超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

初日の実験を終え、みなで夕食を食べた後、話を聞いてほしそうなシンをあしらって、テラスは自分の部屋へ戻った。
実験中は集中していられたが、1人部屋に戻ると、昨日の光景が頭に浮かんで離れなかった。

アンセムがナミルを部屋に招き入れた。
思えば、アンセムはとてもモテるのである。
自分などに立ち止まらず、他に目を向ければ、いくらでも素敵な相手と出会えるはずなのだ。

だから以前、アンセムに他の誰かを好きになった方がいいと言ったことがある。
しかし、それは却下された。いくらでも待つからと言われた。
その言葉に、自分は甘えすぎたのかもしれない。
今までの自分の言動を振り返り、テラスは自己嫌悪に陥った。

アンセムに「欲情した」と言われて、正直恐かった。
頭ではわかっている。みんながしていることだと。
アイリとライキスだってセックスしているし、アンセムだって今まで色々な女の子としてきたことだろう。
日常の延長線上にあるものなのだ。
しかし恐いものは恐いのである。

カイは気持ちがあれば自然に受け入れられると言っていた。
ということは、自分はやはりアンセムを異性として見ていないのだろうか。

「どうして私なんだろう…」

テラスは途方に暮れた。
頭の中を様々なアンセムが駆け巡る。
出会ってから、もすぐ半年だ。
お見合いでアンセムを間近に見たときなんて綺麗な男の人なんだろうと驚いた。
しかし、見た目で好きになれるなら、こんなに悩まずに済んでいる。
共通の話題がとても多く、最初から会話が途切れることはなかった。
でも、それは友達の条件だ。
あの頃は、まさかこんな関係になるなんて思ってもみなかった。

そういえば、出会って間もない頃、不意にキスされたことがある。
あれは何だったのだろうか…。
改めて考えてみると不思議だが、女の子の扱いに慣れたアンセムにとって、きっと大きな意味はなかったのだろう。

アンセムとミユウのキスシーンを目撃したこともあったっけ。
とても綺麗だったな。
あんな風に自然と2人は求め合っていたのに、本当にどうしてアンセムは自分がいいなんて言うのだろう。
テラスはミユウと自分を置き換えてみた。

(む、無理だ…)

すぐに想像は破綻した。
ナミルもアンセムとキスしていたことを思い出すテラス。

(ナミルさんはアンセムのことが好きなのかな…)

なぜナミルがアンセムの部屋を訪れたのだろう。
どうしてアンセムは部屋に入れたのだろう。
昨日から、何度もそれについて考えてしまう自分がいた。

「でも、それは2人の自由だよね…」

なぜ自分がそのことについて気にしてしまうのか、考えが及ばないテラスだった。

-----------------------

実験は4日目を迎えていた。今のところトラブルなく順調。
テラス、シン、リリア、セイラスの4人は、中央施設の食堂で昼食をとっていた。
初日から昼食は毎日中央食堂で過ごしている。
この時間は休憩時間ということで、実験から離れてそれぞれ好き勝手喋って息抜きをしていた。

「シン、やっと見つけた!」

4人が談笑しながら食べていると、いきなり大きな声で乱入してくる人物がいた。
ユキである。

「うわっ…最悪だ…」

露骨に嫌そうな顔をするシン。
ユキはズカズカとシンに近づく。

「もう!すっごい探したんだからね。毎日どこに行ってるの?ユキを避けないでよ!」

「テラス、助けろよ」

「ええー、自分で何とかしなよ」

どこまでも冷たいテラス。

「ねぇ、誰?このお子様は」

リリアがテラスに聞いた。
セイラスも興味津々だ。

「う~ん、シンのファン?」

「ちげーよ!」

「シンの恋人候補で~す!」

ユキが手を上げて宣言する。

「ありえねぇ!」

即否定するシン。

「うっそ~!」

「シン、ロリコンの趣味があったのか?」

リリアは驚愕し、セイラスは若干引いていた。
テラスは我関せずと、食事を続けている。

「違う!!!」

シンは声を大にして訴えたが…。


「いいじゃない。第一寮生でも」

「僕は大人の女性が好きだけど、まぁ、趣味は人の自由だしね」

リリアとセイラスはシンをオモチャにして面白がっている。

「私、こう見えても18歳なんですよ。胸だって、結構あるんだから」

ユキが真に受けて主張し、腕をシンに絡ませた。

「げっげー!やめろよ、気色悪!」

シンは腕を振り払う。

「あん!痛いことしないでよ」

「シン、こんな子がいいの…?」

ユキの舌足らずな声に、リリアはげんなりした。

「はぁ?ちっげーよ!俺、頭悪い女、一番嫌いだし!」

「酷い!ユキはシンのこと好きなのに」

「ご馳走様でした」

テラスは食べ終わった。

「じゃ、先行くから、シン頑張ってね」

「こ、こらっ!」

完全に見捨てる方向のテラスに慌てるシン。

「あ、私も終わった。一緒に行く」

「僕も」

リリアもセイラスも立ち上がった。

「待てよ!俺も行くぞ」

「やだ~。せっかく会えたのに、少しお話しようよ~」

「課題なんだよ!」

「そんなのいいじゃん~」

「良くねーよ!だから馬鹿女はイヤなんだ」

シンも立ち上がった。

「ダメー」

ユキはシンに抱きついた。

「なっ…!」

「少しだけ、ユキと一緒にいて」

仰天して仰け反るシンに、ユキは軽くキスをした。

「あらら…」

「やるねぇ」

しっかり見届けるリリアとセイラス。
テラスは気の毒で見ていられなかった。
あまりの突然の出来事に、シンは一瞬凍りついたが、

「ふ…ふ…ふざけるなーー!!!」

顔を真っ赤にして叫び、ユキを振り払って走って行ってしまった。

「待ってよ~!」

めげずに追いかけるユキ。
残された3人は、呆然と見送った。

「いやはや、強烈な女の子だね…」

セイラスはさすがにシンに同情した。

「シンにはあれくらい強烈な方がいいんじゃない?あれだけ邪険に去れても引き下がらない根性は凄いわよ」

冷静に分析するリリア。

「まさか実験室までついてこないよね」

テラスはシンより実験の心配をするのだった。

-----------------------

実験は、シンはなんとかユキを振り切ってきたので、予定通り5日間で終了することができた。
あとは個人でそれぞれの見解をレポートにまとめれば終わりである。
4人は「お疲れ様」とお互いを労い合った。
約1ヶ月間に渡って同じ課題を協力し合って乗り越えたことが、4人の仲間意識を強めた。
シンが気分良く実験室のドアを開けたところ…。

「やっと終わったのね!」

ユキが飛びついてきた。
不意打ちで捕まってしまったシンは、顔を引きつらせる。

「じゃ、お疲れ様」

「シン、ご愁傷様」

「ま、頑張って」

テラス、セイラス、リリアの発言だ。

「待て待て待て待て!頼む!待ってくれ!」

見捨てられたくなくて、必死で3人を呼び止めるシン。

「この後どうするの?シンの部屋、行きたいなぁ~」

「アホか!」

「今日で終わりなんでしょう?時間気にしないで、ユキのこと、いろいろ知って欲しいな」

「いらん!」

単語しか話せなくなってしまったシンである。
3人は気にせず歩き出した。

「マジ待ってくれよ!テラス、助けてくれ!」

切羽詰ったシンの様子に、テラスはさすがに可哀想になり振り向いた。

「シン、行くよ。この後寮長に報告があるんでしょう?」

「報告???おお!そうだったそうだった。そういうわけだ。悪いな」

「いやっ!」

「いやっ!じゃねーだろが!」

まだまだ続くシンとユキのやりとりに付き合いきれず、テラスは再び歩き出した。
部屋に戻って荷物を置いたら、アンセムのところへ行ってみようと思っていた。
ラスは部屋へ戻ると、まずアンセムの部屋に電話をかけてみた。しかし繋がらないので、直接部屋へ行ってみることにした。
ふと、またナミルがいるかもしれないという考えが頭を過ぎる。
なんとなく緊張したが、結局部屋にもアンセムはいなかった。

(どうしよう…ここで待っていようかな…)

しかし、テラスがアンセムの部屋の前で待つというのは、酷く目立つことだった。

「夕飯食べて、また来てみようかな」

もしかしたら、アンセムがいるかもしれないと思い、テラスは食堂へ向かった。
ウロウロと歩いていたため、いつもテラスがくる夕食の時間より遅い。

「この時間、結構混んでるんだ…」

テラスは朝型で、朝食も夕食も早い時間に済ませる。
いつもは6時ごろ食堂にいることが多いが、その時間はガラガラと言ってもいい。
今は8時前で、たくさんの寮生が食事をとっていて賑やかだった。
テラスはカレーに決め、開いた席に座ろうとしたときにアンセムを見つけた。

「あ、いた」

しかし、近づこうとして歩みを止める。

「ナミルさんもいる…」

アンセムと、その友人達と、ナミルと、恐らくナミルの友人の女の子がいて、5人で楽しそうに食事をしていた。
何となく入り辛く、テラスは端っこの席に移動して、素早くカレーを胃に流し込み、食堂を出た。
結局テラスはそのまま自分の部屋へ戻り、疲れもあって、再びアンセムの部屋へ行く気力もなく寝てしまうのだった。