超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

しばらく走った後、アンセムはようやく止まってくれた。

「さすがに、撒いたかな…」

息を切らせて呟くアンセムを、テラスも息を切らせながら見上げた。

「キツイよ…アンセム…」

「ごめん」

苦しそうなテラスにやっと気付き、アンセムは慌てて謝った。

「でも、厄介事から、離脱できて、ラッキー、かな」

テラスはニコッと笑顔を見せた。
アンセムの顔を見て、自然と笑みがこぼれたのだ。

「本当にごめん…。オレ、あいつとテラスが一緒にいるのが耐えられないんだ…」

「ああ~、なんか相性悪そうだもんね」

アンセムの焦りや心配など、気付くはずもないテラスである。

「あのね、アンセムと話したいって思ってたんだよ」

テラスにそう言われ、アンセムの心臓はドクンと大きな音をたてた。

「…オレも、テラスと話したいと思ってた」

「そうなんだ」

「今朝食堂に来る前、テラスの部屋に寄ったんだ」

「すれ違っちゃったね」

「でも、ここで会えたから良かった」

「うん」

「どうする?オレの部屋、来る?」

少しだけ躊躇して、アンセムは言った。

「え!?」

その提案に、テラスは一瞬硬直する。
そして、思わずつながれたままの手を振り払って飛び退いてしまった。

「いや…いいよ。別の場所にしよう…」

言わなきゃ良かった…、と後悔しても遅いのである。
テラスは今まで何度もアンセムの部屋を訪れているのだが、拒否されても仕方がない。
欲情しただの、襲うかもだの、平常心保てないかもだの、散々脅すようなことを言ったのは自分だ。
自業自得なので、アンセムは潔く引き下がった。

「ううん、いいよ、アンセムの部屋で」

しかし、テラスは了承した。

「ここから近いし」

「無理しなくてもいいんだ」

「無理じゃないよ。大丈夫。邪魔が入らないところで、ゆっくり話したいから」

アンセムをまっすぐに見て、テラスは自分に覚悟をつけるように言った。
アンセムもテラスを見つめた。無理しているわけではなさそうだ。

「そうか、じゃぁ、行こう」

そして2人はアンセムの部屋へ向かった。

「どうぞ」

アンセムは自室のドアを開け、テラスが中に入ると鍵を閉めた。

「コーヒー入れるよ。座って待ってて」

「うん」

テラスはソファに座った。
何度も来ているのに、やっぱり今日はなんだか落ち着かない。

「手伝う」

一度座ったソファから立ち上がり、アンセムの横へとことこと近づいた。

「もうできるよ」

「じゃぁ、持ってく」

テラスはカップを運んだ。
ミルクが入っている方を自分が座った前に置き、もうひとつはその横に置いた。
アンセムはテラスの向かいのソファに座り、前屈みになってコーヒーを自分のところへ引き寄せる。

「あれ?隣に来ないの?」

「オレはこっちでいいよ」

「どうして?」

「どうしてって…」

アンセムは返答に迷う。
正直なことを言って、テラスを怯えさせていいものかどうか。
それに、少しはこっちの葛藤も察してほしい。

「オレは、テラスのことが好きなんだよ」

「知ってるよ」

「しかも、最近ちょっと自制が効いてない」

「う~ん、そうなんだ?」

「少し距離があった方が、安心じゃないかな?」

「でも、近くがいい」

「テラス…」

アンセムは頭を抱えた。我慢しろといのか。

「近くの方が、わかるような気がするから」

「わかるって?」

「自分の気持ち」

テラスはアンセムの目を見つめる。
アンセムにいきなり手を握られたとき、ビックリしたけど嫌ではなかった。
止まってくれて、やっとアンセムの顔をしっかり見ることができたとき、心が温かくなった。
この気持ちがなんなのか、はっきりさせたいと思った。

「会えない間、アンセムのこと考えていたんだよ」

テラスは何を言いたいのだろう。
アンセムは戸惑った。

「こっち来て」

(何とか自分を抑えるんだ)

アンセムは、意を決してテラスの横へ移動した。
テラスとの距離は30cmになった。
テラスはアンセムをまじまじと見つめる。
アンセムは動悸が激しくなった。

「そんなにジロジロ見て、どうしたんだ?」

「ん~、なんか近くで見るのが久しぶりだなって思って」

「丸5日間会わなかったからな。しかも、後味の悪い思いをさせたまま」

「そんなことないよ」

「すごく後悔した。テラスにはとても嫌な思いをさせてしまったね。本当にごめん…」

「そんなことないってば。なんか、今日のアンセム謝ってばかりだね」

「ああ、最低なことばかり続けてしまったから」

「違うよ。最低なのは私…」

テラスは目線をアンセムからコーヒーに移し、一口飲んだ。

「ずっと逃げてたんだと思う。アンセムが待ってくれるって言ったことに甘えて」

アンセムはテラスから目が離せない。
何を話そうとしているのだろう。

「この5日間、実験で忙しかったけど、1人になると、アンセムのことばかり考えてたんだ。出会って半年になるんだよね」

「そうか、もう半年か…」

「最初に会ったときは、まさかこんな風になるなんて思ってもいなかったけど、色々なことがあったなって思った。アンセムと出会って、私、随分と恋愛のこと考えるようになったと思う」

「そうか」

アンセムは、お見合い当初の目的を思い出していた。
リナから依頼されたのは、テラスが恋愛に興味を持つよう誘導すること。
無事果たせたことになる。
しかし、アンセムにとって、もはやそれはどうでもよかった。

「オレも、最初は自分がテラスのことを好きになるなんて、思ってもみなかった。
だけど、知れば知るほどテラスへの興味がどんどん強くなって、気がついたら、自分の中で特別な存在になっていたんだ」

「どうして私なのかな?」

テラスは疑問を投げかける。

「どうしてと聞かれても、困るな」

「1人で考えてると、どうしても答えが出なくて、そんなとき、なんでアンセムが好きなのは私なんだろう?って、ちょっとイライラしたんだ」

「迷惑ってことか…」

「違うけど、アンセムが好きって言ってこなければ、こんなに苦悩しなくて済んだのにって」

「オレだって、テラスじゃなければここまで苦悩せずに済んだはずだよ。
でも仕方ない。オレが好きなのはテラスなんだから。どうして?と聞かれても、オレにもわからないよ」

「わからないの?」

テラスは驚く。

「わからないよ。理由が明確なら、逆に諦めるのも簡単だったかもしれない」

「そ、そっか…」

「本当にどうして」

アンセムはそっとテラスの頬に触れた。

「テラスなんだろうな」

そして、テラスを愛しく思った。