超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

アンセムはテラスの部屋へ向かった。
時刻は21時を過ぎている。
こんな時間にテラスの部屋へ行くのは初めてだった。

テラスとは、図書館で喧嘩別れのような状態になったっきりだ。
戸をノックするとき少し緊張するアンセム。
戸を叩くと、しばらく間があってからドアが開く。
テラスは警戒した表情をしていた。この時間の来客は滅多にないのだろう。

「…あ!」

アンセムの顔を見て、テラスは反射的に戸を閉めようとした。
しかし、アンセムも無意識に、戸の隙間に自分の足を入れてそれを阻止する。

「随分な反応だな」

あまりの待遇にムッとしながら、アンセムは戸をこじ開けた。

「とくに用ないし」

「オレはあるよ」

「もう寝るから、また」

「話をしたい」

「そっちの都合でしょ?」

どうにかして戸を閉めようとするテラスだが、力で勝てるはずがない。

「ミユウと別れた」

「え?」

突然の報告に、テラスは動きを止めてアンセムを見上げた。

「なんて言ったの?」

「ミユウと別れた。さよならしたんだ」

「ど…どうして!?」

驚愕のテラス。

「テラスと話がしたいんだ」

しかし、テラスはそれに応じたくない。ミユウと約束したのだ。アンセムには近づかないと。
もし本当に別れたとしても、約束は約束だ。

「ごめん。眠いから」

もう一度戸を閉めようとするテラスだが、アンセムがそれを許さない。

「う~、閉めさせてよ!」

それでも抵抗するテラス。
アンセムは頑ななテラスに怒りを感じた。なぜ急に態度が変わる?自分が何をしたというのだ。
アンセムは力任せに戸を開いて強引に部屋に入り、戸を閉めて鍵をした。

「ちょっと!」

さすがに抗議の声をあげるテラス。

「オレは真剣にテラスと話をしたいと思っているんだけど」

まっすぐ見つめられてテラスは怯んだ。

「それでも応じてくれないのか?」

問われて無言のテラス。
この状況をどうしろというのだ。

「何をそんなに怒ってる?」

テラスは無言。

「オレと喋らないってどういうこと?」

やはり無言。

「急に怒鳴られて拒絶されても、オレわからないよ」

無言。

「会話もしたくないほど、嫌われる何かをしたかな?」

別に嫌ってるわけじゃないけど…。
困ったような表情になるテラス。

そんなテラスをアンセムは見つめた。
オレはテラスのことが好きなのだろうか?どうしてここまでこだわるのだろう。
わからない。

「ミユウと決別してきたんだ…」

だからどうして?それをなんで私に言うの?
テラスは困惑するしかない。

「1人にならないと、自分の気持ちと向き合えないと思ったんだ」

テラスはますますアンセムの言うことがわからない。
アンセムはもう一度テラスをまっすぐに見た。
正面から向き合うのは久しぶりだ。こんな状況なのに、嬉しく感じている自分がいる。
これはどういうことなのか。

「オレは…テラスのことを好きなのかも知れない…」

「ええ!?」

アンセムの独白に、テラスは思わず声が出た。

(アンセムが、私を、好き?…かもしれない?)

ミユウにも指摘されたことだった。
そんなことあるはずないと本気で思っていたから否定したのに、今度は本人から言われてしまった。
そのまま絶句するテラス。大混乱だ。動悸がどんどん激しくなる。変な汗も出る。

「そんなに困るなよ…」

アンセムは疲れた声を出した。

「自分でもよくわからないんだ。ただ、テラスがいないと何かが物足りない」

「それでいいの?そんな曖昧な理由でミユウさんと別れていいの?」

アンセムの言葉を遮って、テラスは思わず聞いてしまった。

「ミユウさんほどアンセムを大切に想う人なんて、いないんじゃないの?」

アンセムは大きな違和感を持つ。

「なぜテラスはそう思うんだ?そこまでミユウを知っているわけじゃないだろ」

「そ、そうだけど、でも、ミユウさんの気持ちが強いのはわかるよ」

益々強まる違和感。

「そもそも、なんで図書館であそこまで激怒したんだ?テラスはオレとミユウの関係に口出しするほど、オレたちのことを知らないはずだ」

突っ込まれて言葉に詰まるテラス。
図書館で感情に任せて怒ってしまったのは自分の落ち度だ。

「ごめん…。でも、私はアンセムとミユウさんが幸せになったらいいなって思ったから。アンセムだって前にミユウさんを好きになれたらって言ってたよね?」

「それは大きなお世話というものだろう?」

言われてテラスはたじろぐ。
その通り過ぎて言い返せない。

「オレが誰を選ぶかは、オレが決めるよ」

「でも、それじゃミユウさんの気持ちは?」

泣きながら自分に懇願してきたミユウの姿を思い出し、胸が痛くなった。

「それじゃテラスは、もしオレがテラスのことが好きで好きで、誰よりも大切に思っていたら、その気持ちに応えてくれるのか?」

射るような目で見つめられ、テラスは恐くなる。

「で、でも…わからないんでしょう?自分の気持ちが」

「そうだよ。でもテラスがオレに言ったのはそういうことだ」

「それは…わかんないよ…」

そしてテラスは3歩後ずさりした。
アンセムが恐くて距離を取りたかったのだ。まるで責められている気分だった。

「まぁ…そうだよな…」

怯えたようなテラスを見て、アンセムもテラスから距離をとり、目線を逸らした。

「ねぇ、ミユウさんと別れて本当にいいの?」

しかし、テラスからミユウについて聞かれて頭に血が上る。
自分の選択が正しいかどうかわからないのに。

「自分の気持ちがわからないのに、どうしてミユウさんと別れなきゃいけないの?」

「オレはこれでも真剣に考えてるんだ!」

カッとして、つい口調が荒くなった。
驚いて小さくなるテラス。

「わからないけど、こんな気持ちは初めてなんだ。きちんと考えたいと思う。
ミユウを側において、それでいてテラスへの気持ちを考えるなんて、できるわけがない。オレはそんなに器用じゃないよ」

テラスは黙った。

「正直ミユウと決別するのは辛い。
だけど、自分で決めたことだ。誰に何を言われても、覆す気はないよ」

何か言わなければ、でも、何を言ったら良いのかテラスはわからなかった。
しばらく無言の2人。

「…迷惑かな?」

沈黙に耐えかねて、アンセムが先に口を開いた。

「一方的にオレの気持ちを言われても、テラスも困るよな」

コクンと頷くテラス。テラスも混乱していた。
混乱した思考の中で、それでもミユウとの約束は果たさなければと思っていた。
アンセムとミユウの関係がどうなろうが、約束を反故する理由にはならない。

「テラスは、オレのことどう思ってる?」

「アンセムのこと?」

「オレに対するテラスの今の気持ち、教えてくれないか?」

テラスは考え込んだ。

「アンセムのことは、好きだよ。友達になれたと思う。
だけど、それだけ…だと思う」

「そうか…」

わかっていたとはいえ、落胆してしまうアンセム。
だけど、どうやら嫌われたわけではないらしい。

「それで充分だよ」

そう思うことにした。
友人として好かれているだけで、今は充分ではないか。
アンセムは、ようやく表情を和らげた。
その顔を見て、テラスも安心する。

「こんな時間に押しかけて、オレの気持ちを一方的にぶつけてごめん」

そして頭を下げた。
テラスは無言で首を振る。

「また、今まで通り誘っても、いいかな?」

遠慮がちにアンセムが聞いた。
テラスは表情を強張らせる。
そして、無言で首を振った。

「どうして?今のは友人としての言葉のつもりだよ。それでもダメなのか?」

聞き返さずにはいられないアンセム。

「えーと…、うんと…」

テラスは答えに窮した。
一生懸命理由を考えが思いつかなかった。

「…ダメ」

「だからどうして?」

問われても答えは言えない。言い訳も思いつかない。

「どうしても」

だからテラスはアンセムに近づいた。そしてアンセムの胸を押す。

「もう帰って」

顔を伏せて言うテラス。
アンセムは悲しくなった。
これは拒絶なのか。
テラスはアンセムを必死に押し出そうとするがビクともしない。

「お願い、帰って」

ぐいっとテラスはアンセムの胸を押した。
そのタイミングでアンセムは一歩足を後ろに下げる。
バランスを崩したテラスは、そのままアンセムの胸に顔をぶつけた。

「いたっ」

アンセムはたまらなくなって、衝動のままにテラスを抱きしめた。

「!!!」

驚くテラス。
アンセムの腕はしっかりとテラスの腰と背中に回され、テラスの体はぴったりとアンセムの胸の中に納まってしまう。
一瞬頭が真っ白になったが、テラスは我を取り戻すと、腕をバタバタさせようにもしっかり抱きしめられて動かないので、足をバタつかせて抵抗した。

「離してー!」

言った瞬間アンセムの腕の力が抜ける。
テラスはザザっと後ろに飛びのき、アンセムと距離をとった。
アンセムの顔を見ると、今まで見たことのない表情をしていた。

(な、なに?その目は!)

アンセムの顔は少し紅潮し、寂しそうな、すがるような目をしていた。
激しく動揺するテラス。心臓がドキドキする。

「か…かかか帰って!」

もうそれしか言葉が出なかった。

「テラス…」

アンセムはそうテラスの名を呟くと、部屋を出て行った。
その後姿があまりに悲しそうで、テラスは思わず呼び止めそうにになるのを我慢した。
理由も伝えず拒否した自分は、もしかしたらアンセムを深く傷つけてしまったのかもしれない。
混乱する頭の中で、後悔がじわりと滲み出るテラスだった。