
遠目に見れば、王子さまが上品に笑っている姿に見えるけど、わたしには悪魔にしか見えない。
決めた。この王子さまとはできる限り、距離を置くようにしよう。危険人物認定。
今度は、それまでぽかんと成り行きを見守っていたかわいい男の子が、無邪気にあいさつをしてきた。
「初めまして! 僕は、藤堂陽人だよ! ひなさん、これからよろしくね」
天使だ。
さっきまで、悪魔なような男と接していたから、ピュアな天使に心があらわれる。
「……よろしくお願いします」
「あははっ。ひなさんはクールな女の子なんだねぇ」
さっきから内心は動揺しまくりだけどね!
「僕は小学六年生だよ。ひなさんは?」
「わたしは、中学一年生です」
「そうなんだぁ。ってことは、悠真兄と同い年なんだね」
「はい」
って、あれ。
さっきまでそこにいたのに、いつの間にか、いなくなってる……。
「悠真なら、俺らとひなちゃんが会話している間に、屋敷に入っていったよ」
「そうでしたか」
そういえば、王子さまも天使くんも、ナチュラルに名前呼びだな。そもそも偽名だし、どうでもいいけど。
「ああ、放置されて怒ってるとかじゃないから安心してね? あいつは、一貫してひとにあんまり興味がないだけだから」
「はぁ……」
「自己紹介が遅れたけど、俺は、藤堂玲央だよ。中学三年生だから、きみの二つ年上になるね」
藤堂玲央……!
その名に、わたしの婚約話が持ちあがったときの律お兄ちゃんの発言が、頭の中によみがえる。
『ってか、藤堂ホールディングスってことは、玲央と婚約するってことぉ!? ないないない! ダメ! なし!!!!』
そうか、このひとと律お兄ちゃんには面識があるんだ。
「お二人とも、これからよろしくお願いいたします」
怪しまれないようにお辞儀をしたけど、これはまずい。嫌いなピーマンとおなじぐらいにまずい状況だよ!
藤堂家にメイドのフリをしてやってきたのは、時間を稼ぐためだ。その間に、婚約者の粗を探し出して、結婚できない理由を探るのが一番の目的だった。
それなのに、ここにきてまさかの問題が発生してしまった。
長男の藤堂玲央。王子さまのような甘いルックスだけど、中身は油断ならない男。
次男の藤堂悠真。きれいな顔立ちだけど、無口で、なにを考えているのかわかりづらい男。
三男の藤堂陽人。天使のように愛らしい顔立ちで、明るい男の子。第一印象では、性格も良さそう。
そう。
一番の問題は、わたしの婚約者が誰なのかわからないってこと!!
待って、そんなことある!?
「みなさん、今から新人をご紹介します。今日からこのお屋敷で一緒に働くことになった、咲宮ひなさんです」
「咲宮ひなです、よろしくお願いいたします」
メイド長の嶋さんに続いて、同僚となる方々にあいさつをする。
玄関前から場所を移動して、いまは藤堂家のキッチンにメイド同士で集まっている。
ざっと見て十名以上はいる、うちより多い。
衝撃の事実発覚からまだ動揺は抜けないけど、初日からいきなりボロを出すわけにはいかない。
藤堂家に足を踏み入れてすぐに、嶋さんとお会いすることができたのは幸運だった。ひとまずはあの兄弟たちから逃れることに成功できたし、この屋敷は広すぎて、一人で歩こうものなら迷子になりそうだったから。
嶋さんに続いてあいさつしたわたしを、同僚のみなさんは好意的な笑顔で迎えてくれた。
「話には聞いていたけど、本当に中学生なんだね! 家のためにえらいなぁ」
「わからないことがあったら、なんでも遠慮なく聞いてね!」
「ありがとうございます」
親切そうな方々にウソをついている罪悪感はぬぐいきれないけど仕方がない。正体をバラさずに目的を無事達成できれば、みなさんには中学生でメイドをしている風変わりな子が一時いた記憶だけが残るはずだ。よし、それを目指そう。
「咲宮さんは平日は中学校に通っているため、主に平日の午後と日曜日のシフト勤務となります。そこで、教育係は、比較的に似た状況下の橘さんにお任せしようかと思います」
嶋さんに名指しされた橘さんは、自分を指差して大きな瞳をぱちくりとさせている。
「あたしですか?」
「はい。高校生のあなたなら、中学生の彼女と年代が近いですし、なにかとサポートしやすいでしょうから」
「わかりましたー! ふふっ、教育係を任せていただけるようになるなんて、一年前のあたしからは信じられませんねぇ」
「本当に。この一年間で立派になったものです」
まるで親子みたいな会話だなぁ。
あらためて、これが人生初のバイト経験にもなるということに気がついて、引き締まる。
「それでは、みなさんは通常業務に戻っていただいて大丈夫です」
嶋さんの合図で、各自、持ち場にもどっていく。
残った橘さんは、わたしの近くまでやってくると、ニッと笑った。
「咲宮さん、あらためてこれからよろしくね! あたしの名前は、橘すみれ。もし良かったら、下の名前で呼んでもらってもいいよー」
「えっと……それでは、すみれさんとお呼びしてもよろしいですか?」
「あはは、かたいなぁ。すみれさんでいいよ! じゃあ、あたしはひなちゃんって呼ばせてもらうね」
からからと笑うすみれさんは、かわいらしいひとだ。どことなく猫っぽい瞳に愛嬌がある。ダークブラウン色のゆるゆると波打つセミロングの髪とここの制服であるメイド服がよく似合っている。
「ひなちゃん、表情がかたいよー? まあ、初めてのバイトだもんねー。緊張して当然かぁ、あたしも初っ端はひどかったしなー」
「無表情気味なのは、わたしの個性なので。お気になさらず」
普通に答えたつもりだったけど、すみれさんは大きな瞳をパチパチとさせている。
「あはっ、ひなちゃんってやっぱり面白いね! とーこーろーでー……麗しの藤堂三兄弟にはもうお会いした?」
「ああ……。玄関前で、たまたまお会いしました」
「ウソウソ! 三人とも?」
「はい。それがなにか?」
「ひなちゃんってばクール〜〜! ねえ、三人ともめちゃくちゃ美形じゃない? しかも、それぞれタイプが違ってて、いい目の保養だよねー」
すみれさん、瞳がきらきらしはじめた!
わたしがぽかんとしている間にも、語りにとんどん熱が入っていく。
「あー、もちろん恋愛対象にはなりえないよ? だってー、藤堂ホールディングスの御曹司さまなんて、畏れ多すぎるし雲の上のひとたちって感じだもーーん。でもさー、はっきり言って、三人ともちょーーーイケメンじゃん? 仕事が楽しくなるよねー。心の中で、ひそかに推し活してる感じ!」
ね、熱量が高すぎて、ぜんぜんついていけないよー!
「そ、そうですか……」
「ちなみに、ひなちゃんのタイプは誰!?」
まさかの飛び火!
「えっ。わ、わたしですか?」
「第一印象だけで決めていいから!」
「う、うーーん……」
あらためて、三兄弟との出会いを振りかえる。
ほとんど話していないし、まだ特に深い印象はないけど、強いていうなら……。
「長男……」
「玲央さま!? 王道の王子さまって感じだし、頭もよさそうで、かっこいいよねーーー」
「以外です」
「以外!!? どゆこと!?」
長男はあの一瞬で油断ならない人物だとわかったから除外。
次男と三男に関しては、まだ情報量が足りないから、判断不可能。
当然の帰結だと思ったけど、すみれさんは、なぜか爆笑している。
「あははっ。ひなちゃんってほんっとおもしろい! いやー、楽しい後輩が入ってくれて、うれしいなぁ」
「なにか、おかしなことを言いましたか?」
「よっし、いま決めた。あたしの表向きの目標は、ひなちゃんを藤堂家の立派なメイドの一員にすること」
「表向きの?」
「裏の目的は、藤堂三兄弟の誰かに沼らせることにしようっと♪」
「は、はあ!?」
「ふふー。楽しみだね!」
これから始まるメイド生活が一気に不安になった瞬間だった。
うちよりも広い邸宅初めて見たなぁ。さすがは藤堂ホールディングスだとやっと実感してくる。
本当にメイドさんとして来てしまった。
こんな正気の沙汰とは思えないアイディアがまさか実現するとはね。ちなみに、藤堂家のご両親の承諾もちゃんと得ているところがミソ。一流の会社のトップに立つ人間の考えは、意外と柔軟なのかもしれない。
なんて……、現実逃避じみた考えをめぐらすのはやめよう。
わたしは今から、藤堂家のメイドとして働くのだ。
意識を切りかえなきゃ。
深呼吸をして、大きな玄関のチャイムを鳴らそうとしたその瞬間だった。
「……誰?」
男の子の声がして、大げさに肩が飛びはねる。
とっさに振りむけば、とてもきれいな顔をした制服姿の男の子が立っていた。
指通りのよさそうな、サラサラの黒い髪。
真珠のように白い肌。
長い前髪からのぞく切れ長の瞳は、隠れていても、きらめきが透けて見える。大事にしまっている宝石のようだ。
凛とした雰囲気をまとう彼は、男の子が苦手なわたしでもすこし見惚れてしまうほどかっこよかった。
透明感がすごい。
きれいな男の子だ。同年代かなぁ。
思わず、時間が止まったかのようにぼうっとしてしまったら、彼の眉間にしわが寄った。
「なに……? ジロジロ見ないでほしいんだけど」
やばいっ!
心拍数が、嫌なふうに跳ねあがる。
「え、えと……、失礼いたしました。わたしは、今日から藤堂家でお世話になる予定の、新人メイドです」
「……きみが?」
「は、はい」
あれ? もしかして、いきなり怪しまれてる?
ライオンに見つかったウサギのようにドキドキとしながら、視線をそらす。
ちなみに、メイド変装バージョンのわたしは、伊達メガネをかけている。お母さんがノリノリで『メイド服に似合いそうだから』とくれたものだけど、なるべく素顔を隠したいわたしとしてもちょうど良かったから。
「ここで働く? 見たところ、オレと同い年くらいに見えるけど……?」
ああ、そうくるか。たしかに、当然の疑問だよね。
「わたしは中学一年生です」
「やっぱり……。オレと同い年だ」
ということは、もしかして、彼がわたしの婚約者?
顔はきれいだけど、大人しそうだし、あまり顔に出ないタイプなのかも。後者に関しては、ちょっと親近感がわくけど……一緒に暮らすとしたら、緊張しそうだな。自分のことを完全にたなに上げてるけど。
彼は、じいっとわたしを見つめたあと、すこしだけ首をかしげた。
「……本当に、正式に雇われたメイドなの?」
中学生なのに、どうしてメイドを?
そう尋ねられることは容易に想定済みだったので、わたしはすらすらと大ウソを述べた。
「家庭の事情でお金を稼ぎたいのですが、中学生だとバイトを始めるのもなかなか難しくて。今回、親戚の伝手で、こちらのメイド職を紹介していただきました。なので、基本は学校帰りの平日と、土日の勤務となります」
彼は、一応のところ納得したように、うなずいた。
「ふーん……。名前を聞いてもいい?」
「咲宮ひ……」
あれ。馬鹿正直に名乗ろうとしちゃったけど、まずいんじゃ……?
いぶかしむ彼に、慌てて偽名を名乗る。
「……ひなと申します」
「へえ……。オレは、藤堂悠真」
藤堂……!
やっぱり、そうだ。彼が、わたしの――
「ただいまー。あれ……? きみはもしかして、新入りの子?」
「えーーっ! でも、僕らと同い年くらいに見えるよねぇ?」
——あれ!?
二人の男の子の声にギョッとして振りむけば、彼らは興味深そうにわたしのことを見つめていた。
最初に声をかけてきた男の子は、とても背が高くて、モデルさんみたい。
金に近い茶色の髪はふわふわとしていて、見つめたものを吸いこみそうな瞳はとても大きい。すっと通った鼻筋も、形の良い唇も、絵本から飛び出てきた王子さまみたいに整っていて、色気がある。どこにいても目立って仕方がなさそうな、甘いルックスだ。
もう一人の男の子は、ぱっちりとした二重まぶたに、色素薄めの大きな瞳が印象的。ミルクティー色の髪は、天使の輪っかがかかるほどキューティクル。背はわたしと変わらないくらいかな。この世に天使が舞いおりたのかと思うほど、かわいらしい。
このとんでもないイケメン二人組は……誰だ?
混乱して固まっていたら、王子さまのような男の子が楽しそうに微笑んだ。
「ふふっ。どーして、固まってるの? もしかして、俺たち兄弟のあまりのかっこよさに言葉を失った?」
「きょ、兄弟⁉」
ナルシスト発言以上の衝撃だ。
内心、いまにも心臓を口から吐きだしそうなほど動揺しているけど、表面上はそこまで大げさな反応にはならずに済んだ。
頭のなかはクエスチョンマークでいっぱいだけど、立場上、まずはわたしから名乗らねば。
「……申し遅れました。私は、本日からこちらで働かせていただく、咲宮ひなと申します」
「咲宮?」
即座に、王子さまが苗字に反応したので、ぎくりとしてしまう。今ばかりは、顔に出づらい性格に感謝したい気分だ。
「咲宮ってさ、もしかして、老舗和菓子店『咲月堂』と関係があったりする?」
うっ……!
鋭すぎる! なんなの、この王子。こんなに甘いルックスをしているのに、いきなり核心をついてくるなんて油断ができない相手No.1確定だ。
落ちつけ、ひより。
お父さんが、最もらしいウソをつくには真実の中に紛れこませるべきだと言っていた気がする。お父さんも誰かのウケウリだと思うけどね!
平静を装いながら、答える。
「よくご存知ですね。たしかにその伝手でここを紹介していただきましたが、わたしは同じ苗字でも、遠縁の者です。本家の者とは関係ありません」
「ふぅん……まあ、追求はこのくらいにしておくよ」
遠目に見れば、王子さまが上品に笑っている姿に見えるけど、わたしには悪魔にしか見えない。
決めた。この王子さまとはできる限り、距離を置くようにしよう。危険人物認定。
今度は、それまでぽかんと成り行きを見守っていたかわいい男の子が、無邪気にあいさつをしてきた。
「初めまして! 僕は、藤堂陽人だよ! ひなさん、これからよろしくね」
天使だ。
さっきまで、悪魔なような男と接していたから、ピュアな天使に心があらわれる。
「……よろしくお願いします」
「あははっ。ひなさんはクールな女の子なんだねぇ」
さっきから内心は動揺しまくりだけどね!
「僕は小学六年生だよ。ひなさんは?」
「わたしは、中学一年生です」
「そうなんだぁ。ってことは、悠真兄と同い年なんだね」
「はい」
って、あれ。
さっきまでそこにいたのに、いつの間にか、いなくなってる……。
「悠真なら、俺らとひなちゃんが会話している間に、屋敷に入っていったよ」
「そうでしたか」
そういえば、王子さまも天使くんも、ナチュラルに名前呼びだな。そもそも偽名だし、どうでもいいけど。
「ああ、放置されて怒ってるとかじゃないから安心してね? あいつは、一貫してひとにあんまり興味がないだけだから」
「はぁ……」
「自己紹介が遅れたけど、俺は、藤堂玲央だよ。中学三年生だから、きみの二つ年上になるね」
藤堂玲央……!
その名に、わたしの婚約話が持ちあがったときの律お兄ちゃんの発言が、頭の中によみがえる。
『ってか、藤堂ホールディングスってことは、玲央と婚約するってことぉ!? ないないない! ダメ! なし!!!!』
そうか、このひとと律お兄ちゃんには面識があるんだ。
「お二人とも、これからよろしくお願いいたします」
怪しまれないようにお辞儀をしたけど、これはまずい。嫌いなピーマンとおなじぐらいにまずい状況だよ!
藤堂家にメイドのフリをしてやってきたのは、時間を稼ぐためだ。その間に、婚約者の粗を探し出して、結婚できない理由を探るのが一番の目的だった。
それなのに、ここにきてまさかの問題が発生してしまった。
長男の藤堂玲央。王子さまのような甘いルックスだけど、中身は油断ならない男。
次男の藤堂悠真。きれいな顔立ちだけど、無口で、なにを考えているのかわかりづらい男。
三男の藤堂陽人。天使のように愛らしい顔立ちで、明るい男の子。第一印象では、性格も良さそう。
そう。
一番の問題は、わたしの婚約者が誰なのかわからないってこと!!
待って、そんなことある!?
「みなさん、今から新人をご紹介します。今日からこのお屋敷で一緒に働くことになった、咲宮ひなさんです」
「咲宮ひなです、よろしくお願いいたします」
メイド長の嶋さんに続いて、同僚となる方々にあいさつをする。
玄関前から場所を移動して、いまは藤堂家のキッチンにメイド同士で集まっている。
ざっと見て十名以上はいる、うちより多い。
衝撃の事実発覚からまだ動揺は抜けないけど、初日からいきなりボロを出すわけにはいかない。
藤堂家に足を踏み入れてすぐに、嶋さんとお会いすることができたのは幸運だった。ひとまずはあの兄弟たちから逃れることに成功できたし、この屋敷は広すぎて、一人で歩こうものなら迷子になりそうだったから。
嶋さんに続いてあいさつしたわたしを、同僚のみなさんは好意的な笑顔で迎えてくれた。
「話には聞いていたけど、本当に中学生なんだね! 家のためにえらいなぁ」
「わからないことがあったら、なんでも遠慮なく聞いてね!」
「ありがとうございます」
親切そうな方々にウソをついている罪悪感はぬぐいきれないけど仕方がない。正体をバラさずに目的を無事達成できれば、みなさんには中学生でメイドをしている風変わりな子が一時いた記憶だけが残るはずだ。よし、それを目指そう。
「咲宮さんは平日は中学校に通っているため、主に平日の午後と日曜日のシフト勤務となります。そこで、教育係は、比較的に似た状況下の橘さんにお任せしようかと思います」
嶋さんに名指しされた橘さんは、自分を指差して大きな瞳をぱちくりとさせている。
「あたしですか?」
「はい。高校生のあなたなら、中学生の彼女と年代が近いですし、なにかとサポートしやすいでしょうから」
「わかりましたー! ふふっ、教育係を任せていただけるようになるなんて、一年前のあたしからは信じられませんねぇ」
「本当に。この一年間で立派になったものです」
まるで親子みたいな会話だなぁ。
あらためて、これが人生初のバイト経験にもなるということに気がついて、引き締まる。
「それでは、みなさんは通常業務に戻っていただいて大丈夫です」
嶋さんの合図で、各自、持ち場にもどっていく。
残った橘さんは、わたしの近くまでやってくると、ニッと笑った。
「咲宮さん、あらためてこれからよろしくね! あたしの名前は、橘すみれ。もし良かったら、下の名前で呼んでもらってもいいよー」
「えっと……それでは、すみれさんとお呼びしてもよろしいですか?」
「あはは、かたいなぁ。すみれさんでいいよ! じゃあ、あたしはひなちゃんって呼ばせてもらうね」
からからと笑うすみれさんは、かわいらしいひとだ。どことなく猫っぽい瞳に愛嬌がある。ダークブラウン色のゆるゆると波打つセミロングの髪とここの制服であるメイド服がよく似合っている。
「ひなちゃん、表情がかたいよー? まあ、初めてのバイトだもんねー。緊張して当然かぁ、あたしも初っ端はひどかったしなー」
「無表情気味なのは、わたしの個性なので。お気になさらず」
普通に答えたつもりだったけど、すみれさんは大きな瞳をパチパチとさせている。
「あはっ、ひなちゃんってやっぱり面白いね! とーこーろーでー……麗しの藤堂三兄弟にはもうお会いした?」
「ああ……。玄関前で、たまたまお会いしました」
「ウソウソ! 三人とも?」
「はい。それがなにか?」
「ひなちゃんってばクール〜〜! ねえ、三人ともめちゃくちゃ美形じゃない? しかも、それぞれタイプが違ってて、いい目の保養だよねー」
すみれさん、瞳がきらきらしはじめた!
わたしがぽかんとしている間にも、語りにとんどん熱が入っていく。
「あー、もちろん恋愛対象にはなりえないよ? だってー、藤堂ホールディングスの御曹司さまなんて、畏れ多すぎるし雲の上のひとたちって感じだもーーん。でもさー、はっきり言って、三人ともちょーーーイケメンじゃん? 仕事が楽しくなるよねー。心の中で、ひそかに推し活してる感じ!」
ね、熱量が高すぎて、ぜんぜんついていけないよー!
「そ、そうですか……」
「ちなみに、ひなちゃんのタイプは誰!?」
まさかの飛び火!
「えっ。わ、わたしですか?」
「第一印象だけで決めていいから!」
「う、うーーん……」
あらためて、三兄弟との出会いを振りかえる。
ほとんど話していないし、まだ特に深い印象はないけど、強いていうなら……。
「長男……」
「玲央さま!? 王道の王子さまって感じだし、頭もよさそうで、かっこいいよねーーー」
「以外です」
「以外!!? どゆこと!?」
長男はあの一瞬で油断ならない人物だとわかったから除外。
次男と三男に関しては、まだ情報量が足りないから、判断不可能。
当然の帰結だと思ったけど、すみれさんは、なぜか爆笑している。
「あははっ。ひなちゃんってほんっとおもしろい! いやー、楽しい後輩が入ってくれて、うれしいなぁ」
「なにか、おかしなことを言いましたか?」
「よっし、いま決めた。あたしの表向きの目標は、ひなちゃんを藤堂家の立派なメイドの一員にすること」
「表向きの?」
「裏の目的は、藤堂三兄弟の誰かに沼らせることにしようっと♪」
「は、はあ!?」
「ふふー。楽しみだね!」
これから始まるメイド生活が一気に不安になった瞬間だった。


