超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

コンコン。
ミユウはノックされた戸を開けた。
そこにはアンセムがいた。

「あ…」

ミユウが最後にアンセムに会ってから3日が経っていた。
自ら連絡をとらず、なんとなく避けていたのだ。

「やあ」

柔らかに笑うアンセム。
その顔を見ただけで、胸が溢れる思いだった。
ミユウはアンセムに抱きついた。

「会いたかったの」

小さな声でそう言った。
しかし、アンセムはそれに答えようとしない。

「話があるんだ…」

声のトーンから、楽しい話ではないことがすぐにわかる。

「部屋に入っていいかな?」

「イヤ」

ミユウは断った。

「部屋に入れたら、話を聞かなきゃいけないんでしょう?」

アンセムは答えない。

「なら入れてあげない。話を聞かないで済むなら、ずっと会えなくてもいい」

「ミュウ…」

「帰って」

「合鍵を返してくれないか?」

ミユウの抵抗も虚しく、アンセムは言葉を発した。

「…どうして?」

わかっていても聞かずにはいられなかった。
ミユウはアンセムを見上げる。
目には涙がいっぱいで、今にも溢れそうだった。

「自分の気持ちを考えたいからだよ」

「なにそれ?意味わかんない」

「オレも自分の気持ちが良くわからない。
だから、こんな状態でミュウとあいまいな関係を続けたくないんだ」

アンセムの真剣な表情。

「…入っていいわ」

ミユウは諦めてアンセムを部屋に入れることにした。
自分がどんなに抵抗しても、アンセムの決意は変わらないんだと感じたからだ。
足掻いても、自分が苦しくなるだけかもしれない。
それに、アンセムを困らせたいわけではない。

「話を聞かせて」

ミユウはソファに座る。アンセムその向かいに座った。

(何から話せばいいのか…)

決意して来たはずなのに、考えがまとまらない。
ミユウはアンセムの言葉を待っている。
自分でも理解しがたい支離滅裂なこの気持ちを、それでも言葉を伝えなければ。アンセムはそう思った。

「オレは、今までずっと真剣に生涯のパートナーを探してるつもりだったんだ」

ミユウは黙ってアンセムの話を聞いた。

「ミュウは一番それに近い存在だった。いろいろな女の子と出会ったけど、ミュウが一番寛げて、一番合うと思っていた。だから合鍵も渡した。
ただ、決定打がなかった。オレの中で、ミュウに決める決意ができなかった。待っていてくれるとわかっていたのに…。
いや、わかっていたから決断を先延ばしにしていたのかもしれない」

「私…ずっと待てるよ?」

ミユウはアンセムを見つめた。
この気持ち、どうか伝わって…。

「それでも、時間が経てば決意できると思っていた。このまま自然の流れでミユウと一緒になると…。でも、わからなくなった」

「それって、あのこのせい?」

ミユウが溜まらず口を挟む。

「あのこって、テラスのことだよな?」

問われて頷くミユウ。

「テラスは、正直今一番気になる存在だ。オレには解明不可能な女の子だな」

ふっとアンセムの顔が優しくなる。
そんな表情を自分に向けられたことがあっただろうか。
そう考えると、さらに辛くなった。

(ああ…、もうだめなんだ)

ミユウは確信してしまった。

「でも、未だに良くわからない。オレはテラスが好きなのかどうか…」

アンセムの言葉に、少しだけ希望を持つミユウ。

「正直、異性として魅力を感じるのはミュウだよ。自分とテラスが男と女の関係になっているところなんて、想像もできない」

「じゃぁ…」

「だけど、どうしても気になるんだ」

「……」

ついにミユウの瞳から涙が溢れた。

「気になるって、いったい何が…?」

震える声で問うミユウ。

「なんだろう、テラスの行動が。この先誰を好きになるのか、どんな男を選ぶのか。そして、どこかで自分を選んでほしいと思っている」

「なによ、それ」

「なんなんだろうな…」

自嘲しているようにアンセムは笑う。

「選ばれたら、自分がどうしたいのかすらわからない。なのに、テラスが他の男を選ぶのは面白くないんだ」

「あのこはアンセムを選ぶの?」

「さぁ…可能性は薄いんじゃないかな。最近また避けられてるし」

テラスは自分との約束を律儀に守ってくれているようだ。

「じゃぁ、今のままでいいじゃない」

「だけど、それってズルイだろ?」

「ズルくても、いい」

「オレが嫌なんだ」

アンセムはきっぱりと言う。

「ミュウのことは好きだよ。好きだからこそ、こんな気持ちのままつなぎとめてはおけない」

「どうして?私はいいよ。アンセムが自分の気持ちわかるまで、今のままでいい。最終的に選ばれるのが自分じゃなくても後悔はしない」

泣きながら必死に食い下がるミユウ。

「私、アンセムのことが本当に好き」

涙溢れる瞳でアンセムを見つめた。
目の前で泣きじゃくるミユウを見て、アンセムの胸は痛んだ。ミユウに泣かれたのは初めてだった。

「ありがとう。だけどオレは自分の気持ちを言えない。オレは好きという感情がわからないんだ…」

アンセムもミュウを見つめて言う。

「だから一度リセットしたい」

「うう…」

ミユウはついに泣き崩れた。
泣きじゃくるミユウを見て、アンセムも平気なわけがない。
抱き締めて慰めたい衝動に駆られが、懸命に堪えた。

「ごめん」

謝ることしかできなかった。
どれくらい経っただろうか。ついにミユウは涙が出なくなった。
泣き止んだ、というより、泣き疲れて涙も出なくなったのだろう。
アンセムはその間何も言わず、ずっとミユウに寄り添っていた。
残酷な優しさだ。
ミユウは覚悟を決めた。

「…わかったわ。離れてあげる…」

真っ赤になった目でアンセムを見る。

「ミュウ…」

罪悪感と共に安堵するアンセム。

「でも、合鍵は返さない」

その言葉を聞いて、アンセムの表情が固まった。

「でも、使わない。決して使わないから、あの合鍵は私にちょうだい?」

「だけど」

「お願い。私を選ばなくてもいいから」

縋るような眼差しを向けられ、アンセムの心が動いた。

「…わかったよ」

ミユウの必死な姿に、アンセムは頷いた。
鍵を持っていることで少しでもミユウの気持ちが楽になるならば、それでいいと思った。

「合鍵は、私がアンセムに興味なくなったとき、返しに行くね。アンセムが、結局私が良かったって気づいたときには、もう遅いかもしれないよ?」

「そうだな…。そういうことも、大いにありえるよ」

アンセムの本心だった。
そんなことを言われたら、未練が経ちきれない。
ミユウはアンセムに抱きついた。
この人が大好きなのに。

「ねぇ、最後にしよ。さよならエッチ」

ミユウは熱っぽくアンセムを見つめる。
アンセムは少しだけ躊躇したが、頷いてミユウを抱き締めた。
迷いは経ち切れていないのだ。

「ベッドにいこ」

ミユウがアンセムに囁く。
しかし、アンセムはミユウをそのままソファに押し倒した。セックスするのは久しぶりだった。
抱き締めたミユウの柔らかさ、香り、全てがアンセムの欲望を刺激する。

「アンセム…んっ…!」

アンセムはミユウに何度もキスをした。
ミユウは頭が真っ白になる。

(好き。好き。好き)

好きの感情でいっぱいになる。
2人は、今までで一番長く激しく求め合った。