2022年9月18日(日) 午後7時05分/祖父の家
白米の湯気が立ち上る。
夕飯の時間だった。
卓上には、祖父が用意してくれた味噌汁、煮物、焼き魚。
少し控えめな食事だけど、こういう素朴な味が心に落ち着きを与えてくれる。
「どうだ、久しぶりの田舎飯は?」
祖父が湯呑みを手に取りながら、穏やかに微笑んだ。
「うん、おいしいよ」
私は箸を動かしながら答えた。
裕也も「やっぱこういうのが一番いいんだよな」と言いながら、魚をつついている。
——けれど。
(……本当に、"普通に食事していていい"のかな?)
胸の奥に、消えない違和感があった。
タケシは戻ってこないまま。
そして、動画の影響は確実に広がっている。
私たちはこのまま、何もせずに帰っていいのだろうか?
「……夏美?」
「えっ?」
祖父の声に、私はハッとして顔を上げた。
「お前、ずっと考え込んでるぞ。疲れてるんじゃないか?」
「あ、ううん……ちょっと考え事してただけ」
私は、慌てて味噌汁を口に運んだ。
裕也はそんな私をチラリと見て、何も言わずに箸を置いた。
夕飯を食べ終えた後、私たちはそれぞれの部屋に戻った。
時計を見ると、午後9時45分。
(……そろそろ、どうするか決めないと)
そう思いながら、スマホを開いた。
裕也とのチャット画面を開く。
【夏美】:「今日、どうする?」
【裕也】:「まだ考えてる。でも……やるしかねぇよな」
送られてきたメッセージに、私は唇を噛んだ。
「そうだよね……やるしかない」
そう、自分に言い聞かせるように呟いた。
その時だった。
——コン。
部屋の窓の向こうから、何かが"軽く"叩かれる音がした。
(……え?)
耳を澄ませる。
コン……コン……
それは、一定のリズムで、間隔を置いて鳴り続ける。
(……誰かいる?)
私は、ゆっくりと窓に近づいた。
暗闇の中、何かが動いている気配は——ない。
だけど——
(……"何か"がいる……?)
ガラス越しにじっと外を見つめる。
——カクッ。
(……!!)
影が"首を傾けた"。
黒い輪郭が、窓の外に"ぼんやりと"浮かび上がる。
私は、息を呑んだ。
その瞬間——
コン……コン…コン…コン、コン、コン、ココココ……!!
ノックの音が、急激に速くなる。
「——っ!!」
私は反射的に後ずさった。
ノック音は止まらない。
むしろ、どんどん強くなっていく。
ドンドン! ドンドン!!
「ナツミ……ナツミ……」
今度は囁き声まで聞こえた。
私は必死で耳を塞ぐ。
(……いや……いや……!!)
裕也の部屋に駆け込もうと、ドアを開けようとした——その時。
「……っ!?」
リビングの方から、何かが"ドサッ"と倒れる音がした。
私は、咄嗟に裕也の部屋の襖を開けた。
「裕也!!」
裕也も何か異変を察したのか、驚いた顔でこちらを見た。
「……今、何か音しなかったか?」
「おじいちゃん……!!」
私たちは急いでリビングへと駆けつけた。
祖父は、座椅子に座ったまま——静かに目を閉じていた。
「おじいちゃん……?」
裕也が肩を揺する。
「おい、じいちゃん!」
——ピクリとも動かない。
私は、ぞくりと背筋が冷たくなるのを感じた。
「……おじいちゃん、生きているよね?」
「…ああ、生きているが……」
裕也が、祖父の顔をじっと見つめる。
「……まるで、"眠らされてる"みたいだな」
——静寂。
「……こんなのおかしい」
私は呆然としながら、祖父を見つめ続けた。
(こんなにうるさかったのに、起きないなんて……)
まるで、"この家の中だけ時間が止まった"ような感覚があった。
——コン……コン……
また、玄関の向こうから"ノック音"が鳴った。
私は、息を呑んだ。
(……まだ、"いる"……!!)
裕也と視線を交わす。
このまま、朝を迎えても……何も変わらない気がした。
「……裕也」
私は、小さく囁いた。
「……行こう」
裕也は、一瞬だけ息を呑んだ。
そして——ゆっくりと頷いた。

