「アンセム、暇なのか?」
図書館に行くと、挨拶の前にカイが失礼な質問をしてきた。
「暇ってこともないですよ」
「そうか、最近よく来るじゃないか」
にやりとアンセムを見る。
「テラスならさっき帰ったばかりだぞ」
「そうですか」
「テラスに会いたくて通ってるんだろう?」
「それだけってわけでもないですよ。生物学のグループディベートの手伝い頼まれたんで、それの資料集めもあります」
「そうか、忙しいのか?」
「忙しいってほどでもないですけど。随分先の話ですし。
何かまた手伝いでもあるんですか?」
「さすがアンセム、察しがいいなぁ」
カイは満足気に笑う。
「今回の仕事は割と誰でも頼めるものなんだが、アンセムも図書館に留まる理由がほしいだろうと思ってな」
「素直に頼まないと、引き受けませんよ」
「アンセム頼む。やれるだけでいいから手伝ってくれないか?」
改めて依頼するカイ。
「…はいはい」
アンセムはやれやれといった感じで応じた。
「じゃぁ、とりあえず中入ってくれ」
カイはアンセムをカウンターの中へ招き入れた。
カウンターの奥に部屋があり、そこへ通されるアンセム。
部屋には山のように本が積みあがっていた。
嫌な予感がする。
「これなぁバーコードの部分が劣化してるんだ。すでに新しいバーコードのシールは作ってあるから、上から貼って本棚に返してほしいんだが、頼めるか?」
「これを、オレ一人でやれと…?」
顔を引きつらせるアンセム。
ざっと見ても千冊くらいはありそうだ。
「もちろん、やれるときにやれるだけでいいぞ。他にも頼める人がいたら頼むから。特に期限もない」
アンセムはため息をついた。
「わかりました…。時間のあるとき片付けに来ます。とりあえず、今日は昼までやります」
「ありがとうアンセム!助かるなぁ!」
両手を叩いて喜ぶカイ。
「そうそう、最近テラスは夕方来ることが多いぞ」
ポツリと発言した。
-----------------------
カイに手伝いを頼まれてから、アンセムはコマメに図書館に通って着々と補修作業と片づけを続けている。
カイがせっかく教えてくれたので、とくに予定がなければ昼食後一休みしてから図書館へ行くようにしていた。
手伝いを引き受けてから3日が経ったが、まだテラスと会えていない。
ミユウの関係もぎこちなくなってしまった。
イライラが続く日々に地道な作業は無心になれて、今のアンセムにはむしろありがたい。
初日に本を分類し、コツコツとバーコードシールを貼り、1つの分野が終われば本棚に返しに行く。
今日は生物学がシール貼りが終わったので、本を台車に乗せて部屋を出る。
「お疲れさん」
カイが労いの声をかけた。
「ちょっと行ってきます」
そしてカウンターから出るアンセム。
「あ、アンセムさんこんにちは」
すると、ナミルに声をかけられた。
最近彼女は毎日図書館に通っているようで、今一番頻繁に顔を見る女の子だ。
「やあ」
短く挨拶し、前を通り過ぎるアンセム。
ナミルは台車に乗っている本をちらりと見た。
「カイさん、こんにちは」
ナミルはカイにも挨拶をする。
「ああ」
カイはナミルを一瞥するだけ。人を選ぶ性格なのだ。
「アンセムさんのしている仕事、私じゃ手伝えないんですか?毎日大変そうですよね」
しかし、ナミルも図太いので、気にせずどんどんカイに話しかける。
「君じゃ無理かな」
カイは短く答えた。手伝ってほしい相手はナミルではない。
「そうですか」
ナミルはそう言ってカイに背中を向ける。
行くべきところはひとつだ。
-----------------------
「アンセムさん、ここにいたんですね」
ナミルが生物学のコーナーへ行くと、アンセムが台車の本を本棚に片付けているところだった。
「ああ…」
アンセムは作業しながら適当に答える。
ナミルは台車に乗っている本を見てここに来たのだ。タイトルを見れば生物学関係の本だとわかるくらいにはなっていた。
「私、手伝います」
返事も待たずに、台車の本を手に取るナミル。
「わかるのか?」
「はい。このラベルの順番を守ればいいんですよね」
ラベルを指差しニッコリ笑うナミル。
大丈夫そうだと思い、アンセムは頷いた。
ナミルは次の本を手に取る。
番上の本ではなく、本棚の上に位置するラベルの本を選んだ。
そして、背伸びで一生懸命本を戻そうとする。届きそうで届かない、そんな位置の本である。
アンセムは見かねてナミルの手から本を取り、本棚に戻した。
「ありがとうございます」
自分の中で最高の笑顔をするナミル。
「これ、順番になってるから」
アンセムは台車にナミルを呼ぶ。
「ラベルのアルファベットと数字順に並べてあるから、崩さずにそのまま片付けた方が早いよ」
そう言って、まとめて3冊をナミルに渡した。
今度は手がたやすく届く位置のものだ。
「アンセムさん、そういうこともちゃんと考えて乗せてるんですね。すごいです!」
絶賛するナミル。
アンセムは困ったように笑うだけだった。
2人で作業した為、百冊ほどあった本は、あっという間に片付いた。
「ありがとう」
アンセムがお礼を言い、台車に手をかけた。
「あれ?お礼は言葉だけですか?」
ナミルはアンセムに近づく。
せっかく2人きりなのに、早々に退散されてたまるものか。
「だめかな?」
アンセムは涼しい顔で言う。
「少しだけ私とお話してくれませんか?」
ナミルは言った。
「アンセムさん、いつもすぐどっかに行っちゃうから。私、本当はアンセムさんとゆっくりお話したかったんです」
「オレもそんなに時間があるわけじゃないんだけど」
「少しでいいです。ここでいいですから!お願いします!」
アンセムの手を握り、ナミルは頭を下げ熱心に頼み込んだ。
「わかったよ」
あまりの勢いに押されるかたちでアンセムは了承した。
「やった~!ありがとうございます!」
ナミルは無邪気な少女を演出する。
しかし、アンセムはあまりテンションの高い女は得意ではない。疲れるからだ。
「あの…アンセムさんはもう決まった相手はいるんですか?」
本当はもっと他愛のない雑談から始めるべきだとわかっていたのに、どうしても気になっていたことを聞いてしまうナミル。
テラスとの噂は嘘だとして、ミユウとの関係が知りたかった。やはり本命なのではないか。
「それを君に言う理由はないと思うけどな」
冷たく流すアンセム。
しまったと思っても手遅れだ。このまま突き進むしかない。
「そっか…そうですよね。でも、知りたいんです。いたら諦めもつきますから…」
「諦めもつくって…」
「私、やっぱりアンセムさんが忘れられないんです」
ナミルは潤んだ瞳でアンセムを見つめた。
「1回限りの約束だったよね?」
「…はい」
アンセムに確認され、ナミルは認めるしかない。
それでも悪あがきしたかった。
「でも、アンセムさん私の気持ちわかってたんじゃないですか?」
「オレは期待を持たせるような言動は、ひとつもしていないつもりだ」
アンセムはナミルへの接し方に気をつけていた。
自分の発散のために抱いてしまった彼女にこれ以上近づいて傷つけるわけにもいかないし、誤解されても困る。
「私に可能性はありませんか?」
冷たく突き放されても諦めたくない。
アンセムへの気持ちは本物だ。
「悪いけど、ない」
きっぱりとアンセムは言う。
わかっていても、グサっと胸に刺さる言葉だ。
「…じゃぁ…体の関係だけでもだめですか…?」
どんなかたちでも構わないからアンセムと関わっていたい。
「意味わかって言ってんの?」
アンセムの声はますます冷たくなった。
「…はい…」
「相手に困っていないから」
「ダメですか?」
「悪いけど」
これ以上会話をしても不毛なだけだと思ったアンセムは、台車に手をかけた。
(行かないで!)
ナミルが慌ててアンセムの手の上に自分の手を乗せて止める。
見上げたらアンセムの顔が間近にあった。
ナミルは反射的にキスをする。
不意打ちでキスをされたアンセムが離れようとしたときだった。
「なにしてるの!」
突然の怒声。声の主はテラスだった。
ナミルはテラスを見てアンセムにしがみ付こうとしたが、アンセムは無意識に振り払う。
「…信じられない」
テラスは怒ったまま、その場を立ち去った。
慌てて追いかけようとするアンセムの腕をナミルは掴む。
しかし、乱暴に振り払われた。
「迷惑なんだよ」
決して大きくはないが怒気を含んだアンセムの声に、ナミルは動くことができなくなった。
図書館に行くと、挨拶の前にカイが失礼な質問をしてきた。
「暇ってこともないですよ」
「そうか、最近よく来るじゃないか」
にやりとアンセムを見る。
「テラスならさっき帰ったばかりだぞ」
「そうですか」
「テラスに会いたくて通ってるんだろう?」
「それだけってわけでもないですよ。生物学のグループディベートの手伝い頼まれたんで、それの資料集めもあります」
「そうか、忙しいのか?」
「忙しいってほどでもないですけど。随分先の話ですし。
何かまた手伝いでもあるんですか?」
「さすがアンセム、察しがいいなぁ」
カイは満足気に笑う。
「今回の仕事は割と誰でも頼めるものなんだが、アンセムも図書館に留まる理由がほしいだろうと思ってな」
「素直に頼まないと、引き受けませんよ」
「アンセム頼む。やれるだけでいいから手伝ってくれないか?」
改めて依頼するカイ。
「…はいはい」
アンセムはやれやれといった感じで応じた。
「じゃぁ、とりあえず中入ってくれ」
カイはアンセムをカウンターの中へ招き入れた。
カウンターの奥に部屋があり、そこへ通されるアンセム。
部屋には山のように本が積みあがっていた。
嫌な予感がする。
「これなぁバーコードの部分が劣化してるんだ。すでに新しいバーコードのシールは作ってあるから、上から貼って本棚に返してほしいんだが、頼めるか?」
「これを、オレ一人でやれと…?」
顔を引きつらせるアンセム。
ざっと見ても千冊くらいはありそうだ。
「もちろん、やれるときにやれるだけでいいぞ。他にも頼める人がいたら頼むから。特に期限もない」
アンセムはため息をついた。
「わかりました…。時間のあるとき片付けに来ます。とりあえず、今日は昼までやります」
「ありがとうアンセム!助かるなぁ!」
両手を叩いて喜ぶカイ。
「そうそう、最近テラスは夕方来ることが多いぞ」
ポツリと発言した。
-----------------------
カイに手伝いを頼まれてから、アンセムはコマメに図書館に通って着々と補修作業と片づけを続けている。
カイがせっかく教えてくれたので、とくに予定がなければ昼食後一休みしてから図書館へ行くようにしていた。
手伝いを引き受けてから3日が経ったが、まだテラスと会えていない。
ミユウの関係もぎこちなくなってしまった。
イライラが続く日々に地道な作業は無心になれて、今のアンセムにはむしろありがたい。
初日に本を分類し、コツコツとバーコードシールを貼り、1つの分野が終われば本棚に返しに行く。
今日は生物学がシール貼りが終わったので、本を台車に乗せて部屋を出る。
「お疲れさん」
カイが労いの声をかけた。
「ちょっと行ってきます」
そしてカウンターから出るアンセム。
「あ、アンセムさんこんにちは」
すると、ナミルに声をかけられた。
最近彼女は毎日図書館に通っているようで、今一番頻繁に顔を見る女の子だ。
「やあ」
短く挨拶し、前を通り過ぎるアンセム。
ナミルは台車に乗っている本をちらりと見た。
「カイさん、こんにちは」
ナミルはカイにも挨拶をする。
「ああ」
カイはナミルを一瞥するだけ。人を選ぶ性格なのだ。
「アンセムさんのしている仕事、私じゃ手伝えないんですか?毎日大変そうですよね」
しかし、ナミルも図太いので、気にせずどんどんカイに話しかける。
「君じゃ無理かな」
カイは短く答えた。手伝ってほしい相手はナミルではない。
「そうですか」
ナミルはそう言ってカイに背中を向ける。
行くべきところはひとつだ。
-----------------------
「アンセムさん、ここにいたんですね」
ナミルが生物学のコーナーへ行くと、アンセムが台車の本を本棚に片付けているところだった。
「ああ…」
アンセムは作業しながら適当に答える。
ナミルは台車に乗っている本を見てここに来たのだ。タイトルを見れば生物学関係の本だとわかるくらいにはなっていた。
「私、手伝います」
返事も待たずに、台車の本を手に取るナミル。
「わかるのか?」
「はい。このラベルの順番を守ればいいんですよね」
ラベルを指差しニッコリ笑うナミル。
大丈夫そうだと思い、アンセムは頷いた。
ナミルは次の本を手に取る。
番上の本ではなく、本棚の上に位置するラベルの本を選んだ。
そして、背伸びで一生懸命本を戻そうとする。届きそうで届かない、そんな位置の本である。
アンセムは見かねてナミルの手から本を取り、本棚に戻した。
「ありがとうございます」
自分の中で最高の笑顔をするナミル。
「これ、順番になってるから」
アンセムは台車にナミルを呼ぶ。
「ラベルのアルファベットと数字順に並べてあるから、崩さずにそのまま片付けた方が早いよ」
そう言って、まとめて3冊をナミルに渡した。
今度は手がたやすく届く位置のものだ。
「アンセムさん、そういうこともちゃんと考えて乗せてるんですね。すごいです!」
絶賛するナミル。
アンセムは困ったように笑うだけだった。
2人で作業した為、百冊ほどあった本は、あっという間に片付いた。
「ありがとう」
アンセムがお礼を言い、台車に手をかけた。
「あれ?お礼は言葉だけですか?」
ナミルはアンセムに近づく。
せっかく2人きりなのに、早々に退散されてたまるものか。
「だめかな?」
アンセムは涼しい顔で言う。
「少しだけ私とお話してくれませんか?」
ナミルは言った。
「アンセムさん、いつもすぐどっかに行っちゃうから。私、本当はアンセムさんとゆっくりお話したかったんです」
「オレもそんなに時間があるわけじゃないんだけど」
「少しでいいです。ここでいいですから!お願いします!」
アンセムの手を握り、ナミルは頭を下げ熱心に頼み込んだ。
「わかったよ」
あまりの勢いに押されるかたちでアンセムは了承した。
「やった~!ありがとうございます!」
ナミルは無邪気な少女を演出する。
しかし、アンセムはあまりテンションの高い女は得意ではない。疲れるからだ。
「あの…アンセムさんはもう決まった相手はいるんですか?」
本当はもっと他愛のない雑談から始めるべきだとわかっていたのに、どうしても気になっていたことを聞いてしまうナミル。
テラスとの噂は嘘だとして、ミユウとの関係が知りたかった。やはり本命なのではないか。
「それを君に言う理由はないと思うけどな」
冷たく流すアンセム。
しまったと思っても手遅れだ。このまま突き進むしかない。
「そっか…そうですよね。でも、知りたいんです。いたら諦めもつきますから…」
「諦めもつくって…」
「私、やっぱりアンセムさんが忘れられないんです」
ナミルは潤んだ瞳でアンセムを見つめた。
「1回限りの約束だったよね?」
「…はい」
アンセムに確認され、ナミルは認めるしかない。
それでも悪あがきしたかった。
「でも、アンセムさん私の気持ちわかってたんじゃないですか?」
「オレは期待を持たせるような言動は、ひとつもしていないつもりだ」
アンセムはナミルへの接し方に気をつけていた。
自分の発散のために抱いてしまった彼女にこれ以上近づいて傷つけるわけにもいかないし、誤解されても困る。
「私に可能性はありませんか?」
冷たく突き放されても諦めたくない。
アンセムへの気持ちは本物だ。
「悪いけど、ない」
きっぱりとアンセムは言う。
わかっていても、グサっと胸に刺さる言葉だ。
「…じゃぁ…体の関係だけでもだめですか…?」
どんなかたちでも構わないからアンセムと関わっていたい。
「意味わかって言ってんの?」
アンセムの声はますます冷たくなった。
「…はい…」
「相手に困っていないから」
「ダメですか?」
「悪いけど」
これ以上会話をしても不毛なだけだと思ったアンセムは、台車に手をかけた。
(行かないで!)
ナミルが慌ててアンセムの手の上に自分の手を乗せて止める。
見上げたらアンセムの顔が間近にあった。
ナミルは反射的にキスをする。
不意打ちでキスをされたアンセムが離れようとしたときだった。
「なにしてるの!」
突然の怒声。声の主はテラスだった。
ナミルはテラスを見てアンセムにしがみ付こうとしたが、アンセムは無意識に振り払う。
「…信じられない」
テラスは怒ったまま、その場を立ち去った。
慌てて追いかけようとするアンセムの腕をナミルは掴む。
しかし、乱暴に振り払われた。
「迷惑なんだよ」
決して大きくはないが怒気を含んだアンセムの声に、ナミルは動くことができなくなった。



