2022年9月19日(月) 午前0時50分/山道
冷たい夜風が頬を撫でる。
家の裏口から抜け出し、私たちは暗闇の中へと足を踏み入れた。
月明かりは雲に隠れ、ほとんど光が届かない。
周囲には、ただ黒い影のように広がる森。
遠くで虫の鳴き声が響くが、どこか不自然に感じられる。
(……社へ行く)
それは決めたはずなのに、一歩進むごとに、何か見えないものに足を引っ張られるような感覚があった。
「夏美、こっちだ」
裕也が先を歩く。
スマホのライトを頼りに、山道を慎重に進んでいく。
私も、それに続いた。
普段なら、夜の山道には無数の音がある。
風が葉を揺らす音、虫の鳴き声、遠くの川のせせらぎ——。
でも、今は違った。
まるで、この空間だけ"切り取られた"みたいに、音がない。
(……何か、おかしい)
私は思わず足を止めた。
「……裕也」
裕也も、何かを感じたのか、振り返った。
「……やっぱり、変だよな」
「うん……何か、"いる"気がする」
そう言った瞬間——
——キッ、キッ、キッ……
遠くから、あの"鳴き声"が聞こえた。
「……っ!!」
私は、背筋が凍るのを感じた。
裕也も、息を呑む。
「……社、急ごう」
私たちは、足を速めた。
しばらく進むと、木々の隙間から社の影が見えた。
(……もうすぐ)
私は胸の奥で、ぐっと息を詰めた。
しかし——その時。
——ザザッ……
不意に、背後で何かが"動いた"音がした。
私は反射的に振り向いた。
「……!!」
そこには、何もいない。
だが——。
草が、不自然に"倒れた跡"があった。
まるで、誰かがそこを"歩いた"かのように。
私は、息を殺した。
(……見えていないだけで、"いる"の……?)
「……夏美、急ごう」
裕也が、私の手を引いた。
私は、まだ背後の気配が気になりながらも、社へ向かって走った。
社の前に立つ。
静かだった。
異様なほどに。
「……入るぞ」
裕也が、小さく息を呑む。
私は、拳を握りしめた。
(……これで、終わる)
社の扉に手をかける。
——ギィ……
扉が、ゆっくりと開いた。
——その瞬間。
冷たい風が、私たちの間を吹き抜けた。

