2022年9月18日(日) 午前3時35分/祖父の家
——ギィ……ピシャリ。
勝手に扉が、ゆっくりと閉まった。
玄関に満ちていた生ぬるい空気が、"ピシャリ"と断ち切られるように消える。
私はその場にへたり込み、荒い息を吐いた。
(……戻った……?)
まだ信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
夏の夜の田舎は、本来なら静寂の中に虫の声が響くはずだった。
しかし、今は——。
——シン……。
あまりにも、"静かすぎる"。
まるで、"何か"が世界ごと飲み込んでしまったかのように——。
裕也が、重く息を吐いた。
「……終わった、のか?」
私も答えられない。
たしかに扉は閉まった。
だけど——"それ"は、本当にいなくなったの?
「……わからない」
そう答えるしかなかった。
裕也は震える手でスマホを取り出し、投稿サイトを開いた。
私は息を詰めて、その画面を覗き込む。
動画の一覧ページをスクロールする——。
「——無い。動画は、どこにも無い」
投稿履歴を見ても、"例の動画"は完全に消えていた。
裕也が、ほっとしたように息を吐いた。
「……やっぱり消えてる、な……」
「……本当に?」
私は思わず口にしてしまった。
裕也はスマホをしまい、力なく笑った。
「……わかんねぇ。でも……」
裕也は玄関の方をちらりと見た。
「まだ……見られてる気がする」
その言葉に、私は息を呑んだ。
私は立ち上がり、そっと玄関の方を見た。
扉の向こうに"それ"がいる気配はない。
けれど——。
閉まる直前に"見えた"気がする。
あの、"赤い目"。
視線の端に焼き付いた、血のように濁った光。
(……私は……見てしまったの?)
違う。
目を合わせたわけじゃない。
——でも。
"見た"ことに変わりはない。
その瞬間、ひどく嫌な寒気が背筋を走った。
「……夏美」
裕也が、掠れた声で言う。
「とりあえず……もう寝ようぜ」
私も頷いた。
そうするしかなかった。
すべてが"終わっていない"のは明らかだったけれど、どうすることもできなかった。
二人とも、完全に疲れ果てていた。
私は、無理やり頭を振って思考を振り払うと、ゆっくりと寝室へ向かった。

