【警告】決して、この動画を探してはいけません!


2022年9月18日(日) 午前3時30分/祖父の家
——キッ……キッキッ……。

耳の奥で、あの"狒々の鳴き声"が響いた。

私は全身が凍りついたように硬直し、目をぎゅっと閉じる。

扉の隙間から流れ込む空気が、ひどく生温かった。

まるで、"何か"がすぐそこにいるのを肌で感じるような——そんな嫌な感覚。

(……見ちゃダメ……)

私は必死に視線を逸らし、裕也の袖を掴んだ。

「……裕也……見ないで戸を閉めれる?」

震える声でそう言った瞬間——。

——ギギギ……ギィ……。

扉が、さらに開いた。

——スゥ……。

冷たい風が入り込み、ふわりと髪が揺れる。

(……ヤバい……このままじゃ……!)

私は恐る恐る、手探りで扉へ手を伸ばした。

けれど——。

"それ"は、すでに"一歩"踏み込んでいた。

——影。

玄関の床に、"異質な影"が落ちていた。

私や裕也のものとは明らかに違う、不自然な形の"影"。

それは"人"のようであり、しかし"獣"のようにも見えた。

四足のような、二足のような——。

影は、"ぬるり"とした動きで玄関の奥へと伸びていく。

(……入ってくる……!)

思考がぐちゃぐちゃになる。

どうする?
どうすればいい?

「夏美……!」

裕也が私の肩を強く掴んだ。

「……念仏だ! あの、念仏を唱えろ!」

(——そうだ!)

私は、息を震わせながら、必死に口を開いた。

「……○○○○……○○○○……」


私が念仏を唱えた瞬間——。

——ピタリ。

影の動きが止まった。

まるで、"こちらの存在に気づいていない"かのように。

(……効いてる?)

私は念仏を唱え続ける。

すると、影はゆっくりと動きを鈍らせ——。

——スゥ……スゥ……。

扉の隙間へと"後退していく"。

「……戻ってる……?」

裕也が、小さく呟いた。

私はひたすら念仏を続ける。

影は、ゆっくりと"元の場所"へ戻るように、玄関の外へと消えていった。

——そして。

——ギィ……ピシャリ。

扉が"勝手に閉まった"。

その瞬間、張り詰めていた空気が、一気に弾けるように緩む。

私は膝から崩れ落ち、肩で荒く息をした。

(……戻った……?)

そう思ったが——。

——まだだ。

私は、玄関の"隙間"を見てしまった。

最後の最後に、ほんの"一瞬"だけ。

——扉が閉まる直前、"向こう側"で"赤い目"がこちらを覗いていた。

私は、冷たい汗が背中を伝うのを感じながら、そっと扉に手を当てた。


第三十四話『封じられた扉』

2022年9月18日(日) 午前3時35分/祖父の家
——ギィ……ピシャリ。

勝手に扉が、ゆっくりと閉まった。

玄関に満ちていた生ぬるい空気が、"ピシャリ"と断ち切られるように消える。

私はその場にへたり込み、荒い息を吐いた。

(……戻った……?)

まだ信じられなかった。
いや、信じたくなかった。

夏の夜の田舎は、本来なら静寂の中に虫の声が響くはずだった。
しかし、今は——。

——シン……。

あまりにも、"静かすぎる"。

まるで、"何か"が世界ごと飲み込んでしまったかのように——。

裕也が、重く息を吐いた。

「……終わった、のか?」

私も答えられない。

たしかに扉は閉まった。
だけど——"それ"は、本当にいなくなったの?

「……わからない」

そう答えるしかなかった。

裕也は震える手でスマホを取り出し、投稿サイトを開いた。

私は息を詰めて、その画面を覗き込む。

動画の一覧ページをスクロールする——。

「——無い。動画は、どこにも無い」

投稿履歴を見ても、"例の動画"は完全に消えていた。

裕也が、ほっとしたように息を吐いた。

「……やっぱり消えてる、な……」

「……本当に?」

私は思わず口にしてしまった。

裕也はスマホをしまい、力なく笑った。

「……わかんねぇ。でも……」

裕也は玄関の方をちらりと見た。

「まだ……見られてる気がする」

その言葉に、私は息を呑んだ。

私は立ち上がり、そっと玄関の方を見た。

扉の向こうに"それ"がいる気配はない。

けれど——。

閉まる直前に"見えた"気がする。

あの、"赤い目"。

視線の端に焼き付いた、血のように濁った光。

(……私は……見てしまったの?)

違う。
目を合わせたわけじゃない。

——でも。

"見た"ことに変わりはない。

その瞬間、ひどく嫌な寒気が背筋を走った。

「……夏美」

裕也が、掠れた声で言う。

「とりあえず……もう寝ようぜ」

私も頷いた。

そうするしかなかった。

すべてが"終わっていない"のは明らかだったけれど、どうすることもできなかった。

二人とも、完全に疲れ果てていた。

私は、無理やり頭を振って思考を振り払うと、ゆっくりと寝室へ向かった。