婚約者は誰ですか? ひみつの溺愛メイド生活

 藤堂家で働きはじめて、あっという間に一か月が経った。
 自分の手で稼いだ初めてのお給料、ものすごく感動したな。
 もらっているお小遣いではなく、あえてお給料からモカの診察代をお兄ちゃんに渡してから出勤をすると、すみれさんから声をかけられた。  
「ひなちゃん。最近、身のまわりでヘンなことが起こったりはしていない?」
「えっ? 特にはないと思いますけど……」
 最近いろいろなことが一気に起こりすぎて、すみれさんがなんの話をしているのか予想がつかない。
 まさか、陽人さまから抱きしめられた瞬間を目撃されたりはしていないよね……?
 首をかしげていたら、すみれさんは安心したように息をついた。
「そっかぁ、なにも起こっていないならなによりだよ!」
「なにかあったんですか?」
「うーん……。そういうわけじゃないんだけど、すこし前に、怜央さまから忠告されたんだ。ひなちゃんの周辺で不審な動きがないか、気をつけるようにしてって」
 怜央さまが……?
「なんか、不安にさせちゃってごめんね! あたしも具体的に教えてもらえたわけじゃないの。でも、もしもなにかあったときには、すぐに相談してね!」
 すみれさんはそう言って自分の仕事の持ち場に向かっていったけど、胸の中には、不安の種が芽生えた。
 あの怜央さまが、なんの意味もなく、そんなたちの悪い冗談を言うとは思えなくて。
 でも、なんの心当たりもない。
 あとで、本人に直接聞いてみようかな……?

 そう思いながら、もう誰も使っていないとすみれさんが言っていた音楽室へ掃除に入ったら、思わぬ先客がいてビックリした。
「あっ、ひなだ」
「……すみません。お邪魔をしてしまいましたか?」
 ピアノ椅子に腰かけているけど、グランドピアノの蓋は閉じられたままだ。
 以前にすみれさんが、悠真さまはピアノがとても上手だったけど辞めてしまったらしいと言っていたことを思い出す。
「ううん。むしろ、オレが掃除の邪魔だよね」
 すぐに立ち去ろうとしたので、思わず、尋ねてしまった。
「ピアノ、弾かないんですか?」
 以前までのわたしなら、こんな風に、ひとの事情に立ち入るようなことは絶対に聞かなかっただろう。
 でも。
 今は、悠真さまのことを、もっと知りたいと思ってる。
 彼が、わたしの心の傷に、そっと寄りそってくれたように。
 以前もこの部屋を切なそうな瞳で見つめていたし。
 今日、この部屋に来たってことは、やっぱりピアノへの未練がまだ残っているように思えるのだ。
「もう弾かない。……そう決めたはずなのに、時々、なにも知らなかったあの頃に戻って楽しくピアノを弾きたいって思ってしまうんだ。情けないよな」
 それは、独り言のようでもあったし、わたしに聞いてほしそうでもあった。
 だから、なにも言わずに、彼の続きの言葉を受けとめる。
「オレが弾くと、傷つく人間がいる。そう知ってから、ピアノを弾くのが怖くなった」
 傷つく?
 物騒な言葉に、心がザワザワとしはじめる。
「……詳しく聞いても、大丈夫ですか?」
「うん。誰にも話したことなかったけど、ひなには聞いてほしい」
 ストレートな言葉に、彼との距離の縮まりを感じて、こんなときなのに胸が音を立てる。
 わたしには打ち明けていいと思ってくれたことが、素直にうれしくて。
 悠真さまは、すこしだけ沈黙したあと、緊張気味に話しはじめた。
「小学時代に通っていたピアノ教室に、同い年の直哉ってやつがいた。そいつの家は音楽一家で、直哉の夢は、両親のようにプロのピアニストになることだったんだ」
 悠真さまは、直哉さんと気が合って、とても仲良くしていたらしい。
「小学生になってから、興味を持ってピアノ教室に通いだしたオレと違って、直哉は三歳のころからピアノを弾いてた。積み重ねてきたものも、日々の練習量も、プロになりたいというだけあってすごかった。オレは、あいつの奏でる繊細なピアノの音が好きで、憧れていたんだよ。直哉みたいに弾けるようになりたいって」
 直哉さんに憧れた悠真さまは、熱心にピアノを練習したらしい。
 でも、この話は、ピアノ教室で出会った親友との微笑ましい絆の話では終わらないのだとわかる。
 直哉の話をしている悠真さまの表情が、とても悲しそうで。
 心配になってしまって、苦しそうにしている彼の近くへと駆け寄った。
「悠真さま。ムリに話そうとしなくても、大丈夫ですよ……?」
「気を遣わせてごめん。オレは大丈夫だけど、ひなの仕事は大丈夫?」
「わたしは、悠真さまさえよろしければ、話を聞きたいです」
「ありがとう。もしもサボってるって怒られたら、オレがかばうから」
 そっと微笑んで、彼は話を続けた。
「ピアノを始めたてのころは直哉への憧れが強かったけど、ピアノを弾くこと自体も楽しくなっていった。オレは、直哉みたいにプロになろうとは思っていなかったけど、楽しかったから真剣に練習していたんだ。……でも、小学五年生のときに出たコンクールで、全てが変わってしまった。オレなんかが、一位を取ってしまったから」
 一位を取ってしまった。
 その言葉に、強い罪悪感がにじんでいて、胸をつかれた。
「努力が認められたこと自体は、うれしかった。でも……、それ以上に、隣で結果を待っていた直哉の絶望的な表情が忘れられない」
 コンクールというものは、たった数分間の演奏に、それまでの努力の全てが懸かるのだ。
 スポーツの試合でも同じことだけど、そのプレッシャーは計り知れない。
 悠真さまは、深い後悔の念をにじませた顔で、辛そうに語った。
「……その日の直哉は、どこか青白い顔をしていて体調が悪そうだった。コンクールのあとから知ったことだけど、両親から、『このコンクールで絶対に優勝しろ』って圧をかけられていたらしい。でも……、オレはそんなことも知らずに無我夢中で弾いて、たまたま優勝してしまった」
 そんな。
 悠真さまが悪いわけじゃない、というありきたりな言葉で、彼の気持ちが救われるとは思えなかった。
「直哉は、放心した表情で『ははっ。……才能のあるやつには、努力では勝てないんだな』と言って、立ち去ったよ。でも、オレには才能があったわけじゃない。だって、直哉のピアノのほうが、どう考えてもすごかった。コンクールのことは不幸な事故みたいなものだったんだよ」
 自分へ言い聞かせるように絞り出す悠真さまの手に、思わず、そっと自分の手を重ねていた。
 あまりにも震えていて、見ていられなかったから。
 彼が、ハッとしたように、わたしを見る。
 やっと、わたしと目が合った。
「悠真さま。聞かせていただいて、ありがとうございます」
「いや。……ごめん、こんな暗い話をしてしまって」
「いえ。本当に聞くだけでなにもできないのがもどかしいですが、あなたのことを知れて、うれしかったですよ。ピアノを辞めた理由も、とてもやさしいあなたらしいです。直哉さんを、それ以上、傷つけないためだったんですよね?」
 心からの気持ちを伝えると、彼は瞳をまたたいた。
「……やさしくはないよ。オレは、充分、あいつを傷つけてしまったと思う」
「でも、傷つけようと思ってそうしたわけじゃないです。それに、悠真さまは、もう充分すぎるぐらいに自分を責めていると思います」
「そっか……。ひな、聞いてくれてありがとう」
 言葉は短かったけど、彼がほんのりと笑ってくれたから、すこしだけ安心した。
 わたしが、悠真さまから手を放してメガネのズレを直そうとしたそのとき、彼が首をかしげた。
「ねえ。ヘンなことを聞くけど、メイドとして働き始める前、どこかで会ったことがない?」
 えっ。
 予想外の質問に、わたしは笑って返した。
「ないに決まっているじゃないですか。急にどうしたんですか?」
「うーん。そっか」
 悠真さまのビミョウに納得していない顔が気になったけど、追求するのはやめておいた。
 本当に心当たりがないし、ヘンに話を深堀して、正体が発覚してしまったら怖いからね。
 本音では、悠真さまがピアノを弾いているところを見てみたいとも思ったけど、伝えるのはやめた。
 彼にとって、ピアノを弾くという行為は単純なものではないのだと、知ってしまったから。
 でも、いつか悠真さまが、ピアノを弾いている姿を見てみたいな。
 直哉さんはたしかに辛かったと思うけど、悠真さまだって、今でも苦しむほど辛いんだ。
 ピアノ自体を嫌いになったわけではないのに、苦い思い出のせいで、親友も大好きなピアノも失ってしまったのだから。
 なにか悠真さまのために、できることがあればいいんだけど……。

 そうは思ったものの、すぐに名案が思いつくわけもなく。
 数日が経ったある日、わたしは咲宮ひよりとして、律お兄ちゃんの通う月華中学へ向かっていた。
 本当は怜央さまもいるから、正体バレを防ぐためにも、月華中学には近寄りたくない。
 でも……、律お兄ちゃんから『マジでごめん! 今日提出の宿題、うちに忘れてきちゃった! ひより、今日は創立記念日で学校休みだしバイトもなかったよね!? 届けにきてもらってもいいかな』という焦った文面が大量の涙マークと共に送られてきたので放っておけなかったんだよね。
 月華中学の門まで到着して、すぐにスマホを確認した。
 初めてきたけど、月華中学は、門構えからしてセレブ感が漂っていた。
 この厳かな感じ、懐かしいなぁ。昔に通っていた超お嬢さま学校を思い出す。
 さて。
 できれば中には入らずに、律お兄ちゃんと落ちあいたいな。
「あれ? きみは他校の子かな」
 ドキッとした。
 恐る恐る顔をあげれば、今最も遭遇したくない人物――怜央さまが眩しいほどきらきらの制服姿で立っていた。
 う、うわ~~~! 
 昼休みの時間だとが知ってたけど、なんでよりにもよって、校門の前で怜央さまに会っちゃうの!?
 心拍数がロケット急に跳ねあがる。
 落ちつけ、ひより。
 今のわたしは、メイドのひなじゃない。
 普通の私服姿だし、メガネもかけていないし、きっとバレることはないはず……!
 視線をそらして、しれっと答える。
「そうです。お兄ちゃんの忘れ物を届けにきました」
「ふ~ん。優しいんだね?」
 何気ないやりとりなのに、妙な間がめちゃくちゃ怖い。
 なんで初対面のはずなのに、こんなに絡んでくるのー!?
 これ以上、怜央さまに顔を見られたくなくて、足早に立ち去ろうとする。
「では。わたしは、これで……」
「待って。もしかして、きみの言うお兄ちゃんって、咲宮律のこと?」
「えっ! どうしてわかったんですか!?」
「あはは、やっぱり? 律が『これから、かわいいかわいい妹が宿題を届けにきてくれるって』騒いでたから、ピンときたんだよ」
 律お兄ちゃんのバカ! 余計な情報を怜央さまにいれてるじゃん!!
 怜央さまは、戸惑いがピークに達して固まったわたしに近づくと、囁くように言った。
「律が騒ぐだけあって、本当にかわいいんだね。ただの重度なシスコンだと思ってたけど、きみみたいな妹がいたら、ああなるのもわかるかも」
「……」
「律が溺愛してる妹だってわかったら、ますます、きみを専属メイドにしたくなっちゃうなぁ。ねえ、メイドのひなちゃん?」
「ぜんぶわかっていたんですね!?」
 やっぱり油断ならない!
 警戒心マックスで距離をとったら、怜央さまは、楽しそうに唇の端をつりあげた。
「どうして咲宮家のお嬢さまが正体を偽ってメイドのふりなんてしているのか、事情までは知らないけどね? この前、律と一緒に町を歩いていたでしょ。ひみつにしているのなら、もうすこし周囲を警戒したほうがいいんじゃないの」
 ううっ。言っていることはその通りすぎて、反論できない!
 もうバレてしまっているからには、猫をかぶっていても仕方ない。
「わたしのひみつを知って、どうするんですか。みんなにバラして、わたしはメイド解雇ですか?」
 ふてくされたように言えば、怜央さまは意外そうに目をまるくして、くすくすと笑った。
「え~~? そんなもったいないことはしないよー。俺、メイドのひなちゃんが大好きだし、専属になってもらう野望も諦めてないもん」
 ……あれ?
 なんか、思っていたのと違う反応なような。
 怜央さまは、獲物をとらえた肉食獣のように、笑みを深めた。
「いまのきみは、弟たちのほうが気になってるよね? でも、俺も負けたくはないなぁ。ちょっとズルい手を使ってでもね」
 っ!!
 不覚にも、顔が熱くなってしまった。
 っていうか、ちょっとズルい手ってなに!? 怜央さまが言うと、危険な香りしかしないんですけど!
「とりあえず、律の忘れ物はオレが届けておいてあげるよ。優しい男アピールもしておきたいし」
「怜央さまが今さらその路線は無理だと思いますよ」
「あははっ、ほんとに辛らつだよねぇ。そこが好きなんだけど」
 冗談か本気かわからない言い方にドギマギしていたら、怜央さまは去り際にそっとわたしに耳打ちした。
「ねえ、ひよりちゃん。真剣な話、ここのところきみの周囲で、不審な動きがある気がするんだ。帰り道に気をつけてね」 
 今度は違う意味でドキッとする。
「それ、どういう意味ですか?」
「うーん……、俺の気のせいならいいんだけど。あっ。このまま学校をサボって、ボディガードになってあげようか?」
「結構です」
「ちぇっ。俺にも甘えてくれていいのに」
「誰にも甘えたつもりはありません!」
 そんなやりとりをしつつも、もうすぐお昼休みの時間が終わるみたいだから、諦めて怜央さまに宿題を託した。
 あとから、律お兄ちゃんの『藤堂怜央から宿題を渡されたんだけどどういうこと!? ひより、あいつにいじめられなかった? ヘンなことされてないよね!?!』と過剰に心配する連絡を見てしまって、ため息をつくことになったのだった。
 そういえば。
 怜央さまは、わたしの正体に気がついたうえで、目的までは察していないみたいだったな。
 ということは……、彼は、婚約者ではない?
 いや。さすがに、婚約破棄するために乗りこんできたとまで推測はできなかっただけ? うーん、わからない!
 月華中学から帰る途中で、とても大きい市民ホールを見つけた。
 掲示板を見る限り、合唱コンクールやピアノコンクールが頻繁に開催されているらしい。
 行きは急いでいたから気がつかなかったけど、こんなに広い場所があったんだ。
 気になって、すこし中をそのぞいてみようとしたそのときだった。
「ねえ、そこのきみ」
 すぐ後ろに、知らない男の子が立っていた。
 同い年くらいに見えるけど、私服を着ている。
線が細くて、すこし頼りない印象を受けた。
 周りには、わたししかいない。
 状況的にはわたしに話しかけているとしか思えないけど、彼の顔に見覚えはない。
 無闇に知らないひとに返事をしてはいけない、という教えに従って沈黙していたら、彼は、驚きの一言を発した。
「きみ……、藤堂家で働いているメイドの子だよね? メガネはかけていないけど、顔が同じだ」
 ピリッとした緊張感が走る。
 彼は、咲宮ひよりとしてではなく、咲宮ひなとしてのわたしに用事がある?
 でも、面識もないのにどうして……。
 今さら、玲央さまの『不審な動きがある気がする』という言葉がよみがえり、得体の知れない恐怖に襲われた。
 逃げた方がよさそうだ。でも、足が地面に縫いつけられたようになって、動けない。
 彼は、わたしの沈黙を肯定だと受けとったようだ。
 ズボンのポケットから携帯を取り出してなぜか弄ぶったあと、一歩一歩、じわじわと距離をつめてくる。
 昼間なのに、不気味なくらいに人通りがない。息がつまりそうだ。
「答えなよ。和菓子屋のカフェで、悠真と楽しそうにおしゃべりしてたよね?」
「……!」
 そうか。
 あのとき、悠真さまが感じていた不審な視線は、このひとだったんだ!
 頭の中で、バラバラに散らばっていた点同士が、するすると結ばれていく。
 この、悠真さまに対する、異常な執着心は……まさか。
「もしかして、あなたは……直哉さん、なんですか?」
 震える声で名前を出した瞬間、彼は怯えたように肩を跳ねあげた。
 笑っているのに泣きそうな顔で、わたしの腕を強引につかんできた。
「悠真ってば、メイドの子なんかにそんなことまで話したの!? 悠真はいいよねぇ。生まれながらの大金持ち、イケメン、僕よりあとにピアノを始めたくせにコンクールで一位までかっさらって逃げ勝ちだ。それで、なに? ピアノを捨てたかと思えば、今度は、メイドのきみにふわふわと甘ったるく恋なんかしちゃってるわけ!?!」
 !!
 腕をつかんでくる力が強くて、思わず顔をしかめた。
 このひと、ものすごく危険だ!
 瞳がよどんでいて、とてつもなく悲しそう。
「でも、悠真が気に入ったのが、きみで良かったなぁ。藤堂家の御曹司が、単なるメイドに恋をしているなんて知られたら、醜聞だもん」
 そうか。直哉さんは、わたしをただのメイドだと思いこんでいる上で、利用したいんだ。
 悠真さまの立場を、おとしめるために!
 直哉さんは、つかんでいないほうの片腕で、わたしに携帯の画面をつきつけた。
 そこに写りこんでいたのは……、メイド姿のわたしと悠真さまが咲月堂のカフェで楽しそうに笑っている姿だった。
「僕の言うことを聞かなかったら、この写真をSNS上にばらまく」
「なっ!」
「そうしたら、さすがに悠真の両親も黙ってはいないんじゃない?」
「……あなたの望みは、なんなんですか?」
 この人に向かって言いたいことは、山ほどある。
 悠真さまが、どんな想いで、ピアノを辞めたと思っているの……!?
 でも、ここで怒りのままに言葉を返したら、相手の思うツボだ。
 心をしずめよう。冷静になるんだ。
「僕の望みは、悠真が不幸になること」
 ゾクリと、背筋に冷たいものが走った。
 これ以上になく、歪んだ執着だ。
「あいつには、僕と同じぐらいに、不幸でいてほしい。恋なんて甘ったるいものに浮かれていてほしくない。ねえ。今すぐ、藤堂家のメイドをやめてよ? どっちにしろ、この状況じゃ、僕の言うことを聞くしかないだろうけどね」
 あまりの恐怖に目をつむりかけたそのとき、泣きそうになるほど安心する声が響いてきた。
 まるで、闇を切り裂く光のように。
「ひなっ!!」
 来てくれたんだ!
「悠真さま!」
 駆けつけてきた悠真さまは、直哉さんからわたしを引きはがして、かばうように前に立った。
 その様子を見ていた直哉さんが、ニヤリと歪に笑う。
 まるで、わたしと悠真さまを嘲笑うように。
「久しぶりだね、悠真。君に会うのは、あのピアノコンクール以来だ」
「……こんなことをして、なんのつもりだよ。直哉」
 悠真さまは、怒ったように、自分の携帯の画面を直哉さんに見せつけた。
「あははっ。悠真ってば、本当に、そのメイドの子にご執心なんだねぇ。こんな簡単な挑発に乗って、本当にここまでやってくるなんて、バカなんじゃないの?」
 なるほど。
 悠真さまをここに呼んだのは、直哉さん本人だったのか。
「直哉が恨んでいるのはオレだろ? ひなを勝手に巻きこむな」
「ひな、ひなって。さっきからうるさいんだよ! 気に入らない気に入らない。悠真なんて大嫌いだ。お前が不幸にならないと、気が済まない。そのためには、周りにいる誰だって利用する!!」
 ダメだ。
 悠真さまにも、この状況はどうしようもない。
 彼があの写真を悪意をもってバラまけば、悠真さまの名誉と、藤堂家になにかしらの傷を残してしまう可能性がある……! 
 このまま黙っていれば、わたしも藤堂家のメイドをやめざるをえなくなるだろう。
 そんなの嫌だ!!
 こんなところで、悠真さまを傷つけようとする悪意に屈したくはない。
 それならわたしは……、彼を守りたい。
 たとえ、自分の正体が、バレることになったとしても!
「利用はさせません」
 直哉さんがギロリと、悠真さまは困惑したようにわたしを見た。
「なに言ってんの。きみに口出しなんてできるはずがないだろ」
「ひな……?」
 緊張でからだが震えてきた。
 だって、今までウソを吐いていたことを、正直に認めるんだもの。
 これを言ってしまったら、悠真さまとは、もう今まで通りの関係ではいられない。
 本当は婚約者候補なのに、逃げだしたいからメイドのフリをしていたなんて正直に話したら、どんな顔をされるかもわからない。
 でも、それでも。
 ちゃんと、向き合うんだ。
 悠真さまになら、本当の自分を見せてもいい。
 わたしは、二人分の視線を受けとめながら、深呼吸をしてひと思いに言った。
「口出しできます。なぜならわたしはただのメイドではなく……、本当は、老舗和菓子店『咲月堂』の咲宮ひよりだからです」
 時間が止まったようだった。
 直哉さんも、悠真さまも、アゼンとした顔をしてわたしを凝視している。
 わたしを利用しようとしていた直哉さんはともかく、いま、悠真さまがどんな心境なのかは想像するだけでも怖い。
 とりあえず、はてなマークでいっぱいであることだけは間違いないだろう。
「はあ!? 『咲月堂』って……、あの和菓子の? なんだよ、聞いてないんだけど!? ちょーーーーお嬢さまじゃんか!」
 すごい取り乱しようだ。
 直哉さんが想定通りの反応をしてくれてよかった。
「その通りです。直哉さんがそのつもりなら、わたしは、正体を公表してメイドをやめます。そうなると、直哉さんがその写真をバラまいたところで、悠真さまは『咲月堂』の娘とカフェで話していただけということになりますが、どうしますか?」
 なんで咲宮ひよりがメイドのコスプレをしているのか、とつっこまれるのは恥ずかしいけどね……。
 水をかけられて鎮火した炎のように、直哉さんは蒼白な顔をしている。
 これ以上、ヘンな気を起こさないように、太い釘をさしておこう。
「ちなみに、無断で撮影した人の写真を、許可なく勝手にSNSにアップロードすることは肖像権の侵害にもあたります。当然わたしは、家にも相談します。咲宮家が黙っていませんよ?」
「っっ」
 直哉さんは、さすがにすこし同情するレベルで意気消沈すると、さっきから一言も発しない悠真さまを恨めしそうに見た。
「……はーあ。せっかく、お前をゆするいいネタができたと思ったのに、フタをあけてみれば、ただコスプレデート現場を撮ってただけとかマジで萎えるわー」
「こ、コスプレデート……っ!?」
 悠真さまが顔を赤くして反論できずにいるのを見て、わたしもじわじわと恥ずかしくなる。
 そのつもりはなかったけど、たしかにそうとらえられなくもない……のかも。
 直哉さんはふてくされながら、ある意味で開きなおった。
「僕の完敗だよ。気分削がれたし、もう帰るわ」
 これだけの騒ぎを起こしておいて、あっさり帰ろうとした直哉さんを、悠真さまが慌てて引きとめる。
「なぁ、直哉。……お前、まだピアノを弾いてるよな?」
 恐々と、でも、たしかめずにはいられないというように。
 振りかえった直哉さんはフッと笑った。
「続けているに決まってるだろ? なあ、悠真。僕がなんでこんなに怒っているか、わかる?」
「…………」
 直哉さんは、笑っているのに、いまにも泣きそうな顔をした。
「僕は、お前が勝手にピアノを辞めたことが、一番憎かった!! あの瞬間、お前に勝つことが、永遠に叶わなくなったんだ。どれだけ僕が悔しかったか、お前にはわからないだろうな」
「っ。違う!! そういうつもりじゃなかったっ」
「そうとしか受けとれなかったよ。……僕は、絶対にプロになるんだ。一回コンクールで負けた程度で折れるほど弱くはない」
 悠真さまはハッとしたように瞳を見ひらいて……。
 それから、泣きそうな顔で、笑った。
「そっか。それを聞けて、安心したよ。オレさ、直哉のピアノが本当に好きだったんだ。ずっと応援してるよ」
「なったとしても、お前にだけは知らせないし。……真っ直ぐすぎて、嫌味なやつ」
 言葉には棘があったけど、直哉さんの表情は和らいでいて。
 さっきまで曇りだった空に、すっと太陽の光が差しこんできた。
 それがこの二人なりの和解の印に見えて、わたしも笑顔になったんだ。
 
 直哉さんが帰ったあと。
 わたしと悠真さまは、無言のまま、どこへ向かうともなく一緒に歩いていた。
 き、気まず…………っ!
 どうしよう。さっきはなんとかしなきゃ! って必死で正体を明かしてしまったけど、いざとなると、どこから話せばいいものか。
 そういえば、今さらだけど、悠真さまは制服姿だ。
「あ、あの……。いまって、午後の授業の時間帯ですよね?」
「……あ、うん。数年ぶりに直哉から連絡がきたかと思ったら意味深な連絡だったから、驚いて、授業を抜け出してきた」
「そうだったんですか!? す、すみません! すぐに戻りますか?」
「いや、今日はもういいや。っていうか、その……。今さらだけど、敬語やめない?」
「えっ」
 悠真さまは、頬を赤らめながら、わたしの瞳を見つめて言った。
「きみは……、メイドのひなじゃなくて、咲宮ひよりなんでしょ?」 
 バクバクと心臓が鳴りはじめる。
 そういえば、メイドとして彼に接するのは、もう無理があるんだった……!
「そうでした……。本名は、ひよりです」
「敬語じゃん」
「だ、だって! なんか、慣れないというか」
「それで? お家が貧乏なわけがないと思うけど、どうして、藤堂家のメイドとして働いていたの……?」
 そこが一番気になるよね。
 もちろん、もう、隠すつもりはない。
「始まりは、親から、わたしに婚約の話が持ちあがっていると言われたことでした。相手は、藤堂家の息子だと聞きました」
「うん」
「でも、どうしても、受け入れられなかったんです。わたしは、男の子にただでさえ苦手意識があったから、見知らぬひとと婚約なんて絶対に無理だと言いはりました」
「ふふっ」
「なんで笑うんですか?」
「いや? ここから、どうメイドにつながるのかなって、面白くなっちゃって」
 不思議だ。
 悠真さま相手には、なにを言っても大丈夫だという安心感がある。
「それは、お母さんの突飛な提案でした。最初から婚約者として会うから緊張しちゃうんじゃない? だったらメイドさんとして潜入して、相手を見極めたらどう? って。バカみたいな話だと思うでしょ? でも、それが藤堂家のご両親も含めて採用されちゃったんですよ」
「あははっ!」
 悠真さまが口を開けて楽しそうに笑っているのがうれしくて、わたしもつられて笑顔になる。
「わたしにとって、メイドのフリをするのは、時間稼ぎのためだったんです。なんなら、婚約破棄をするために、相手の欠点を探しにいくという最低な考えでした。そしたらなんと……、誰が婚約者かわからないという難題にぶち当たったんです。親も笑ってぜんぜん教えてくれないし、ほんとに散々でしたよ」
 悠真さまは、考え事をするように立ち止まった。
 それから、わたしの真意を確認するように、じっと瞳をのぞきこんでくる。
 見つめあうと、吸いこまれてしまいそうだと思うほどきれいな瞳。
「それで? いまも、逃げたいって思ってるの?」
 悠真さまが、やさしく尋ねるから。
 胸の高鳴りが止まらない。
 大切な相手に、本当の想いを告げるというのは、こんなにも緊張するものなんだ。
「いまは……、あなたが婚約者だったらいいなって、思ってます」
 また、時間が止まったかと思った。
 悠真さまが、かんっぜんに、固まってしまったから。
 どうしよう……。困らせるようなことを言ったかな?
「あ、あの?」
 戸惑いと不安とが大きくなって、思わず、彼の肩を軽くゆすると。
 急に、伸びてきた腕に強く抱きしめられて、心臓が大きく飛び跳ねた。
「ゆ、悠真さま……?」
 頬が赤く上気していて、瞳もわたしだけをうつしている。
「好き」
 ストレートすぎる発言に、今度はわたしが固まった。
 す、すき……? 好きって、あの好き!?
 心臓から、からだが爆発しそうなほど、ドキドキしてしまう。
「婚約者は、オレだよ」
「!!」
 そうだったんだ!
 なんだか夢を見ているみたいだ。
「……正確に言うと、親は、兄弟の誰でもいいって言ってたけど。数か月前に話が出たんだ。怜央兄も陽人もあんまり興味なさそうだったから、オレが手を上げた」
「なんで、手をあげたんですか?」
 意外だ。
 わたしとは面識がないはずだし、悠真さまは、そういうときに自分から動くタイプではなさそうなのに。
 首をかしげていたら、彼はふいっと視線をはずして、恥ずかしそうに答えた。
「……咲月堂の和菓子が、好きだったから」
 そんな理由で!
 そういえば、カフェでも美味しそうに食べていたっけ。
 思わず笑みがこぼれてくる。
「かわいいですね」
「……っ。からかうな」
 彼は、困ったように口を尖らせたけど、すぐに幸せそうに笑った。
 そっと、わたしに、おでこをくっつける。
「でも、あのときに手をあげておいて、心の底からよかったと思ってるよ。だって、ひなのこと……、ううん。ひよりのこと、誰にも渡したくないから」
 ちょ、ちょっと待って!? いきなり、気になるひとからのこんな行動、もう心臓がもちません!
 悠真さま、もしかして、一度懐に入ると和菓子よりも甘いタイプなのでは……!?

 直哉さんと悠真さまの一件が解決し、婚約者も判明したところで、わたしのメイド生活は幕を閉じた……かと思われた。
 でも、わたしは今も、メイドのひなとして藤堂家のお屋敷で働いている。
 悠真さまとも話しあいをして、この形に落ちついた。
 当然いまは婚約破棄をしたいとは思っていない。
 仕事も楽しくなってきたところだし、もうすこし、この生活を続けたいとわたしから望んだんだ。
 本当のわたしが咲宮ひよりで、悠真さまの婚約者であるということは、この屋敷内では二人だけのひみつ――
「おはよう、ひよりちゃん」
「れ、怜央さま! 誰が聞いているかわからないんですから、屋敷で軽率にその名前を出さないでください!」
「えー。いまは二人きりなんだし、いいじゃん」
「面白がってませんか……?」
 ――と言いたいところだけど、怜央さまにも知られているんだった!
「そうだよ、だって面白いもん。最初は気がつかなかったけど、きみの目的にも察しがついたしね~。大方、自分の目で婚約者がどんなやつか偵察しようってところでしょ? 最高だよ」
 最高って感想になるのが怖い。むしろ引いてくれ。
 怜央さまは、わたしの淹れたアールグレイを飲みながら、上品に微笑んだ。
「うん、やっぱり美味しい。もう、ひよりちゃんの淹れてくれた紅茶じゃないと飲めないかも。専属にしたいなぁ~~、ダメ?」
「ダメです。そもそもわたしはお嬢さまなので」
「開きなおったひよりちゃんも好きだなぁ」
「……まず、わたしの婚約者は、あなたではありません」
 怜央さまは、愉快そうに笑った。
「今のところは悠真ってだけでしょ?」
「は?」
「親は、誰でもいいって言ってたよ。最初は興味なかったけど、ひよりちゃんが婚約者なら話は変わってくるなーって。今から手をあげようかな」
「し、失礼します!!」
 怜央さまは、やっぱり危険なひとだ。

「ひなさーーん! ねえねえ、一緒にあそぼ?」
「休憩の間ならいいですよ。今日はなにをして遊びますか? トランプのスピードとかどうでしょう」
 わたしがリビングの引き出しの中からトランプを持ってこようとしたら、陽人さまが服のスソをつかんできた。
「陽人さま? どうかしましたか?」 
「ひなさん。なんかさー、僕にだけ隠しごとをしていない?」
 ギクッ。
 ここは、シラを切るに限る!
 どんなに、頬をふくらませた、上目遣いの陽人さまが反則級にかわいくとも……!
「え、ええと……なんのことでしょう?」
「僕は、ひなさんに、とっておきのひみつを打ち明けたのになぁ」
「あれは……、勝手にわたしがお節介をしただけです」
 陽人さまは、ニコリと微笑んで、わたしにぴたりとくっついてきた。
「ひなさん。僕の婚約者になって?」
「えっ……!?」
 陽人さま、一体、どこまでなにを知って……? 冗談? それとも本気!?
「そう本気で思うぐらい、僕にとってひなさんはトクベツだから。いつまでも、かわいい弟枠じゃ嫌だもん」
 突然、頬にキスをされて、声にならない悲鳴をあげながら逃げ出した。
 陽人さま、やっぱり天使ではなくて、小悪魔だった説……!

 突然の陽人さまの頬キスに、動揺しすぎてドキドキとしていたら。
 フキゲンそうな顔をした悠真さまと遭遇した。
 かと思えば、いきなり手をひっぱられて、無言のまま彼の部屋まで連れていかれてしまった。
「ゆ、悠真さま……?」
「悠真」
「え?」
「二人きりのときに、さま付けはいらない。婚約者でしょ?」
 そ、そうですけど……!
 悠真さまは、心なしかすねたように顔をしている。
「あ、あの……?」
「……メイドとして働くのはいいけど、怜央兄と陽人にはあんま近づかないで」
「えっ」
 も、もしかしてこれは……嫉妬ですか!?
「あいつら、油断も隙もない。大体、ひよりがかわいすぎるのも悪い」
 悠真さまは、無茶苦茶な言い分を並べながら、わたしにそっとキスをした。
 って、初めてのキスなんですが……!
 動揺とドキドキとで顔を真っ赤にしていたら、目の前の彼も、こっちが驚くほど顔を赤くしていた。
「ねえ。……唇は、初めて?」
 っ!!
 だ、だめだめだめ!
 やっぱりこのお屋敷で働くのは、わたしの心臓の方がもたないかもしれないです!!
 最初はどうなることかと思ったメイド生活だったけど、案外、楽しくやっている。
 ドキドキしすぎて、困ること以外は……!【本編・完】
(悠真Side)

「咲宮……ひなと申します」
 最初に、彼女に抱いた印象は、クールそうな子。
 中学生なのに、家のために働くなんて健気だなぁとしか思っていなかった。
 でも、初めて彼女が紅茶を運んできて間近で顔を見たときに、妙な既視感があった。
 あれ? 前にも、どこかで会ったことがあるような……。
 オレの気のせい、かな。
 本人に聞いてみて、もし違っていたら恥ずかしいなんてもんじゃないから、尋ねることはできなかった。

 オレにとっての彼女は、まじめに働いている姿に好感がもてて、なんだか気になって仕方がない存在。
 その彼女がまさか、咲宮ひよりで、婚約者だったときには本当に驚いた。
 単に、驚いたわけじゃない。
「まさか……、初恋の女の子に、二度も恋をするなんて」
 衝撃の事実を知ってからというものの、ずっと顔が熱いままだ。
 咲月堂のカフェに一緒にいって話を聞いたときから、もしかしたら……とは何度も思ってきたけど、本当にそうだった。
 彼女は、婚約者である以前に、オレの初恋の女の子でもあったんだ。



 忘れもしない。あれは、オレが小学一年生の頃だった。
 その日のオレは、ピアノを始めたばかりで中々うまく弾けずに落ちこんでいた。
 レッスンの帰りに、お母さんに連れられて、咲月堂のカフェに寄ったのだ。
『最初からうまくできるひとなんていないんだから、大丈夫よ。元気を出しなさい』
『……うん』
 お母さんはそう言うけど、オレ、やっぱりピアノに向いていないんじゃないかな?
 オレの前に弾いていた直哉という子は、ものすごく上手だったし。
 上手い子は、もっともっと早くから始めてる。
 どんよりとした気分だったから、せっかくの和菓子の有名店なのに、和菓子も頼まずにいた。
 お母さんがお手洗いに行くのに席をはずしたとき、ちょうど、オレと同い年ぐらいの女の子とすこし年上に見える男の子が隣の席に向かいあって座った。
『ひより、この和菓子にする!!』
『はーい。じゃ、注文しよ』
 ぱっと笑顔になって、うれしそうに報告するその子はとてもかわいくて、なんだか見惚れてしまった。
 お人形さんみたいで、かわいいな。
 いや。ジロジロ見たら、不審者っぽいわ……。
『あ、やべ! お兄ちゃん、さっきの店で忘れ物したわ』
『えー。なにやってんの~』
『ごめんって。お兄ちゃんすぐ戻るから、さきに食べてて』
 お兄ちゃんが席を立って、ぱたぱたと店を出て行く。
 そのとき、その女の子の大きな瞳と、バッチリ目があってしまった。
『あ、えと……』
 慌てるオレに対して、彼女は、不思議そうに首をかしげた。
『あれ? ねえ、和菓子を頼んでないの?』
『う、うん』
『美味しいのにもったいない! ねえ、わたしのを食べる?』
 無邪気に笑いながら差しだしてきたのは、桜の花の形をした練りきりだ。
『これね、うちの家のお菓子なんだ。すっごく美味しいんだよ』
『……いいの?』
『うん! これを食べたら、きっと元気になるよ』
 彼女が、どこまでなにを思いながら、そう言ったのかはわからない。
 だけど、落ちこんでいることまで見抜かれたような気がして、ドキッとした。
『ありがとう』
 恐る恐る口にしたその和菓子は、とても甘くて、上品な味がした。
 心をふわりと包んでくれるような、やさしい味だ。
『おいしい……!』
『ふふっ、そうでしょ! これからは、咲月堂にきたら、ぜひ和菓子を頼んでね』 
 満面の笑みで微笑んだ彼女に、すっかり心をもっていかれてしまったのは、仕方のないことだったと思うんだ。
  
 ねえ、ひより。
 オレが、咲宮家との婚約の話が持ちあがったときに手をあげたのは、単に和菓子が好きだったからじゃないんだよ?
 恥ずかしくて、本人は到底言えそうにないけどね。【完】

 

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