超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

この前アイリに追求されてしまった。

「アンセムに告白されたんですってね?聞いてないんだけど」

凄まじい追求だった。

「なんでアンセムを避けてるの?」

とも聞かれた。
テラスは非常に困った。嘘は上手ではない自覚がある。
ミユウのことだけ上手に隠して話せる自信はなかった。
結局、告白された事実は認めて、避けている理由は言わずに終わった。
アイリは納得いかない様子だったが「言えないことがある」と感じ取ってくれたのだろう。

それにしても驚いた。
アンセムがアイリに告白の話したことに。
自分の恋愛については寡黙なタイプだと思っていたのに。
アンセムがアイリに相談したのは、徹底的に逃げるテラスにお手上げだったからなのだが、テラスは知る由もない。

アンセムに告白されてからというもの、3日に1回くらい、テラスの部屋にアンセムが訪れる。当然テラスは居留守を使うのだが。
アンセムは今のところ、すぐに引き下がってくれる。
時間が経てば諦めてくれるだろうか。

タキノリとお試しで付き合い始めてから2週間が経った。
会う頻度が劇的に増えた。
お互い用事がなければ、昼食は一緒に食べる。2日に1回くらいは2人で遊びに出かける。あるいは、どちらかの部屋でゲームを持ち込んで勝負する、なんて日もある。
タキノリとの付き合いは、気楽で楽しいものだった。
タキノリも楽しんでいる様子だった。

未だに恋愛感情はわからないが、タキノリと楽しく過ごしているこの関係が、自分には合っているのかもしれない。
このまま、楽しい日々が続けばいいなと思うテラス。

しかし、タキノリは違った。
勢いで「付き合おう」と言ってしまったが、テラスと一緒に過ごせば過ごすほど、テラスは友人から異性へと変わっていく。
一緒にいると楽しい。またすぐに会いたい。
この感情は、友人に対するものではなく、異性に対する恋愛感情に近づいていると、タキノリは少しずつ自覚していた。
前回の交際とは別物だった。

テラスに触れたくなる自分も自覚していた。
しかし「お試し」と言ってしまった手前、恋人らしい行為に抵抗がある。テラスに拒否されたら立ち直れないかもしれない。
テラスに触れたくなる衝動を抑えるのに必死だった。

ある日、テラスとタキノリは調理室を借りて2人で昼食を作っていた。
「たまには創作するの面白いかも」というテラスの提案だった。
では、師匠のライキスとおまけのアイリを呼ぼうしたのだが都合が合わず、結局料理初心者2人で悪戦苦闘しながら簡単な昼食を作ることになる。
タキノリは正直料理に興味がなく、食に対する拘りもなく、食べれれば何でもいい、というタイプだ。
しかし、テラスとああでもないこうでもないと話しながら慣れない料理をするのは、実に楽しい時間だった。
出来上がった料理は大して美味しくもなく、これなら食堂で食べた方が楽だし美味という結論が出たのだが、一緒に作って一緒に食べるというのは、独特の喜びがあった。
もしも、テラスと結婚したら、こんな楽しい毎日が送れるのだろうか。

そんな楽しい1日だったからだろう。いつも以上に、別れ際が寂しく感じるタキノリだった。
タキノリとテラスの部屋は階が違う。いつも階段のところで別れていた。

「じゃぁ、またね」

にっこり笑顔で言うテラス。テラスも楽しい1日を過ごして大満足である。

「ああ…」

なんとも名残惜しいタキノリ。
テラスは手を振ってタキノリに背を向けた。

「テラス」

タキノリは思わずテラスを呼び止める。

「ん?」

振り返るテラス。
タキノリは階段を数段上ったテラスに近づいた。

「どうしたの?」

テラスはタキノリを見つめる。

1段下のタキノリとは、調度目線がぴったり合った。

「キスしてもいいか?」

勇気を出して発言した。

「え?」

意味を飲み込む前に、タキノリの顔が近づく。
テラスは無意識に身を反らして避けてしまう。
気まずい沈黙。

「な~んてな」

タキノリはおどけた。

「ビビッた?」

笑ってみせたが、心の中では激しく落ち込む。それが手に取るようにわかるテラス。
タキノリもテラスと同じく、嘘が下手で感情がすぐ顔に出るタイプだ。

「またな!」

タキノリは、くるりと後ろを向いて階段を下りようとした。
なぜか、その背を見た瞬間、テラスは罪悪感に襲われる。

「タキノリ!」

わけも解らず名を呼んだ。
呼ばれてピタリと動きを止めるタキノリ。

「なんだよ」

振り向かずに聞く。

「ごめんね…」

「え?何謝ってんの?」

やはりタキノリは振り向かない。

「キス、しようか」

テラスは言った。

「え!?」

タキノリは振り向いた。

「さっきはビックリしたから」

「い、いいのか?」

頷くテラス。
嬉しさが込み上げるタキノリ。同時に激しく動揺した。
動悸が激しくなる。

タキノリはテラスに近づいた。
テラスは、自分がなぜそんなことを言ってしまったのかわからない。
ただ、自分の行動でタキノリが傷つくのがイヤだった。
自分で言ったくせに、近づいてくるタキノリに緊張するテラス。
ぎゅっと目を瞑る。

そんなテラスに、タキノリはそっと唇を重ね、短いキスをした。
今度は逃げないテラス。
もう一度、タキノリはキスをする。自分の唇をテラスに押し付け、抱きしめた。

テラスがぎゅっと目を瞑ったすぐ後、唇に何かが触れる感覚があった。
それはすぐになくなり、ホッとしたのもつかの間、テラスはタキノリに抱きしめられ、さっきよりもずっと強く長く、唇を押し当てられた。
体を緊張させ、タキノリが離れるのを待つテラス。
長く感じたけど、それはほんの数秒のこと。
タキノリは、静かにテラスから身を離した。

「はぁ」

ため息をつくテラス。

「へへ…」

なんとも嬉しそうなタキノリ。
そのタキノリの顔を見て、更に強い罪悪感をテラスは感じた。

----ただ、少しでも『違う』と思ったら、その気持ちに正直になるんだぞ----

急に以前カイに言われた言葉を唐突に思い出す。

「じゃぁ、またねっ」

罪悪感を振り払うかのように、テラスは手を振って階段を駆け上がる。
なぜだか、タキノリの顔を見るのが辛かった。

「行っちゃったな」

タキノリはテラスを見送り、姿が見えなくなるとつぶやいた。
気分が高揚していた。
本当なら、このまま部屋へ連れ込みたい気持ちだった。
しかし、それは急ぎすぎというものだろう。

(テラスは俺のことをどう思っているんだろう)

キスを受け入れてくれたのは、自分を男として好きになってくれたのだろうか。
テラスと過ごした2週間、タキノリにとっては第三寮に来てから一番楽しい時間だった。テラスもそう思ってくれているだろうか?
誰かに自分がどう思われているかなんて、タキノリは今まで気にしてこなかったのに、テラスの気持ちが気になってたまらない。

「聞けばいいんだよな、テラスに」

しかし、それは少し恐い気がするのだった。