超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

シンから逃げるついでに、アンセムはナミルの部屋まで送ることにした。
シンはテラスが会話を受け付ける相手である。滅多なことはないだろうが、先ほどのシンのナミルに対する当たりの強さを思うと、少しだけ心配だったのだ。
なぜナミルがあそこまで噛み付いたのか、部屋まで送る道中に昨日の談話会での出来事を聞いて理解した。

「アンセムさん、今日はすみませんでした…」

部屋まで送ってもらったナミルは、別れ際に改めて謝罪した。

「いや、気にしなくていいよ。ただ、相手は男だし、あまり怒らせると後が心配だな」

「ごめんなさい」

ナミルは小さくなった。

「それにしても、オレは優しくて大人かな?」

「はい。それにとっても紳士的」

ナミルの言い方がおかしくて、アンセムは笑った。
だけど、すぐに表情を引き締める。

「いや、そんなことないよ。ナミルには随分と酷いことをしたし」

「え?何がですか?」

ナミルはしらばっくれた。

「本当はずっと謝らなければと思っていたんだ」

「何言ってるんですか…。あれは同意の上だし、私のほうが悪かったし」

思いがけないアンセムの言葉に、ナミルは動揺した。

「いや、それはないよ。オレが悪かったんだ。本当にごめん」

深く頭を下げるアンセム。

「や、やだな~。顔上げてください。真剣に謝られても困りますよ」

パタパタと手を振るナミル。

「そうだ、ちょっと部屋寄って行きません?」

勢いでアンセムを誘った。

「いや、いいよ」

丁重に断るアンセム。

「どうしてですか?私、アンセムさんなら体だけでも大歓迎ですよ?」

ナミルは本気だったが、アンセムに笑って流されてしまう。

「じゃぁ、また」

「はい。今日はすみませんでした。送っていただいて、ありがとうございました」

そして、ナミルはアンセムが見えなくなるまで見送った。

「なによ、あんなの反則だわ」

見えなくなったアンセムに抗議する。
今日みたいに優しくされたら、諦めたはずの気持ちが復活しそうじゃないか。
ナミルは急に寂しい気持ちに襲われた。

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アンセムはナミルを送った足で、アイリの部屋へ行った。
テラスも一緒にいるだろうと思ったからだ。
ドアをノックすると、ぐにアイリが出てきた。

「やっぱり来たわね」

「やあ。テラスもいるんだろう?」

「いるわよ。どうぞ」

そしてアイリはアンセムを招き入れた。

「改めてこんにちは~」

入ってきたアンセムに、笑顔で手を振るテラス。

「こんにちは」

テラスの笑顔にほっこりしてしまうアンセム。

「それより、大丈夫か?」

「ああ、シンのこと?」

「随分乱暴な口の聞き方するやつなだな」

「確かに、言葉遣い荒いよね」

うんうんと頷くテラス。

「テラス、辺に懐かれてない?」

アンセムにお茶を用意し、アイリはテラスの横に座った。
アンセムは2人の向いに座る。
テラスと交流が復活してから、複数でアイリの部屋に度々来ているので慣れたものだ。

「う~ん、懐かれてる、絶妙な表現かも」

「なに他人事みたいに言ってんのよ」

ため息をつくアイリ。

「シンとなにかあったのか?」

アンセムはとても気になった。懐かれるような出来事があったのだろうか。

「シンの気持ちがわかるから、それが嬉しいのかな」

「ああ、恋愛に興味が向かないってこと?」

「うん」

「どういうことかな?」

シンをよく知らないアンセムは、話についていけない。

「あのね、リナさんがシンに去年の私のことを話したみたいなんだよね」

「去年のテラスというと、オレがお見合いの前に聞いた内容と似てるのかな」

「アンセムはリナさんから何聞いたの…?」

「それは言えない」

「リナさん、私をなんだと思ってるんだろう」

眉間にしわを寄せるテラスを見て、アンセムとアイリは笑った。

「そりゃ、恋愛に目を向けない超問題児ってところでしょうね~」

アイリの言葉に頷くアンセム。

「……否定しないけど」

テラスはいじけた。

「シンはどんなやつなんだ?」

「言葉は荒いけどね、多分、繊細なんだと思う」

「ええー!どこがぁ!」

驚くアイリ。

「第3寮の流れに乗れない自分に、相当苛立ってるんじゃないかなぁ」

「乗れないんじゃなくって、自ら拒否してるんじゃないの?」

「どうかな?良くはわからないけど。
ただね、恋愛にどうしても打ち込めないっていう疎外感というか、周りについていけないときの居心地の悪さってあるんだよね。
私はあまり気にならなかったけど、シンは本当はすごく気にしてるんじゃないかなぁ」

「テラスはどうしてそう思ったんだ?」

アンセムが質問した。

「だって、本人が気にしていなかったら、あんなに拒絶しないと思うんだよね。それはそれとして、自分のやりたいこと打ち込んでいればいいわけでしょう?」

「それって去年のテラスじゃない。何言われても、そっちのけーで、生物学にどっぷり浸かってたもんね」

「うん。興味ないことは、気にならないから」

平然と言い切るテラスである。
その様子に、出会って間もない頃のテラスをアンセムは思い出していた。

「恋愛の波に乗れないことを気にしてるんだとしたら、結構ここの生活しどいと思うんだよね。強制的に向き合わせられるような環境でしょう?」

「気にしてるなら、頑張ればいいだけなのに」

アイリは全くわからない様子である。

「それは難しいと思うよ。全く理解できないものを、どう頑張ればいいの?」

「とりあえず、もう少し身なりをきちんとしてみるだとか、興味なくても女の子に話しかけてみるとか、そういう努力はしないとねぇ」

「それって苦痛だと思うよ。
全く気にせず恋愛のことなんて頭からなくなれば、人として相手と接することができるかもしれないけど、でも相手は異性として見てくるんだから、無理じゃないかな?」

「そんな複雑なこと考えてたら疲れない?」

「うん。疲れると思うよ。だからイライラしちゃうんじゃないかなぁ」

アンセムは黙ってテラスの言葉を聞いていた。

「だから、そういう気持ち少しでもわかるって言った私に色々聞いてほしくて、言ってくるんだと思うんだ」

「迷惑な話ね」

「今日みたいなのはちょっと、ね。でも、シンのことは嫌いじゃないよ」

「そうなの!?」

「うん。ちょっと危なっかしいけど」

なぜだろう。テラスの様子と言葉に焦燥感を持つアンセムだった。
異性に対して、いつも「わからない」と頭を抱えるテラスが、シンのことはわかると言うのだ。
自分はテラスからこんなに理解されたことがあっただろうか。
また、テラスはシンを嫌っていると思い込んでいたのでアンセムは、自分の解釈が間違っていたことにも少なからずショックを受けていた。

「図書館でのことがあったから、今日食堂でテラスとシンを見かけて、また何かあったらと思って声をかけたんだけど…余計なことだったかな…」

「そうなんだ。ありがとうアンセム」

笑顔でお礼を言ってくれるテラス。

「いや、返ってトラブルの種にしてしまった…」

アンセムは反省が止まらない。

「そうよそうよ。アンセムが食堂でテラスに接近すると、何かしら問題が起きるし、ただでさえ注目浴びる存在なんだから、自覚して自重してよね」

アイリが笑いながら責めた。

「ごめん」

素直に謝るアンセム。

「え?全然大丈夫だよ。シンのことも、心配しないで。多分問題起きないと思うし。そんなに悪い人じゃないと思うんだ」

「ああ…」

だけど、できることなら近づかないでほしい。
アンセムはその言葉を飲み込んだ。
自分の勝手な不安を押し付けるわけにはいかなかった。