超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

テラスとシンが(というより一方的にシンが)言い合ってから1週間が経った。
今日はそれぞれ担当した課題を発表し、足りない部分を指摘し合い、より一層個人の研究を進めるための打ち合わせだった。
ここで、テラスはシンにこてんぱんにされる。
テラス以外のメンバー2人も、シンにこ矛盾点や問題点を指摘されまくったが、テラスのときだけ異常に辛辣なシンだった。

しかし、テラスに異論はない。
言い方こそキツいが、指摘する内容は至極真っ当なのだから。正しい指摘があってこそ、もっと深く掘り下げることができる。
テラスの意欲は上がった。

一方、リリアとセイラスは、テラスに対するシンの当たりが強いことに不満を感じていた。
2人はもちろん打ち合わせ中にシンをたしなめたのだが「そんなことねー」の一言で一蹴されてしまった。
そもそも、テラス本人があまり気にしてない様子なので、それ以上の追求はできなかった。

打ち合わせが終わり、テラスはその足で図書館へ向かおうとした。
そこへリリアが声をかける。

「テラス、大丈夫?シンと何かあった?」

「ああ、この前食堂でちょっと言い合いになっちゃったんだ」

テラスは正直に答えた。

「言い合いって、なんで?」

「う~ん、なんでだろう?」

テラスから見たら、シンは勝手に怒っているだけなのだ。

「ふぅ、テラスに聞いた私がバカだったわ…」

ため息をつくリリア。

「気遣ってくれてありがとうね」

「ううん、いいの。何かあったら言ってね。チームなんだから」

「うん」

テラスは笑顔で頷いた。

「このままお昼行く?」

「え~と…、ごめん、今すぐ調べたいことが色々できちゃって、図書館行ってくる」

「やっぱりテラスは相変わらずね」

リリアは肩をすくめた。

「じゃぁ、またね」

そして手を振って別れた。

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「カイさん、こんにちは」

「おお、テラスか」

テラスは挨拶だけして、そのまま通り過ぎようとした。

「おっとテラス、ちょっとカウンター代わってくれないか?」

「え?どうしてですか?」

「急に会議に呼ばれてな。不在にしてもいいんだが、いてくれると助かるんだが」

「え~と…、本探しながらでもいいですか?」

一刻も早く疑問を解消したいテラス。

「テラスも急ぎか?無理しなくてもいいぞ」

「急ぎじゃないんですけど、今頭に浮かんでいることを早く消化したくって」

「課題か?」

「はい」

「それなら、僕はまだ20分くらいはここにいられるから、先に本を探しに行ってきて大丈夫だぞ」

「そうですか、じゃぁ行ってきます」

くるりとカイに背を向け、テラスはいそいそと生物学のコーナーへ向かった。
カイは会議の準備をし、残りの時間は図書館の仕事を少しでも片付けることに費やす。

「こんにちは」

そこへアンセムが来た。

「おお~、アンセムか。そうだ、おまえに代わってもらうか」

カイは大歓迎モードだ。

「何がですか?」

「カウンター業務だ。僕はこれから会議に行かなきゃならないんだ。
さっきテラスが来て、彼女に頼んだんだが、忙しいところ引き受けてくれてな。
アンセムが引き受けてくれれば、テラスもその方がいいかと思ってなぁ」

「いいですよ」

二つ返事でアンセムは引き受けた。

「そうか、ありがとう。2時間かからないで戻れると思うから、それまでよろしくな」

「はい」

「ついでに、後ろの本の返却手続きもやってくれると、僕は嬉しいぞ」

「は…はい…」

「じゃ、頼む」

カイはカウンターから出て、入れ違いにアンセムが中に入った。

「あれ?」

テラスがカウンターへ戻ると、カイでも、不在の札でもなく、アンセムが座っているので驚いた。

「なんでアンセムがいるの?」

「やぁ、テラス」

「あ、こんにちは」

テラスは慌てて挨拶を返した。

「カイさんは?」

「もう会議に行ったよ」

「私が遅くなっちゃった?」

「いや、オレがカウンターを頼まれたんだ」

「え?」

目が点のテラス。

「私も頼まれたよ」

「ああ、でもその後オレがここに来たら、オレの方が適任ってね」

あえて、カイの発言を細かく言わないアンセムである。

「いいの?」

「特に急ぎの用はないし、ま、いつものことだよ。テラスこそ、例の研究で忙しいんじゃないか?」

「忙しいというか、今日打ち合わせしたら調べたいことがたくさんできちゃって」

「そうか」

ふふ、と笑顔になるアンセム。熱中するテラスも可愛い。

「それ、貸し出しだよね。手続きするよ」

「ありがとう。でも本当にいいのかな?」

本を渡しながら、テラスは聞いた。

「いいよ。引き受けたのはオレだし。どうしてもダメならきちんと断ってるから」

「うん。じゃぁ、今回は甘えることにするね」

「そうか、嬉しいな」

そして、アンセムは手続きを終わらせ、本をテラスに渡した。

「ありがとう」

本を受け取り、テラスはお気に入りの席に座った。
ここでじっくり読み、足りないものがあれば、また借りて行こうと考えたのだ。
アンセムはテラスを優しく眺めつつ、返却整理にとりかかった。

(なんであいつがいるんだ?)

テラスに遅れて図書館に来たシンは、カウンターに座るアンセムを見てなんとなく嫌な気分になった。
何も言わずに通り過ぎる。
書物のコーナーに行こうとしたとき、席で読書に集中しているテラスに気付く。

(早速動いているのか)

さっきの打ち合わせでは、我ながらテラスにはキツクあたったと思う。
喧嘩別れのような状態のままだったし、なぜかテラスを見るとイライラした。
研究の途中経過については、けちょんけちょんに不備を指摘しまくったのだが、めげないテラスに少し感心するシン。

結局テラスに声をかけず、自分がほしい本を探しに行った。
本はすぐに見つかったのでカウンターへ行き、無言で本を差し出す。
アンセムは「貸し出しですね?」と確認をとって、手続きをする。
そんなアンセムをしげしげと観察するシン。
確かに美しい男だと思う。
サラサラとした金髪、一見女性かと見間違えそうな繊細な顔立ち、それでいて体はしっかり引き締まっていて、いかにも女共が夢中になりそうだ。
テラスも例外ではないのだろう。

「どうぞ」

手続きが終わり、本を手渡されるとき、シンとアンセムの目がバチリと合った。
思わず睨んでしまうシン。
アンセムは挑戦的な眼差しに気付いたが、あえてそれに気付かない振りをして、目を逸らし、自分の作業を続けた。
シンも何も言わず、図書館を出ようかと思ったが、思い直し、テラスのいる席へ向かう。

「へ~、早速頑張ってるじゃねーか」

テラスが読んでいる本、そしてテーブルに置かれた残り2冊の本は、シンの指摘を解明するのに適した3冊だった。

「あ、シン」

声をかけられ、初めてシンの存在に気付くテラス。

「シンも本を探しに来たの?」

「あ~、これ」

と何気無く持っていた本を見せるシン。

「ふ~ん」

そしてテラスは再び読書に集中した。
シンはなんだかつまらない。

「なんだ?怒ってるのか?」

「え?なんで?」

「なんでって、無視してんじゃねーか」

「あ、ごめん。これ読みたくて」

(なんだ、俺がうるさく言ったこと本当に気きにしてねーのか?)

拍子抜けするシン。

「で、なに?」

「何って…」

聞かれてシンは口篭った。別に用があって話しかけたわけではないのだ。
そもそも「二度と話しかけない」と言ったのは自分である。

「さっき俺が言ったこと、ちゃんと理解してるのかと思ってさ。足引っ張られたらたまんねーからな」

慌てて話しかけた理由を作ってみた。

「う~ん、それはこれからかな」

「やれやれ…」

シンは大げさに肩をすくめ、テラスが読んでいる本に手を伸ばした。

「その本見せてみろよ。要点教えてやるから」

「あ!やめてよ。今読んでるんだから」

テラスはさっと避けた。

「なんだよ!後から違ってたりしたら、こっちが迷惑なんだよ」

ムキになるシン。

「自分で調べたいの」

「俺の方が成績が上なんだから、従ってりゃいいだろ!」

「はぁぁ!?!?」

そんな2人のやりとりが始まる少し前のこと。

「あれ?今日アンセムさんなんですか?」

今度はナミルが図書館に来た。

「こんにちは、ナミル」

「こんにちは」

「少しだけね、カイさんが会議に行っている間の代わりだよ」

「あの人、本当に人使い荒いですね。人使いというか、アンセムさん使い」

ナミルは未だにカイから仕事を頼まれたことがない。

「は…は、ちょっと笑えないかも」

「あれ?シンがいる」

そこでナミルはシンを見つけた。
同じ学年で一応生物学も専攻しているため、シンのことを知っていた。

「どうしてテラスさんといるのかしら」

素朴な疑問がそのまま言葉に出る。

「新薬のグループ研究でチームを組んでいるそうだよ」

「あ、そうなんですか。でも、仲悪そうですね」

「え?」

そこでアンセムは改めて2人を見た。何やら言い争っているように見える。

「なんでシンに従わなきゃいけないの?これは授業の一環でしょう?私はシンの部下でも家来でもないよ」

テラスは心底呆れた。

「可愛げねー女」

不機嫌を隠さないシン。
テラスは3冊の本を全て持ってカウンターへ向かおうと席を立った。これ以上邪魔されたくない。

「待てよ」

シンは言葉と同時に、無意識に手が出た。テラスの腕を掴む。

「あっ」

いきなり腕を掴まれて、持っていた本を落とすテラス。
同時に、以前リツにされたことを、まるでフラッシュバックのように思い出す。

「ヤダ!」

恐いと思った。

「どうした?」

そこへアンセムが駆けつけた。
ナミルはカウンターの前で様子を伺っている。

「なんでもねーよ!」

シンはテラスの腕から手を離し、無言で図書館から出て行った。

「テラス、大丈夫か?」

「うん。ビックリしただけ」

「何かされたのか?」

「ううん」

シンはテラスを引きとめようとして、腕を掴んだだけだ。頭では理解できても、なぜだかあの瞬間は恐かった。

「個室借りようかな」

テラスが本を拾おうとしたら、その前にアンセムがささっと拾い集めてくれた。

「ああ、今鍵を出すよ」

そして2人でカウンターに戻る。

「大丈夫ですか?」

ナミルはまだそこにいた。

「あいつ、プライド超高いですから、テラスさん気をつけたほうがいいですよ」

テラスのことは相変わらずムカつくナミルだが、シンのことはもっとキライだったりするのだ。
生物学に入った当初、シンから見下され、馬鹿にされた。

「ありがとう。気をつけるね」

忠告を素直に受け入れるテラス。

「テラス、102でいいかな?」

窓のある個室の番号だ。

「うん。ありがとう」

テラスは鍵を受け取り、本を持って個室へ向かった。それを見送ってからナミルは言った。

「大丈夫かなー。あの人、なんでもバカ正直に言うから、シンとトラブル起こしそう」

あの人とは、当然テラスのことである。

「厄介な奴なのか?」

「とにかく自分が一番じゃないとイヤみたいですよ。自分は特別な人間とでも思ってるんですかね。
確かに頭はいいけど、人としてどーなの?って感じですね。私は大っキライなんです」

「そうか…」

「まぁ、女に興味ないみたいなんで大丈夫だとは思いますけど、アンセムさん、注意して見てた方がいいですよ」

「ああ、ありがとう」

アンセムは深刻に頷いてから、表情を和らげた。

「ナミルがテラスを心配してくれるとはね」

「べ、別に!心配してませんよっ!じゃぁ、お仕事頑張ってください」

真っ赤な顔を隠すように、ナミルは本を探しに行ってしまった。