超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

お見合いの次の日の午前に就業教育の授業を終えた後、アンセムは図書館へ出かけた。
授業で興味深かった分野の本を探したかったし、昨日テラスとの話題に上った本も気になっていた。なにより、カイと昨日のことについて話をしたかったのだ。

アンセムは第三寮入寮して、1年で生物学の基礎から応用を修得。昨年度から、農作物の品種改良の分野へ進んだ。
このランクまで進んでいるのは、アンセムを含めて5名のみ。
年代はバラバラだがすべて男で、同じ道を志してる仲間だと思っている。

「こんにちは」

受付カウンターにいるカイに挨拶をするアンセム。
カイは広い図書館を管理する責任者だ。
他にもスタッフはいるが兼務であり、忙しいときは寮生が手伝うことになっている。
アンセムはカイにとって頼れる手伝い要員だった。

「おお、アンセムか」

書類から顔を上げて、カイは顔をほころばせた。
アンセムは頻繁に図書館に通う数少ない寮生のうちの1人だ。

「昨日、テラスと会いましたよ」

「そうか、僕の話したとおりの人物だっただろう?」

ニヤリと笑うカイ。テラス贔屓なのである。
カイは卒寮後から12年間司書をしているが、あれほど熱心に図書館を利用する寮生は久しぶりだった。
当然、愛着も沸く。

「いえ、話に聞いていた以上でした」

「なんだか嬉しそうだな」

「そうですね。これからどうしようか考えるとワクワクします」

「ふふん、テラスは手強いぞ。それに泣かしたら僕がぶん殴る」

後半は本気の発言である。

「泣かしたりなんかしませんよ」

「アンセムが言っても説得力ないぞ」

「酷いなぁ。オレを誤解してますね」

「テラスを恋愛ゲームの相手にするなよ」

アンセムは流石にムッとした。

「恋愛をゲームだと思ったことはないです。それに、テラスを恋愛対象として見てるわけじゃないですよ」

「じゃぁ、なんだ?」

「人として…興味があります。こういう環境で、本気で恋愛を考えないテラスに」

「そうか」

カイはアンセムの顔をまじまじと見た。

「おまえら、似たもの同士かもしれないからなぁ」

「似てますか?どの辺が?」

意外なことを言われてアンセムは少し驚く。

「どの辺だと思うか?」

問い返されて考え込むアンセム。

「割と物事を追求するところとか?」

アンセムもテラスも生物学を専攻している。専門分野は違うが、どちらも深く研究する点が同じだ。
昨日の会話でも、知識探求心には共感する部分が多かった。

「まぁそこも似てるかもしれないなぁ。とりあえず、こっち入れ」

カイはアンセムをカウンターの中に招き入れた。

「そこにある本を分類してくれないか?」

カイの指差す先には、大量の本の山。

「うっ」

思わず怯むアンセム。これは時間がかかりそうだ。

「話を聞いてやる報酬だ」

「カイさん、仕事溜め過ぎですよ」

仕方なく本の山に向き合い、アンセムは分類をし始めた。

「基本1人だからいろいろと大変なんだよ」

笑って答えるカイ。

「手伝いますから、教えてください。オレとテラスのどこが似てるんですか?」

「知りたいか?」

「ええ、まぁ」

「恋愛に対して、かな」

「恋愛?」

どういう意味かアンセムはさっぱりわからない。

「詳しく教えてください」

「ふふ~ん、どうしようかな」

「もったいつけると手伝いませんよ」

「女泣かせのアンセムでもわからないか?」

カイは面白そうにアンセムを眺めている。

「泣かさないように努力はしています」

「少し自分で考えたらどうだ?」

「手伝いませんよ」

「いいから、それ終わるまでは自分で考えろ」

「……」

理不尽だが話の続きを聞きたいので、アンセムはとりあえず本の整理を続けた。
黙々と作業をしつつ、カイの言葉の意味を考えるアンセム。
恋愛について、自分とテラスに似ている点などあるだろうか。
積極的な自分と、まったく関わろうとしないテラスは、むしろ真逆なのでは?
そもそも、昨日の話題に恋愛関連はなかったのだから、テラスの恋愛感などわかるはずがない。
考えながらも作業は続く。
ラベルを見て分類し、本棚に戻しやすいように順番に台車に乗せる作業を繰り返していると、1時間ほどで台車はいっぱいになった。

「カイさん、とりあえず乗るだけの分は終わりました」

カイも黙々と書類の仕事をしていた。

「ありがとう。お疲れ様」

「で、話の続きですけど」

「何かわかったか?」

楽しそうに聞くカイ。

「いえ、さっぱり。考えれば考えるほど、相違点しか見つかりません。
それに、似たところを見つけるほどまだテラスのこと知らないですし」

「まぁそうだな」

「だから、教えてください」

しら~っと目を逸らすカイ。

「…カイさん?男の約束、守りますよね?」

「そうそう、実は今日テラス来てるぞ」

強引にカイは話題を逸らす。

「え?」

「午前中から個室に篭ってる」

「そうですか」

「行ってみたらどうだ?」

カイは明らかにニヤニヤしていた。

「邪魔になるからいいですよ。篭ってるってことは、何か課題でもあるんじゃないですか?」

「ご名答。外出してまで参加した薬学研究会のレポート作成だ。寮長の嫌がらせで締め切りは明後日らしい」

今度は面白そうにくっくと笑うカイ。
それを呆れたように眺めるアンセム。

「じゃぁ、尚更いいですよ。これからいつでも誘えますから。これ、片付ければいいんですよね?」

そういって、アンセムは台車を押してカウンターの外に出た。

「やってくれるのか。ありがとう。けど、答えはまだ教えてやらないぞ」

「いいですよ。乗りかかった船だし、まんまと嵌められたことがわかりましたから」

「人聞きの悪い」

「行ってきます」

そしてアンセムはガラガラと台車を押して、本棚へ返す作業に向かった。

「お腹すいた…」

アンセムと入違うように受付に顔を出したのはテラスだ。
レポート作成に集中していたが空腹に気付き、昼食のためにテラスは個室を出た。

「カイさん、ランチしてきます。個室そのままでいいですか?」

カイに声をかけるテラス。

「ああ、使用中の札をそのままにしておけばいいよ。そうそう、アンセムが来てるぞ」

カイはさり気なさを装いつつ、テラスにアンセムの存在を伝えてみる。

「はぁ、そうですか。じゃぁ行ってきます」

しかし、テラスは一切興味を示さずに図書館を出て行った。

(テラスは表情も変えないのか)

理解はしているが、それでもテラスの興味の無さに、カイはアンセムに同情したくなる。
と思ったら、テラスがスタスタと戻ってきた。

「カイさん、アンセムに何を言ったか、絶対絶対教えてもらいますからね」

そして再び出て行った。

「ぷ。可愛いやつ」

午前中テラスが来たときに、開口一番アンセムに何を吹き込んだのかと追求されたのだ。
それをのらりくらりとかわしたカイである。
別に教えても良いのだが、反応が面白いのでついからかってしまった。

カイ、34歳。
趣味、寮生をからかって遊ぶこと。
悪趣味である。

この日、テラスとアンセムは図書館にいたのに、結局一度も顔を合わせることはなかった。