2022年9月18日(日) 午後11時46分/社の中
「キッ……キッキッ……」
社の奥から、確かに"それ"は近づいてきていた。
暗闇の中、二つの赤い目が揺らめくように光っている。
(……目を合わせたら、終わる)
私は唇を震わせながら、念仏を唱え続けた。
「……○○○○……○○○○……」
——だが、それでも狒々の足音は止まらない。
ギシ……ギシ……
ゆっくりと、しかし確実に"こちらへ"歩み寄ってくる。
「夏美……まだ唱えろ……!」
裕也が低く囁く。
私は必死で念仏を繰り返した。
それでも、狒々は止まらず——社の中央まで進んできた。
2022年9月18日(日) 午後11時47分/狒々の姿
裕也が懐中電灯を向ける。
——そこにいたのは、神などではなかった。
巨大な体躯。
濁った黒い毛並み。
鋭く裂けた口元から覗く、不自然に長い牙。
裕也が、息を呑んだ。
「……ヤバい、"見たら終わる"やつだ……」
その声の震え方で、私にはわかった。
"それ"がこちらを見ていることが——。
祭りの夜、社の中で"影"のように佇んでいた存在が、今ははっきりとこの場に顕現している。
それは——"狒々"というには、あまりにも禍々しい存在だった。
裕也が息を呑む。
「……これが……神様、なわけねぇ……」
狒々は、社の中央にある石台の前で立ち止まる。
「……?」
狒々の頭がゆらりと揺れた。
まるで——"巫女がいない"ことに疑問を抱いているかのように。
(……もしかして、狒々はまだ儀式が続いていると思っている?)
だが、次の瞬間——
狒々が、ゆっくりと私の方へ顔を向けた。
「……ッ!」
私は慌てて目を伏せる。
ギシ……ギシ……
狒々が、一歩ずつこちらへ歩み寄ってくる。確実に私の事を見ている
どうやら、念仏を唱えている私の事が気になるようだ。
「夏美! 目隠ししろ!!」
裕也の声が響いた。
2022年9月18日(日) 午後11時48分/"巫女の役割"
私は、持っていた布を咄嗟に顔に巻きつけ、目を覆った。
その瞬間——
「キッ……?」
狒々の動きが、止まったように気がする。
(私の事を……巫女だと思った?)
私は息を整え、石台へゆっくりと歩いた。
「そのまま真っすぐ、石台まであと二歩ぐらいだ」
目隠しした私はm裕也の声に従って進む
狒々は、それをじっと見ている。
(……やっぱり、狒々は"目隠しをした者"を巫女だと認識しているのでは?)
最後は手探りで石台の上に座った。
「……○○○○……○○○○……」
声を震わせながらも、必死で念仏を唱え続ける。
すると——
「キ……ッ」
狒々が、じっと私を見つめたまま動かなくなった。
まるで、儀式の流れが元に戻ったかのように——。
2022年9月18日(日) 午後11時49分/社の異変
「……成功した?」
裕也が、小声で呟く。
私は目隠しをしたまま、微かに頷く。
(このまま……狒々が社の中に留まれば……)
その時——
突然、スマホのスピーカーから異様な音が響いた。
《ザザ……ザザザ……》
「……っ!?」
裕也がスマホを見る。
動画が、勝手にノイズを発しながら暴走していた。
——そして、画面の中の狒々が、"カメラの方へ振り向く"。
(……映像の中の狒々が……!?)
——次の瞬間。
社全体が、異様な"圧力"に包まれた。
「——夏美!! 唱えていろよ!!」
私は、目隠しをしたまま、念仏をさらに強く唱えた。
「……○○○○……○○○○……!!」
その瞬間——
「キィィィィィィィィィィ!!!!」
狒々の絶叫が社の中に響き渡った——。

