超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

「進んでるか?」

テラスが1人で遅めの昼食を食堂でとっていると、シンに声をかけられた。

「あ、こんにちは」

パンを齧りながら挨拶するテラス。
シンはひょいっと頭を下げて答えた。

「う~ん、結構厄介かも。資料揃えて進もうとしても、またすぐ行き詰って図書館に戻るの繰り返してる感じ」

「手こずってるんだな」

「シンは?次の打ち合わせに間に合いそう?」

「ああ、余裕」

「さすがだね」

素直に絶賛するテラス。

「わかんないところあるなら、俺に聞けよ」

「ありがとう。でも、ギリギリまで自分で頑張ってみる」

「真面目だな~」

「好きなことだもん。難しくても楽しいよ」

「ふ~ん」

そう言って、シンはテラスを見た。
テラスは気にせず食事を続ける。

「あのさ、薬剤研究所に行ったって本当か?」

そして唐突に質問した。

「え?なんのこと?」

一応しらばっくれてみるテラス。
寮敷地外の外出は特例中の特例で、他言無用となっている。

「マジなんだな…」

しかし、テラスの不自然な様子から、シンは事実だと確信した。
どこまで行っても、テラスは嘘が下手である。

「どんな裏技使ったんだ?教えてくれよ」

シンは身を乗り出した。

「え~と、あまりお勧めはしないし、シンが許可下りるかどうかわからないよ」

「いいから、教えろよ」

「いや、言っちゃダメって言われたし」

「頼むから!」

「ダメなものはダメ」

テラスは約束を守る性格なのだ。約束事やルールは破らない。

「なんだよ…ケチだな」

「そういうことは、寮長に聞けばいいじゃない」

「げ!イヤだぜ!顔を合わせればお説教ばっかりなんだからな」

苦虫をかみつぶしたような顔のシン。

「お説教?何か悪いことしたの?」

「結婚相手見つけろって話だよ」

「ああ~…」


テラスも昨年は何度も呼ばれていたから、シンの気持ちはわかる。

「寮長の鬱陶しさったらありゃしねーよ」

「ぷぷ」

思わずテラスは噴き出した。

「わかるわかる」

何度も深く頷くテラス。

「長々と話されてもチンプンカンプンだよね。興味ないものは仕方ないし」

そして、当時の自分を思い出した。

「はぁ?それ、嫌味か?」

しかし、テラスの発言を聞いて、シンは不機嫌になった。

「え?どうして?」

心からの共感がなぜ嫌味に聞こえるのか。

「恋愛に興味ない振りして、アンセムって男とよろしくやってたじゃねーか」

「ああ、そういえば見られたんだっけ…」

「テラスの噂を最初聞いたときは俺と同類かと思ったけど、やっぱり他の女と同じだよな」

そしてシンはつまらなそうにそっぽを向いた。

「同類って?」

「男とか女より、もっと別のことに興味があるってことだよ」

「そうだったよ。今も割とそうだし」

「どーこが!」

大きい声を出されてビックリするテラス。

「なんで怒るの?」

「別に怒ってねーけど。発言に真実味が感じられね」

「そう?まぁ、いいけど」

そしてテラスは食事を続けた。
テラスが会話を降りてしまい、何か物足りなさが残るシン。

「そうだったよって、何がだよ」

無理矢理会話を引き伸ばした。

「何がって?」

テラスは再びシンを見た。

「だから、男に興味なかったってことなのか?」

「う~ん、恋愛とか良くわからなかった。それは今もだけど」

「大雑把すぎて良くわからん。もっと詳しく話せよ」

態度が大きなシンからの質問に、テラスは丁寧に答えた。

「だから、みんながパートナー探しに必死になることも、良く知らないのにいきなり誘ってくる男の人の気持ちも、好きな人ができて一生懸命になってる人のことも、相思相愛で幸せそうな人のことも、どうしてそこまで強い興味と熱意が持てるのかわからなかったし、そもそも、人を好きになるってことがわからなかったの」

「ふ~ん…」

シンはテラスの言葉にしみじみ相槌を打った。今の自分もそうだが…。

「でも、今はあの男とラブラブだと」

「ラブラブって…」

「わからなかったけど、今はすっかり理解して、男と女の愛の世界へ旅立ったと」

「ぶっ」

あまりの表現にテラスは再び噴き出した。

「旅立ってないってば」

「じゃ、なんで抱き合うんだよ」

「あ~…なんでだろう…」

あのときは、今までと少し違った。でもテラスは何が変わったのかわからない。

「やっぱり女は色男に弱いんだな」

「アンセムは確かにすっごい綺麗な男の人だよね」

「認めたな」

「でも、外見で好きになれたら、簡単なんだけどな…」

テラスは独白した。アンセムが綺麗だから無条件に好きになれたら、どんなに楽だろう。

「なんだよ!やっぱりぞっこんなんじゃねーかよ」

「シンが選ぶ単語って、微妙に古いよね」

テラスの感想を聞き流すシン。

「結局テラスも恋愛に夢中になる女なんだろ?だったら、俺の事わかるふりとかするなよ。うざってー」

吐き捨てるように言われて、さすがのテラスもムッとする。

「私は思ったことそのまま言っただけだよ。
自分の望む回答だけ欲しいんだったら、もう話しかけなくていいよ」

そして一瞥だけして、目線を食べ物に戻した。
シンはしばらく何も言えずにテラスを見ていた。
突き放され、寂しい気持ちになった。
だけどそれを認めたくなくて、イライラが増してゆく。

「二度と話しかけねーよ!」

そう言い捨てて、食堂を立ち去った。