超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

トントン。
アンセムが部屋でくつろいでいると、ドアがノックされた。
誰だか何となく想像がついたアンセムがドアを開けると、アイリとライキスがいた。

「ちょっと~、昨日の夜テラスから聞いたわよ~」

いきなりアイリからジロリと睨まれる。

「やぁ、こんにちは」

少々たじろぎながらも、アンセムはとりあえず挨拶をした。

「ちょっとお邪魔するわ」

ズカズカと部屋に入るアイリ。

「すまん、アンセム…」

申し訳なさそうに後に続くライキス。

「どうぞ」

アンセムは肩をすくめて戸を閉めた。
テラスがアイリに報告するのは当然だと思うし、それを聞いたアイリが自分に何か言ってくるだろうことも予測していたので驚かない。
アイリは進められる前にソファに座る。

「何か飲むかな?」

「結構よ。長居しないから」

ライキスはソファの横に立っている。

「とりあえず座って。ほら、ライキスも」

アンセムはアイリの向かいに座り、ライキスは居心地悪そうにアイリの横に座った。

「で、何かオレに言いたいことがあるんだろう?」

アンセムは話を促す。

「そうよ」

アイリは頷いた。

「とりあえず、おめでとう」

「え?」

想定外の祝いの言葉にに驚くアンセム。

「文句じゃなかったのか?」

ライキスもアイリを見て驚いていた。

「ま、一応今まで見守ってきたけど、アンセムがテラスに本気なのはヒシヒシと伝わってくるし、テラスもアンセムに心許してるみたいだし、祝福はしようと思ってるのよ」

「ありがとう」

素直に礼を言うアンセム。

「アイリ、上から目線だな…」

ライキスは横で呆れている。

「でもね」

ズズズイっと、テーブルに手を付き身を乗り出してアンセムに迫るアイリ。

「絶対泣かせないでよね」

アンセムの目をまっすぐ見て懇願した。

「アイリ、それは失礼だぞ」

さすがに咎めるライキス。
アイリはライキスをキっと見た。

「だって、ちょっと前までのアンセム、ライキスだって知ってるでしょう?
今は随分と自制してるみたいだけど、テラスと付き合えた安心感で緩んでもらっちゃ困るし」

そしてアンセムに向き直る。

「浮かれてテラス連れ回して、またアンセムのファンにテラスが絡まれるのも困るのよ」

「ああ、そうだね。オレは構わないけど、テラスに迷惑かけるのは避けないといけないな」

アイリの意見に、全く異論のないアンセムである。

「だけど、どこで会おうかな」

アンセムは考え込んでしまった。

「部屋で会えばいいじゃないの」

アイリが意見し、ライキスも頷いた。

「いや、それが…昨日ちょっと押し倒したら半泣きされちゃって、その後オレに部屋に寄り付こうとしないし、テラスの部屋に行くのも完全拒否されてしまったんだ」

「………」

「き、気の毒に…」

無言で頭を抱えるアイリ。
アンセムに同情するライキス。

「ま…まぁ、その辺はテラスなんだから仕方ないわよ。ゆっくり頑張って」

「オレ、これでも結構限界まで我慢してるつもりなんだけどな」

「アンセムの禁欲生活はまだまだ続くってことだな。ご愁傷様…」

ライキスに心から同情されても、アンセムは全然嬉しくない。

「じゃぁ、言いたいことも言ったし、私たち帰るね」

アイリとライキスは立ち上がった。

「また4人で遊びましょ」

「ああ、また」

アンセムは2人を見送り、大きなため息を一つ、ついた。

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「カイさん、おはようございます」

テラスは図書館を訪れた。
実験のレポートをまとめるためである。

「おはよう、テラス。今日は早いな」

「はい。昨日さぼっちゃったんで、今日から頑張ろうと思って」

「ああ、例のレポートか?」

「そうです。個室借りていいですか?」

「もちろんだ」

カイはカギを取り出して、テラスに渡した。
テラスはそれを受け取ると、キョロキョロと周りを見渡した。

「どうした?」

周囲に人がいないのを確認して、テラスは報告した。

「あの…、アンセムと付き合うことになりました」

「ほほ~う」

カイはそれほど驚いた様子を見せない。

「カイさんには色々と相談に乗ってもらったので、一応ご報告です」

「ついにアンセムの粘り勝ちか」

満足そうに、カイはうんうんと1人頷いている。

「カイさんの言った通りでした」

「ん?」

「初めてでも、好きって気持ちになったら、わかりました」

カイは目を細めた。

「そうか、良かったな。テラス」

「はい」

にっこりと、何とも嬉しそうな笑顔を見せるテラス。

「で、どこまでいった?」

「何がですか?」

「アンセムと付き合うようになったんだろう?早速最後までしたんじゃないか?」

質問の意味を理解して、テラスの笑顔は引きつった。

「やっぱり、そういうこと必要ですか?」

「しないつもりか?そりゃ~アンセムには酷だなぁ」

「いや、え~と…、まだ恐いというか、そういう雰囲気が苦手というか…」

しどろもどろに言い訳するテラス。
やれやれと、カイは肩をすくめた。

「ま、いいんじゃないか。とことんテラスのペースで。
どうしたって避けられない通り道なんだから、テラスが納得してから応じればいいと思うぞ。今更アンセムも、無理矢理求めてこないだろう」

「はぁ…」

テラスは曖昧に頷く。

「アンセムも可哀想に…」

カイが聞こえるように一人語散る。

「う…」

「いや、アンセムのことは気にするな」

そしてニヤニヤとテラスを見るのである。

「カイさん、また面白がってますね?」

「ああ。テラスとアンセムの行く末は、僕の娯楽の一つでもあるからね」

「…もう何も言いませんよ。じゃぁ、個室お借りします」

テラスは一礼してカウンターを後にした。

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アイリは就業教育のために中央施設の教室に行くと、既に来ていたタキノリに声をかけた。

「タキノリ」

「よ。アイリ」

「ここ、あいてる?」

「あいてるよ。実技はいいけど、授業はかったるいよな~」

ダルそうなタキノリの横顔をしばらくアイリは見つめてから、あくまでもさり気無く話題を出した。

「最近、テラスと会った?」

「いや、なんか実験とかで忙しかったんだよな。そういえば、暫く顔見てないぞ」

「そう、じゃ、知らないよね」

「何が?」

タキノリは鉛筆を弄びながら、何気無い相槌をうつ。

「テラスとアンセム、付き合いだしたわよ」

「はぁ!?」

タキノリの手から鉛筆が落ちた。

「声が大きいってば」

そのまま固まってしまったタキノリの代わりに、床に落ちた鉛筆を拾うアイリ。

「はい」

「あ、ありがと…」

タキノリは呆然としている。

「やっぱりショック?」

アイリは心配そうにタキノリを見た。

「いや…、ショックというか…、う~ん…、やっぱり正直凹むよな」

「きっと次テラスに会ったら、本人から報告があると思うわよ。
昨日から、だから。私が聞いたのは昨日の夜」

「そうかぁ…」

あからさまにしょんぼりするタキノリ。

「元気出して。タキノリだったら、別の誰か見つかるわよ。いい奴だもん」

「最近仲良かったもんな、あの2人。
悔しいけど、テラスがそういう答え自分で出したんだったら、祝福しないといけないよな。悩んでたからな…」

タキノリは自分に言い聞かせるように呟いた。

「タキノリって、本当にいい奴ね」

アイリは感心した。

「もっとどす黒い感情に飲まれてもいいと思うんだけど」

「いや、アンセムさんを殴りたい。今」

真顔で言うタキノリ。

「ま、そうよね」

アイリは笑った。

「でも、俺はずっと前に振られてるわけだし、その後2人の間で色々あったんだろう、きっと。悔しいけど、俺の完敗だ」

そしてタキノリは机に突っ伏した。

「潔い男だよ、タキノリは」

アイリは肩を叩いてタキノリを慰めた。

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アンセムは昼食後、図書館を訪れた。
食べる前にテラスに電話をしてみたのだがつながらず、ここかもしれないと思ったからだ。

「こんにちは」

まずはカイに挨拶をする。

「おお、果報者が来たな」

カイはニヤリとした。

「テラスからついにOKもらったそうだな」

「はい」

アンセムは清々しい笑顔で肯定する。

「誰に聞きました?」

「テラスからだ」

「やっぱりここだったのか。まだいるんですか?」

「実験レポート作成で、個室に篭ってるぞ」

「ああ、それがあったか…。邪魔するのも悪いから、オレ帰ります」

「まぁ、待て待て」

カイはアンセムを引き止めた。

「今の心境を聞かせてくれ」

「カイさん…、楽しそうですね」

「そりゃ~もう」

会心の笑みを見せるカイ。

「嬉しいですよ。最高に」

「ああ。いい顔してるぞ。ただ…」

「ただ、何ですか?」

「アンセムの苦労は、まだまだ続くなぁ」

バンバンとアンセムの肩を叩きながら、カイは意味深な顔をした。

「どういうことですか?」

「まだまだ先は長そうなんだろう?欲求不満で浮気するなよ」

「…テラスから何を聞いたんですか?」

「いや、ちょっとつっついたらなぁ。う~ん、気の毒で教えられん。でも、浮気してテラスを泣かすのは許さん」

「しませんよ」

アンセムはムッとした。

「そうか。だとすると、我慢も限界で無理矢理押し倒すのが心配だな。
そっちの方が、テラスは泣きそうだし」

「洒落にならないんですけど…」

アンセムは顔を引きつらせた。

「ま、禁欲生活が続いたとしても結婚するまでだろうから、耐えるんだなアンセム」

「オレ、帰ります」

アンセムはカイに背を向けて歩き出した。
背後から、完全に面白がっているカイの笑い声が聞こえた。