2022年9月18日(日) 午後11時32分/社の前
夜の社は、昼間とはまったく違う雰囲気を纏っていた。
——冷たい。
周囲の空気が、異様に冷たく感じる。
私は肩をすくめながら、社の前で足を止めた。
裕也も無言で、社の扉を見つめている。
「……ついに来たな」
小さく呟いた彼の声は、夜の静寂に吸い込まれていく。
私は頷いた。
「ここで終わらせないとね」
裕也はため息をつき、ポケットからスマホを取り出した。
「でもさ……もし、村の人に相談したらどうなってたんだろうな」
私はその言葉に、わずかに目を伏せた。
「……絶対に止められてたと思う」
「まあな」
裕也は乾いた笑いを漏らす。
「だって、"社で撮影なんてとんでもない"って怒られるのがオチだろ」
「うん……それに、そもそも村の人たちは、狒々のことなんて知らない」
裕也が驚いたようにこちらを見る。
「え? いや、さすがに知ってるだろ?」
私は首を振った。
「違う。彼らが信じているのは"美しい女神様"」
「……あの社にいたアレが?」
「そう。巫女だって、狒々を封じてるつもりなんてなかった。ただ、"女神様に供物を捧げる儀式"だとしか思ってなかったんだよ」
裕也の顔が険しくなる。
「……ってことは、俺らがやろうとしてることも、"伝わらない"ってことか」
「そうなるね」
裕也は髪をくしゃりとかき乱し、苛立たしげに息を吐く。
「もしバレたら、マジで村から追い出されるな」
「……でも、ここで終わらせないと、また誰かが犠牲になる」
私は、拳を握りしめた。
裕也はしばらく考え込んだ後、ポケットから懐中電灯を取り出し、社の扉に光を向けた。
「まあな……今やらないと、俺も危ないかもな」
そう言って、ゆっくりと扉に手をかける。
2022年9月18日(日) 午後11時37分/社の中
「……鍵もかかってないのか」
ギィィ……と、錆びた蝶番が軋む音を立て、扉がゆっくりと開いた。
中は真っ暗だった。
懐中電灯の光が差し込むと、奥の方にぼんやりとした影が浮かび上がる。
ひんやりとした空気。
湿った木の香り。
だが、それ以上に感じたのは——異様な圧迫感だった。
私は、静かに足を踏み入れる。
——ゾクッ。
背筋が凍るような感覚が全身を駆け抜けた。
(……ここにいる)
「……夏美?」
裕也が低い声で呼ぶ。
私は無言で頷き、ゆっくりと社の奥へ懐中電灯を向けた。
光が、中央に置かれた石台を照らし出す。
「……ここで、巫女が念仏を唱えてたんだよな」
裕也がぽつりと言う。
私は喉が渇いたような感覚を覚えながら、小さく頷く。
石台の上には、もう何もなかった。
乾いた木の床には、かつて捧げられていた供物の名残すら見当たらない。
まるで——"この場所の役割が終わった"と言わんばかりに。
「……早く終わらせよう」
裕也が静かに呟いた。
2022年9月18日(日) 午後11時42分/社の奥からの視線
私は懐中電灯をゆっくりと動かし、社の隅々を照らした。
そして——奥の方に、"何か"がいるのを感じた。
(……誰か、いる?)
光を向ける。
——何もいない。
だが、それでも"見られている"感覚は消えなかった。
「……裕也、社の扉、閉めて」
「ああ」
「……ここからは、もう後戻りできない」
裕也は少しためらったが、ゆっくりと扉を閉じた。
——ギィィ……バタン。
外の光が完全に遮断され、社の中は懐中電灯の明かりだけになった。
「……始めよう」
私は、カメラをセットしながら小さく呟いた。
裕也が、スマホの画面を開く。
そして——
「……再生するぞ」
指が、動画の再生ボタンに触れた。

