超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

アンセムはテラスの部屋を出ると、一番近い出口から寮の外に出た。
本当は部屋で1人になりたかったが、その道中誰かに声をかけられることが嫌だったのだ。
この時間なら、寮の外に出れば人と会わずに済む。
とぼとぼと歩いて自分の部屋に一番近い入り口に向かっていると、ベンチがあった。
力尽きるように、そこにドサリとアンセムは座る。

(オレはテラスが好きなんだ…)

その気持ちは確信に変わった。
テラスが勢い余って自分の胸に飛び込んできたとき、どうにも押さえきれない気持ちが溢れた。

愛しい。触れたい。側にいたい。

考える前に、体が勝手にテラスを抱きしめていた。
抱きしめると、体が熱くなった。
もっとテラスを感じたいと思った。
そんな自分に驚いた。

テラスは女を感じさせない?
男と女の関係が想像できない?

さっきまでそう思っていた自分はどこへ行ってしまったのか。
こんなにもテラスを求めている自分に初めて気づき、感情が追いつかない。
このままテラスを奪ってしまいたい。

高ぶる自分を沈めたのはテラスの「離して」という声だった。
我を取り戻し、慌ててテラスを開放するアンセム。
拒絶されるのが怖った。
帰れと言われて、逃げるように部屋を出てしまった。
自分はこんなに臆病者だったのか。
好きな人に拒絶されるのは、こんなにも苦しいことなのか。
好きな相手に拒絶されたダメージに打ちのめされていた。

そして、自分も同じくらいミユウを傷つけたことに改めて自己嫌悪する。
自分をもっとマシな男だと思っていたのに。
人を好きになると、こんなにも自分の感情をコントロールできなくなるものなのか。

テラスは自分を友人として好きだと言った。
だけど今まで通りはできないとも言った。
友人として話すことも、誘うこともダメだと。
結局その理由はわからなかった。

辛い。
辛いけど、簡単に諦める気にはなれない。
やっと見つけた好きな相手だ。
自分を見てほしいし、自分を好きになってほしい。
強くそう思う。

だけど、方法がわからない。
会話すら拒否されて、どうしたらいいだろうか。
アンセムは途方に暮れるのであった。

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その日から、アンセムは図書館に通い続けていた。
何かをしていた方が余計なことを考えずに済み、気分が楽だったのだ。
生物学のグループディベートの準備を進めつつ、空いたな時間は図書館でカイに頼まれた作業をする日々。
あんなに山積みだった本だが、4日で全て片付いてしまった。
すると、カイはすかさず別の仕事を頼んできたので、アンセムは快く引き受けた。

テラスに告白してから1週間。
アンセムは、あれからテラスを一度も見かけることができずにいた。
移動中や食堂でテラスがいるのではないかとつい探してしまう。
図書館での手伝い中も、いつテラスが来ても気づけるように、神経は入り口に向いていた。
そこまで会いたいのに、また拒絶されるのが恐くて、テラスの部屋を訪れることができずにいる。
自分の軟弱さに嫌気がさす。
アンセムは、どん底の気分で1週間を過ごしていた。

一方、テラスもモヤモヤとした気分で1週間を過ごしていた。
友人であるアンセムを傷つけて、本当に良かったのだろうか。

恋愛に興味がなく恋愛事から遠くにいるテラスだが、入寮当時はそれでも数人からアプローチされた。いきなり告白された事もある。
自分を良く知らないのに、なぜ好きだと思えるのだろう?
テラスから見ると、相手は自分本位に暴走しているように思えた。
相手から押し付けられる恋愛感情がテラスは苦手だった。
そして、サラリと逃げ回ってるうちに、恋愛から程遠いところまで来てしまったのだ。

しかし、アンセムは今までの男性とは違うような気がする。
少なくとも自分を知ろうとしてくれた。だから友達になれたのだ。
自分を知って、それで「好きかもしれない」と言ってくれた。
言われたときは激しく動揺したが、1人になって落ち着いて思い返してみると、それは嫌なことではなかった。

アンセムは自分のことを考えてくれている。
ささやかな気遣いやさりげない優しさ、アンセムのそういうところがテラスは好きだった。
今回、アンセムは自分の気持ちをぶつけてきたけど、それでもテラスへの気遣いを忘れていなかったように思う。
そんな優しい人を、自分は傷つけてしまったのかと思うとモヤモヤした。

テラスにとって、親しい異性の友人と言えばタキノリだ。
もし、タキノリが理由もわからず、突然会話を拒否してきたらどう思うだろう?
今更ながら、テラスはそんなことを考えた。
きっと、悲しいだろう。
自分が何かしたのかと、疑心暗鬼になるだろう。辛いだろう。
そういうことを考えず、安易にミユウと約束をしてしまった自分を、テラスは責めた。

だけど、あの時はミユウに共感したのだ。
こんな素敵な女性とアンセムなら、きっと幸せになれるだろうと純粋に思った。
だから、ミユウとアンセムを応援する気持ちで約束したのに、2人は別れてしまった。
その原因が、自分にあるという。
それが恐いと思う。

自分はやっぱり恋愛感情がわからない。
アンセムから向けられる感情に対して、自分がどう感じているのかすら良くわからない。
だから、アンセムを避けている。会話しないんだから、それでいいんだけど。
アンセムに会うのが怖くて図書館にも行かなくなった。
部屋にいる時間が増えると、思考がグルグル回り更にわからなくなる。

わからないことは面倒臭い。
自分だけの問題なら、それで良かった。
でも今回のことは、面倒だからと思考を放棄するのはいけないことだと感じた。
そして、より一層思考は堂々巡りで、永遠に答えは出なかった。