次の日の午後1時、テラスは部屋でアンセムを待っていた。
はっきり言って全く気乗りしないのだが、断る隙もなく行ってしまい、その後電話をしてみたがつながらなかったため、仕方なく部屋で待つことにしたのだ。
アイリは一緒に待ちたいと言ってくれたが、午後から就業教育の授業があるため、泣く泣く諦めた。
コンコン。
ノックが聞こえ、テラスはドアを開けた。
「こんにちは。テラス」
もちろんアンセムだ。
「こんにちは」
ぺこりと頭を下げるテラス。
「もしかしたら、いないかと思ったよ」
そう言って笑顔になるアンセム。
「断ろうと思ったんですけど、電話も繋がらないし、仕方なく待ってました」
「断る?どうして?」
「いや…、アンセムさん目立つから」
昨日の食堂での周囲の注目度には驚いた。
思い返せば、お見合いのときも、喫茶室で女の子が声をかけてきたし。
気がつかなかったけど、歩いているだけで目立つんじゃないかこの人。
そう思うテラスであった。
「気にすることないよ」
サラっと流すアンセム。
(感覚が麻痺しちゃうんだろうなぁ。毎日あれだと)
ある意味感心に値する、テラスはそう思った。
「行こう。テラス喜ぶと思うよ」
アンセムはそう言って、そっとテラスの背を押し、部屋から出した。
「いえ、行かないですよ」
きっぱり断らなければ。
「行かないの?本当に?行ったら絶対喜ぶと思うんだけどな…」
大げさにもったいつけるアンセム。
「だから、行かないです」
「オレと一緒じゃないと入れない場所なんだけどな。生物学やってる人なら、楽しめると思って選んだけど…」
「どこですか?」
思わず聞いてしまうテラス。
「畑」
「畑?」
「オレが先行する農作物の品種改良研究してる畑だよ」
「そういうのがあるんですか?」
テラスの目がキランと光った。
その目の光を見逃さないアンセム。
「テラス、好きだと思うんだ」
「興味津々」
即肯定のテラス。
生物学の植物、特に薬草の分野に進んだテラスだが、植物全般が好きなのだ。
品種改良には長い時間がかかるのだが、その過程が見られるなんてドキドキしてきた。
「やっぱり。その畑はオレたち品種改良を選択した者しか入れないからレアだよ」
「行きます」
俄然やる気になったテラスは、部屋の鍵を閉めた。ノリノリである。
アンセムは歩きながらどんなことが行われているのか説明を始めた。
質問を挟みつつ聞き入るテラス。
途中何人か女の子から声をかけられたが、アンセムは笑顔でかわした。
第三寮から少し距離があるため、寮を出て自転車を借りることにする。
アンセムから2人乗りを勧められたが、テラスは断った。
「自転車くらいこげますよ」
畑は第三寮の外側に位置していた。
2km弱の距離を自転車で移動し、ようやくたどり着く。
入り口で自転車を降りたアンセムはカギをあけた。
外からは少し背の高い壁に囲まれている。
「どうぞ」
「私入って大丈夫なの?関係者以外立ち入り禁止なんでしょう?」
今更疑問に思って聞くテラス。
「オレがいるからね。勝手に壁を乗り越えて入るのはダメだけど」
「そんなことしないよ」
人を何だと思っているのだ。
「さぁ、入ろう」
そして2人はドアの中に入った。
何の知識も無い人が見れば、ごく普通の畑だが、テラスは普通の植物ではないことがわかる。
「わぁ!なんでリノミヤの実が白いの?
こっちのカチノキは、異常に花が多くない?
あ、あれって緑の花?
あっちも、これも!
わ~!すごい!
どうやってるの?これ全部」
すごいはしゃぎっぷりである。
植物オタクなのだ。
そんなテラスを微笑ましく思いながら、アンセムは1つ1つの質問に丁寧に答えた。
テラスは今までで一番楽しそうだ。
正直ここまで喜んでくれるとは思わなかった
気がつけばあっという間に2時間経過。
「テラス、少し休憩しないか?」
アンセムは提案したが、テラスはまだまだ元気である。
「ねぇねぇ、向こうに小川があるね。あれってわざわざ研究のために作ったの?」
テンションが上がりすぎて、いつの間にか敬語がどこかへ行ってしまったようだ。
「ああ、そうだよ。行ってみる?」
「うん」
テラス即答。
小川はくるぶしほどの浅さで、そこに何種類かの植物が生えていた。
「これは?」
「水の中の方が成長が早いものを、更にどういった状況が一番成長速度が早いのか実験中なんだ」
「へぇー!」
感心しながらしゃがみ込んで小川をまじまじと見る。
その隣にアンセムも腰をおろした。
「これって、自分たちで水量とか流れを調節できるの?」
そう言ってアンセムの顔を見たテラスだが、突然アンセムに水をかけられてしまった。
「うわっ!」
ほんの少しだが濡れるテラス。
「冷たい~」
「あはは。あまりにも無防備だから、つい」
「ついって…」
「さすがに2時間説明しっぱなしも疲れたから休まないか?」
「うーーー、しかえし!」
休憩の提案を無視して、バシャっと豪快に水をはじくテラス。
「わ!」
そうくるとは思わなかったので、アンセムはモロに水をかぶってしまった。
今日は気温が高いので、冷たい水が心地よい。
「とりゃ!とりゃ~!」
テラスの攻撃は続く。
「子供か」
アンセムは立ち上がって身を引いた。
「あ」
唐突にテラスは動きを止めた。
「見て見て。こんなところにミズナチョウが咲いてる」
それは綺麗な川の水でしか育たない、水の中でピンクの小さな花を咲かせる植物である。
小川のへりに、4つだけ咲いていた。
アンセムは再びテラスの横にしゃがみ込んだ。
「本当だ。珍しいな」
「でしょ?綺麗だねぇ~!」
そう言って、テラスはアンセムを見た。
「アンセムも綺麗だね」
「え?」
意外な発言にテラスを見るアンセム。
「髪がお日様に透けてキラキラしてるよ」
今までで一番の笑顔だった。
テラスは素直な感想を言ったのだが、アンセムは何も言わずテラスを見ている。
(何か変なこと言っちゃったかな?)
そう思った瞬間アンセムの顔が近づいた。
ほんの一瞬だった。
「え?」
固まるテラス。
アンセムの顔はすぐに離れていった。
だけど、一瞬唇に感じた感触。
あれは、なんだ?
「え……???」
あれは、もしかして、キス…された?
「あ」
テラスの顔が青ざめていくのを見て、アンセムは我に返った。
テラスはガバっと立ち上がり、走って逃げ出した。
(やばい、ミスった)
アンセムは慌てて追いかける。
なかなか足の速いテラスだが、アンセムはすぐに追いついた。
「待ってくれ」
テラスの腕を掴んで止める。
「さ、触るなーーーー!!!」
凄い剣幕で腕をブンブンさせるテラス。
「ごめん!悪かった!」
腕を放してアンセムはとにかく謝った。
しかし腕を放した瞬間にまた逃げ出すテラス。
「ちっ!」
思わず舌打ちして更にアンセムは追いかける。
入り口で再び追いついた。
「ごめん!謝るから待ってくれ」
「いやです」
敬語に戻っている。
「待てって」
腰を掴んで引き止める。
「だから触らないでよー!」
思う存分抵抗された。
「本当にすまなかった。つい」
「ついってなんだーーー!」
アンセムは自分に驚いていた。
テラスに最高の笑顔を見せられて、吸い寄せられるようだった。
無意識といってもいい。
「もー!いいから離してよ!帰ります!」
取り付く島もない。テラスは本気で嫌がっている。
「初めてだった?」
わかっていながら思わず確認してしまうアンセム。
バシ!
頭をはたかれた。
結構痛い。
「カウントしませんから!」
そしてテラスは行ってしまった。
「そりゃ、初めてだよな…」
寮長やカイから話は聞いているので、わかっていたことだった。
テラスの姿が見えなくなるまで、アンセムは呆然と見送る。
それにしても痛恨のミス。
(オレとしたことが)
いい感じに親しくしてくれていたのに、自分の軽々しい行動で再び警戒されてしまった。
これからどう修正していくか、考えねばなければ。
一方、いきなりキスされて、怒り心頭のテラスは一心不乱に自転車をこいでいた。
(なんなんだ!なんなんだ!)
もっと警戒すべきだった。
油断したことを心底後悔した。
そもそもアンセムはリナが選んだお見合い相手である。
なにか意図があって選んだと考えるべきであった。
品種改良という魅力的な植物に囲まれて、はしゃぎすぎた自分を反省するテラスであった。
はっきり言って全く気乗りしないのだが、断る隙もなく行ってしまい、その後電話をしてみたがつながらなかったため、仕方なく部屋で待つことにしたのだ。
アイリは一緒に待ちたいと言ってくれたが、午後から就業教育の授業があるため、泣く泣く諦めた。
コンコン。
ノックが聞こえ、テラスはドアを開けた。
「こんにちは。テラス」
もちろんアンセムだ。
「こんにちは」
ぺこりと頭を下げるテラス。
「もしかしたら、いないかと思ったよ」
そう言って笑顔になるアンセム。
「断ろうと思ったんですけど、電話も繋がらないし、仕方なく待ってました」
「断る?どうして?」
「いや…、アンセムさん目立つから」
昨日の食堂での周囲の注目度には驚いた。
思い返せば、お見合いのときも、喫茶室で女の子が声をかけてきたし。
気がつかなかったけど、歩いているだけで目立つんじゃないかこの人。
そう思うテラスであった。
「気にすることないよ」
サラっと流すアンセム。
(感覚が麻痺しちゃうんだろうなぁ。毎日あれだと)
ある意味感心に値する、テラスはそう思った。
「行こう。テラス喜ぶと思うよ」
アンセムはそう言って、そっとテラスの背を押し、部屋から出した。
「いえ、行かないですよ」
きっぱり断らなければ。
「行かないの?本当に?行ったら絶対喜ぶと思うんだけどな…」
大げさにもったいつけるアンセム。
「だから、行かないです」
「オレと一緒じゃないと入れない場所なんだけどな。生物学やってる人なら、楽しめると思って選んだけど…」
「どこですか?」
思わず聞いてしまうテラス。
「畑」
「畑?」
「オレが先行する農作物の品種改良研究してる畑だよ」
「そういうのがあるんですか?」
テラスの目がキランと光った。
その目の光を見逃さないアンセム。
「テラス、好きだと思うんだ」
「興味津々」
即肯定のテラス。
生物学の植物、特に薬草の分野に進んだテラスだが、植物全般が好きなのだ。
品種改良には長い時間がかかるのだが、その過程が見られるなんてドキドキしてきた。
「やっぱり。その畑はオレたち品種改良を選択した者しか入れないからレアだよ」
「行きます」
俄然やる気になったテラスは、部屋の鍵を閉めた。ノリノリである。
アンセムは歩きながらどんなことが行われているのか説明を始めた。
質問を挟みつつ聞き入るテラス。
途中何人か女の子から声をかけられたが、アンセムは笑顔でかわした。
第三寮から少し距離があるため、寮を出て自転車を借りることにする。
アンセムから2人乗りを勧められたが、テラスは断った。
「自転車くらいこげますよ」
畑は第三寮の外側に位置していた。
2km弱の距離を自転車で移動し、ようやくたどり着く。
入り口で自転車を降りたアンセムはカギをあけた。
外からは少し背の高い壁に囲まれている。
「どうぞ」
「私入って大丈夫なの?関係者以外立ち入り禁止なんでしょう?」
今更疑問に思って聞くテラス。
「オレがいるからね。勝手に壁を乗り越えて入るのはダメだけど」
「そんなことしないよ」
人を何だと思っているのだ。
「さぁ、入ろう」
そして2人はドアの中に入った。
何の知識も無い人が見れば、ごく普通の畑だが、テラスは普通の植物ではないことがわかる。
「わぁ!なんでリノミヤの実が白いの?
こっちのカチノキは、異常に花が多くない?
あ、あれって緑の花?
あっちも、これも!
わ~!すごい!
どうやってるの?これ全部」
すごいはしゃぎっぷりである。
植物オタクなのだ。
そんなテラスを微笑ましく思いながら、アンセムは1つ1つの質問に丁寧に答えた。
テラスは今までで一番楽しそうだ。
正直ここまで喜んでくれるとは思わなかった
気がつけばあっという間に2時間経過。
「テラス、少し休憩しないか?」
アンセムは提案したが、テラスはまだまだ元気である。
「ねぇねぇ、向こうに小川があるね。あれってわざわざ研究のために作ったの?」
テンションが上がりすぎて、いつの間にか敬語がどこかへ行ってしまったようだ。
「ああ、そうだよ。行ってみる?」
「うん」
テラス即答。
小川はくるぶしほどの浅さで、そこに何種類かの植物が生えていた。
「これは?」
「水の中の方が成長が早いものを、更にどういった状況が一番成長速度が早いのか実験中なんだ」
「へぇー!」
感心しながらしゃがみ込んで小川をまじまじと見る。
その隣にアンセムも腰をおろした。
「これって、自分たちで水量とか流れを調節できるの?」
そう言ってアンセムの顔を見たテラスだが、突然アンセムに水をかけられてしまった。
「うわっ!」
ほんの少しだが濡れるテラス。
「冷たい~」
「あはは。あまりにも無防備だから、つい」
「ついって…」
「さすがに2時間説明しっぱなしも疲れたから休まないか?」
「うーーー、しかえし!」
休憩の提案を無視して、バシャっと豪快に水をはじくテラス。
「わ!」
そうくるとは思わなかったので、アンセムはモロに水をかぶってしまった。
今日は気温が高いので、冷たい水が心地よい。
「とりゃ!とりゃ~!」
テラスの攻撃は続く。
「子供か」
アンセムは立ち上がって身を引いた。
「あ」
唐突にテラスは動きを止めた。
「見て見て。こんなところにミズナチョウが咲いてる」
それは綺麗な川の水でしか育たない、水の中でピンクの小さな花を咲かせる植物である。
小川のへりに、4つだけ咲いていた。
アンセムは再びテラスの横にしゃがみ込んだ。
「本当だ。珍しいな」
「でしょ?綺麗だねぇ~!」
そう言って、テラスはアンセムを見た。
「アンセムも綺麗だね」
「え?」
意外な発言にテラスを見るアンセム。
「髪がお日様に透けてキラキラしてるよ」
今までで一番の笑顔だった。
テラスは素直な感想を言ったのだが、アンセムは何も言わずテラスを見ている。
(何か変なこと言っちゃったかな?)
そう思った瞬間アンセムの顔が近づいた。
ほんの一瞬だった。
「え?」
固まるテラス。
アンセムの顔はすぐに離れていった。
だけど、一瞬唇に感じた感触。
あれは、なんだ?
「え……???」
あれは、もしかして、キス…された?
「あ」
テラスの顔が青ざめていくのを見て、アンセムは我に返った。
テラスはガバっと立ち上がり、走って逃げ出した。
(やばい、ミスった)
アンセムは慌てて追いかける。
なかなか足の速いテラスだが、アンセムはすぐに追いついた。
「待ってくれ」
テラスの腕を掴んで止める。
「さ、触るなーーーー!!!」
凄い剣幕で腕をブンブンさせるテラス。
「ごめん!悪かった!」
腕を放してアンセムはとにかく謝った。
しかし腕を放した瞬間にまた逃げ出すテラス。
「ちっ!」
思わず舌打ちして更にアンセムは追いかける。
入り口で再び追いついた。
「ごめん!謝るから待ってくれ」
「いやです」
敬語に戻っている。
「待てって」
腰を掴んで引き止める。
「だから触らないでよー!」
思う存分抵抗された。
「本当にすまなかった。つい」
「ついってなんだーーー!」
アンセムは自分に驚いていた。
テラスに最高の笑顔を見せられて、吸い寄せられるようだった。
無意識といってもいい。
「もー!いいから離してよ!帰ります!」
取り付く島もない。テラスは本気で嫌がっている。
「初めてだった?」
わかっていながら思わず確認してしまうアンセム。
バシ!
頭をはたかれた。
結構痛い。
「カウントしませんから!」
そしてテラスは行ってしまった。
「そりゃ、初めてだよな…」
寮長やカイから話は聞いているので、わかっていたことだった。
テラスの姿が見えなくなるまで、アンセムは呆然と見送る。
それにしても痛恨のミス。
(オレとしたことが)
いい感じに親しくしてくれていたのに、自分の軽々しい行動で再び警戒されてしまった。
これからどう修正していくか、考えねばなければ。
一方、いきなりキスされて、怒り心頭のテラスは一心不乱に自転車をこいでいた。
(なんなんだ!なんなんだ!)
もっと警戒すべきだった。
油断したことを心底後悔した。
そもそもアンセムはリナが選んだお見合い相手である。
なにか意図があって選んだと考えるべきであった。
品種改良という魅力的な植物に囲まれて、はしゃぎすぎた自分を反省するテラスであった。



