2022年9月18日(日) 午後11時44分/社の中
「……いくぞ」
裕也がスマホを構え、画面をタップする。
私は息を詰めて、その瞬間を見守った。
しかし——
《エラー:再生に失敗しました》
「……え?」
裕也が眉をひそめる。
もう一度タップ。
——だが、また同じエラーメッセージが表示される。
「……壊れた?」
「そんなはずないよ、さっきまで普通に動いてた」
裕也は何度も画面を押し直すが、動画は再生されない。
「まさか、ここでは再生できないとか……?」
焦る私たちの耳に——
「キッ……キッキッ……」
——背筋が凍った。
社の奥から、確かに"それ"の鳴き声が響いた。
まるで、"動画を再生しなくても、すでに気づいている"かのように——。
裕也がスマホを握りしめる。
「……もう来てる?」
私は恐る恐る社の奥に懐中電灯を向けた。
——何も見えない。
だが、"いる"。
確実に、この暗闇の中に。
2022年9月18日(日) 午後11時45分/勝手に再生される動画
「……裕也、一旦やめ——」
言いかけた瞬間、スマホの画面がノイズに包まれた。
「え?」
次の瞬間、画面が勝手に切り替わる。
——『再生中』。
勝手に、動画が再生され始めた。
「ちょっ……操作してないのに!」
「……嘘……」
画面に映っているのは、あの社の映像。
祭りの夜、私たちが撮影したもの——。
巫女が目隠しをし、静かに念仏を唱えている。
その後ろに——"狒々"がいた。
「……これ、前に見た時と違う」
裕也が青ざめた顔で呟く。
そう。
狒々の動きが違う。
前に見た時は、ただ社の奥にうずくまっていたはずなのに。
——今は、ゆっくりと顔を上げ、"こちらを見ようとしている"。
「……やばい」
私は咄嗟にスマホから目をそらす。
——だが、その瞬間。
「キッ……キッキッ……」
画面の狒々が鳴いた。
その声に呼応するように——
社の奥から、同じ鳴き声が響いた。
2022年9月18日(日) 午後11時46分/社の奥からの視線
「夏美……後ろにいる……計画とは違うが、俺も、もう出れない」
裕也の震えた声が聞こえた。
「キッ……キッキッ……」
鳴き声が、少しずつ近づいてくる。
(目を合わせたら、終わる——)
私は、咄嗟に目を伏せた。
「……念仏を唱えないと」
唇が震えながらも、私は必死に念仏を唱え始めた。
(見えない、見えない……)
その時——
スマホのスピーカーから、かすかに"巫女の声"が聞こえてきた。
《……○○○○……○○○○……》
映像の中の巫女が、念仏を唱えている。
そして、それに合わせるように、私は念仏を繰り返した。
——"狒々の動きが止まる"。
「……効いてる?」
裕也が小さく呟いた。
私は、目を伏せたまま、唇を震わせながら念仏を唱え続けた。
——次の瞬間。
「キッ……キィィィィィッ……!!!」
狒々の叫び声が社の中に響き渡った——。

