2022年8月18日(木) 午前7時30分/タケシの自宅
タケシは目を覚ました瞬間、全身の倦怠感に襲われた。
体が重い。頭がズキズキと痛む。
(……最悪だ)
昨日はろくに眠れなかった。
夢の中で社に引きずり込まれ、狒々と目が合い——
そのまま朝までうなされ続けた。
(またアイツが夢に出てきた……もう、確実に狙われてる)
無理やり体を起こし、スマホを手に取る。
画面には、バスケ部のグループチャットが開かれていた。
《今日の練習、10時からだぞ!》
《寝坊すんなよ、タケシ!》
「……無理だろ、これ」
自分の顔を鏡で見る。
青白い肌、落ち窪んだ目、頬がこけたようにやつれている。
これでバスケの練習なんてできるはずがない。
「……母さん、俺、今日休むわ」
リビングで朝食の準備をしていた母親が振り返った。
「あんた、また夜更かししてたんじゃないの?」
「違うよ……なんか、体調悪くて」
母親は少し驚いた顔をした。
タケシが部活を休むなんて珍しい。
「じゃあ、ちゃんと寝なさいよ。食欲は?」
「……いらない」
「ダメよ、水分だけでも取りなさい」
母親がスポーツドリンクを手渡す。
タケシはそれを受け取り、再び自室へ戻った。
2022年8月18日(木) 午前8時45分/タケシの異変
ベッドに寝転びながら、スマホを開く。
動画の再生数は30万回を突破し、コメント欄もさらに伸びている。
――――
コメント欄
「この動画、昨日より画質悪くなってね?」
「途中でノイズが入る部分、増えてる気がする」
「俺の動画、誰かの声で上書きされてるんだけど」
「狒々の位置、最初より前に出てない?」
――――
(……いや、そんなはずねぇだろ)
タケシはざわつく胸騒ぎを抑えながら、動画を再生しようとした。
——が、その瞬間、指が止まった。
「見ちゃダメだ」
直感が、そう警告していた。
代わりに、夏美にメッセージを送ることにした。
《夏美、俺やっぱりヤバいかもしれん……》
《昨日の夜、夢に社が出てきた》
《狒々と目が合って……それで……》
送信ボタンを押す。
「……頼む、返信してくれ」
2022年8月18日(木) 午前9時15分/夏美の視点
スマホの通知音が鳴った。
画面を見ると、タケシからのメッセージが届いていた。
内容を読むと、まるで何かに追い込まれているような感じだ。
私は唇を噛んだ。
昨日の夜からずっと考えていた。
「ひょっとして、念仏が呪いを防ぐ鍵なのではないか?」
夏美は撮影のときから、無意識に念仏を口ずさんでいた。
だから、狙われていない。
逆に、裕也やタケシは——
(言ったら馬鹿にされると思って黙っていたけど、今なら、まだ間に合うかもしれない)
意を決して、夏美はタケシにメッセージを送った。
《タケシ、動画見たときに念仏を唱えてた?》
《唱えてなかったなら、すぐに覚えて!》
《……○○○○……○○○○……よ。今すぐ唱えて!!》
しかし——
「未読のまま……なんで?」
嫌な汗が背中を伝う。
「タケシ……早く気づいて……!」
その時、スマホが震えた。
メッセージの通知ではない。ニュース速報だ。
――――
< ニュース速報>
『若者の失踪が相次ぐ、一部では呪いとの噂が』
『学校からの帰宅途中、何者かに連れ去らわれたか?』
『警察は事件と事故の両面で捜査』
――――
夏美は青ざめた。
(まさか……)
タケシに電話をかける。
「おかけになった電話番号は……」
——通じない。電源が入っていない?
2022年8月18日(木) 午後/タケシの消失
「タケシがいない!?」
タケシの母親の声が、家中に響く。
朝から部活を休んで家にいたはずのタケシ。
しかし、どこを探しても姿が見当たらない。
・玄関は施錠されたまま。
・窓もすべて閉まっている。
・靴もそのまま。
——なのに、タケシの姿だけが忽然と消えていた。
そして、ベッドの上に残されていたのは——
タケシのスマホ。
その画面には、勝手に開かれたままの動画が再生されていた。
「『覗いてはならない社、ガチのヤバい映像』……こんな、くだらない物を見て……」
2022年8月18日(木) 午後3時30分/夏美の衝撃
「タケシが……消えた?」
タケシと連絡が付かなくなったので、タケシの家に電話をしたのだ。
そこで、タケシが居なくなったことを聞いた瞬間、夏美は息が詰まるほどの衝撃を受けた。
「嘘でしょ……」
念仏を唱えさせれば助かると思っていた。
でも——間に合わなかった。
夏美は震える手でスマホを握りしめた。
(……私のせいだ)
(もっと早く伝えていれば……!)
画面には、タケシへ送った未読のメッセージが残ったままだった。
《……○○○○……○○○○……よ。今すぐ唱えて!!》
しかし、それはもう、タケシに届くことはない。

