超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

アンセムはテラスの部屋に来ていた。
最近では数日に一度はテラスの部屋を訪れるようになっていた。
テラスとの距離は親しい友人と言えるまで近づけたと思う。会えば気さくに話してくれ、部屋にも招き入れてくれる。
テラスは相変わらずカードゲームに凝っていて、今日は新しいゲームを仕入れたらしく、相手を求められた。
なかなかに頭を使うゲームで、熱中しているうちに1時間が過ぎた。

「アンセム強いね」

「こういう頭と記憶を使うゲームは得意だよ」

「う~!次こそ勝つ」

テラスは最初こそ勝てたものの、3回目以降は全て負けている。

「ちょっと休憩しよう」

「勝ち逃げはダメだよ」

「それじゃぁテラスの部屋に泊ることになるかな」

「なんたる自信」

アンセムの発言に、テラスの負けず嫌い根性が刺激される。

「このゲームにはコツがあるんだ。テラスは気付いていないみたいだけど、ある法則とカードを記憶しないと、もうオレにはずっと勝てないと思うよ」

「なに?そのコツって」

「それを自分で探すのが、このゲームの醍醐味なんだろうな」

「何それ。教えてくれないの?」

「ああ、教えない」

「ケチだ」

テラスはぷっと頬をふくらませた。

「とりあえず、休憩しよう」

かわいいなと思いながら、アンセムはカードをテーブルに置くとソファにもたれかかる。

「コーヒー飲む?」

テラスが立ち上がった。

「ありがとう」

「ちょっと待っててね」

こうして2人で過ごす自然な時間が好きだ。
テラスの後ろ姿を眺めながら、アンセムはぼんやりと考えた。
だけど、ここから先どう進めば良いのかわからない。
友達の関係から一歩進むには、何をするべきなのか。

いや、何もしなくて良いのだろう。
自分の気持ちは伝えたのだから、後はテラスが振り向いてくれるまで待てばいい。
頭ではわかっていても、ときどきどうしようもないもどかしさに襲われる。

アンセムにも当然性欲はある。
目の前に大好きなテラスがいて、テラスの部屋で楽しい時間を過ごして、そして部屋には当然ベッドもある。
本当は今コーヒーが飲みたいわけじゃない。
休憩もしなくていい。
自分は今、テラスを抱き締めて、キスをして、そのままベッドへ連れて行きたいと思っている。
テラスが自分を好きになってくれたら、そして自然にそれを受け入れてくれたら、どんなに幸せだろうか。

「はい。できたよ」

コーヒーを入れて戻ってきたテラスの声で、ふと我に返るアンセム。

「ああ」

手渡されたカップを受け取るときに、アンセムの手がテラスの手に触れた。
アンセムは体が熱くなるのを感じた。
テラスはアンセムの葛藤に全く気付かない。

「さっきのコツってなんだろう」

アンセムの向かいにあるソファに座り、テラスコーヒーを飲みながらはカードをいじりつつコツを探っていた。
少し俯いた姿勢になり、服の襟元から僅かにテラスの肌が露出する。
アンセムは目を逸らした。

(今日のオレはどうかしている)

平常心を必死に保とうとしても、勝手に反応する体を止められなかった。
理性では「今日はもう帰ったほうがいい」とわかっている。
しかし感情がそれを拒否する。テラスと一緒にいたい。

「どうしたの?」

黙り込んでしまったアンセムに、テラスは声をかけた。

『いや、なんでもないよ』

そう言うべきだと思いながらも、声が出なかった。
アンセムの様子がいつもと違う事に、テラスが気付いた。

「大丈夫?もしかして具合悪い?」

アンセムは苦しげな表情をしているように思えて、テラスは心配した。

「恋の病かな」

軽口を叩いてみるも、表情がそれを裏切っている。
テラスは訝しげにアンセムを見た。

「テラス、こっちに来ないか?」

ソファに座ったまま手を差し出すアンセム。

「えっ…なんで?」

当然テラスは警戒した。

「まぁ、そうだよな」

アンセムはそう小さく呟き立ち上がる。

「ごめん、帰るよ。コーヒーご馳走様」


そう言って、アンセムは素早く部屋から出て行った。

「え?」

アンセムの唐突な行動に混乱するテラス。
見送る間もなくアンセムは帰ってしまい、わけもわからず部屋に取り残された。

「私、またなんか変なことしたかなぁ…」

さっきまでの楽しい気分はどこかへ行ってしまい、テラスは落ち込む。
一方、アンセムはテラスの部屋から出ると、そのまま走って寮の外に出た。
気分を落ち着かせる必要があった。

「何やってんだろうな…」

アンセムも酷く落ち込んでいた。
テラスのペースに合わせると決めたはずだ。
時間がかかることなんて、最初からわかっている。
わかっているのに待てない自分に腹が立つ。

(欲求不満なのか…)

当然自己処理はしているが、それとセックスは全くの別物だとアンセムは考えている。
自分は女を抱きたいと思っているのか?
いや、相手がテラスでなければ意味がない。

(何か焦ってるな、オレは)

冷静になれ、と自分を戒めた。
焦りの原因には心当たりがある。
シンだ。

シンは懲りずにテラスに度々話し掛けているらしい。
そして、テラスはシンを拒否せず、言いたいことを言い合っているようだ。

アイリの部屋で話したときも、2人には恋愛カテゴリーでなにか同調する部分があるらしく、アンセムには全く検討のつかないシンの一面を、テラスは指摘した。
もちろん、テラスがシンに恋愛感情を抱くことはないと思っている。
それでも、シンが一方的にテラスに関わるだけでも、アンセムは今までにない不安を感じていた。
自分にはわからない何かで、テラスとシンが繋がりを持つのではないかと。
だから、急いた気持ちになったのかもしれない。

それとも、欲張りになったのか。
テラスの部屋で2人で過ごすなんて、最初の頃を思えばまるで奇跡のようだ。
充分すぎるのに、今の関係では自分が満足できなくなったのだろうか。 
気持ちを押し付けないと心に決めたのに。

(どんな理由にしろ、自分勝手だ…)

結局、恋愛は自分のためにしかできないのかもしれない。
アンセムは自己嫌悪に陥った。