超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

「中央施設の食堂まで行ってみようか?」

図書館から出ると、アンセムはテラスの手を離してくれた。

「うん。いいよ」

テラスはホッとしつつ同意した。

「あそこのフレッシュジュース、美味しいし」

そして気分を変えた。
どうも、アンセムと2人きりはまだ落ち着かない。どう接して良いのかわからない。
わからないから、以前と同じ態度をとっている。
2人は他愛のない話をしながら歩いた。共通の話題ならたくさんある。
すぐに食堂に着いた。

「テラスの分もとってくるよ。何がいいかな?」

「オレンジジュース」

即答するテラス。テラスはオレンジが好きなのだ。

「OK。座って待ってて」

テラスはジューススタンドから近い席に座って待った。
すぐにアンセムは戻ってきた。

「さぁ、行こう」

「行こうって、あれ?テイクアウト?」

飲み物は紙袋に入れられていた。

「談話室の方がゆっくりできると思ってね」

「ここでいいよ?」

「いや、2人きりの方がオレは嬉しいし」

「…またそういう恥ずかしいことを言う…」

「事実だからね。それに、またテラスが周りからいろいろ言われるのは嫌だから」

中央施設とはいえ、第三寮の誰が見ているかはわからない。
テラスがアンセムを避けていた2ヶ月間で噂は落ち着き、うるさい周囲もようやく静かになっていた。また嫌がらせのような陰口を叩かれるのはテラスも避けたい。

「そっか。気を遣わせちゃってごめんね」

テラスは素直にアンセムの後に続いた。
談話室に入ると、飲み物だけではなく甘い焼き菓子も広げるアンセム。

「わぁおいしそう!アンセム気が利くね」

ご機嫌のテラスを見て嬉しくなるアンセム。

(テラスと2人きりになるのはいつぶりだろうか…)

アンセムはそんなことを思っていると、唐突にテラスから話を振られた。

「アンセムはカードゲームってする?」

「たまにはするよ」

「スピードって知ってる?」

「ああ」

最近はやっているゲームだ。

「今度、勝負しようか?」

テラスの目がキランと光る。

「いいけど、オレ強いよ?」

「倒しがいがあるね」

そう言ってテラスはオレンジジュースを手にすると「いただきます」と一口飲む。

「やっぱりここの美味しい~」

ご満悦だ。
平和なテラスに心があったかくなるアンセムだが、ふと疑問を感じた。

「スピードは2人でするゲームだけど、今まで相手は誰だったんだ?」

自分もグレープジュースを飲みながら聞く。

「主にタキノリだよ。あとは片っ端から誘って応じてくれた人と」

テラスは平然と言ったが、アンセムは少しひっかかった。

「ふ~ん、タキノリか」

そのことにテラスは気付かない。恋愛に対してはまだまだ鈍感なのである。
テラスとタキノリと付き合っていたことについて、アンセムは当然強い関心がある。
ナミルから二人がキスをしたという話も聞いていたし、テラスがどの程度タキノリを男として見ていたのか、本人から聞きたい思いがあった。
しかし、何となくだが別れるまでテラスが心を痛めるほど悩んだことが予想でき、あれこれ聞くと辛くさせるかもしれないと思い聞けずにいたのだ。

今さら気にしても仕方がない。
アンセムは気分を切り替え、テラスと距離を縮める努力をしようと思う。

「じゃぁ、今度テラスの部屋へ行っていいかな?」

「いいよ」

あっさりと、即了承するテラス。

「いいんだ…」

アンセムは複雑な気分だった。
自分を男としてテラスはまったく警戒していないのか。

「それって、何されてもOKってこと?」

平然とタキノリの名前を口にするテラスに対し、少し意地悪な気分になったアンセムである。

「え?何がOK?」

テラスは本気でわかっていない顔だ。アンセムはため息をついた。

「自分を好きだと言っている男を安易に部屋に招き入れるのは、あまりにも危機感が足りないんじゃないか?」

アンセムの言葉の意味をジワジワと理解するテラス。
そして、アンセムを不思議そうに見た。

「だって、アンセムは嫌なことしないでしょう?」

テラスは確信しているようだ。

「どうしてそう思うんだ?」

そんなテラス子がアンセムは不可解だ。

「どうしてって、今まで私がどうしてもイヤなことは絶対しなかったから。いつだって、ちゃんと逃げ道を作ってくれてたよね?」

「信頼してくれてるってことか…」

テラスからの意外な言葉に、アンセムは驚いた。

「当たり前だよ。そうじゃない人を、部屋に入れるわけないでしょ?
アンセムだからいいんだよ」

アンセムはどう言葉を返そうか悩んだ。
信頼されるのは嬉しいが、男として警戒されないのは悲しい。
葛藤するアンセムに気づかないテラスは、ニコニコとオレンジジュースを飲んだ。

その後、談話室で2時間程過ごした2人。
第三寮には別々に帰ることになった。
2人の姿を見られてまた噂がたつと、なにかと面倒だからだ。

「また明日、図書館でね」

立ち上がるテラス。

「また明日」

アンセムもソファから立ち上がり、テラスをドアまで見送ることにする。
テラスはスチャッと手を挙げてから、アンセムに背を向けてドアノブを掴んだ。
無防備なテラスの後姿を見て、アンセムは半ば無意識に手を伸ばし、後ろから抱きしめた。
想定外のアンセムの行動に、テラスは凍りく。

「ちょっ!」

凍りついたのは一瞬で、すぐに振りほどこうともがいたが、アンセムはビクともしない。
アンセムはテラスの髪に唇をうずめてチュッとキスをした。

「だーーー!!何するの!!!」

本気で嫌がるテラス。

「あまり安心されるのも、困るんだけどな」

そう言って、今度はテラスの耳に唇を這わせる。

「ぎえー!」

テラスは青ざめた。
アンセムはそこでパっと体を離し、テラスを開放する。
テラスは速攻ドアを開けて通路へ逃げ出し、充分距離をとってから振り返ってアンセムを見た。

「な、なにするの!?」

「愛情表現」

しれっと答えるアンセム。

「そういうの、ほんっっとに止めてほしいんだけど!」

テラスは怒った。

「それは拷問だな」

「私をからかってるの?」

「いや、いつだって本気に決まってる」

その言葉にテラスは更にアンセムから距離をとった。
談話室の中にいたままではテラスの姿が見えないので外に出るアンセム。
テラスは10m程先を走っていた。

「また明日!テラス」

その後姿にアンセムは声をかけが返事はなかった。