超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

ナミルは憤慨していた。
なぜならば、テラスという地味女とアンセムの間に噂が立ったからだ。

アンセムに抱かれた瞬間は喜びと高揚で淡い期待を抱いた。
ここ最近のアンセムは簡単には誘いに応じないと聞いていたのに、自分を受け入れてくれたからだ。
言葉の冷たさとは裏腹に、ベッドの中のアンセムは優しかった。あんなふうに優しく触れられたら、期待したくなるのは当然だと思う。

しかし、最初に宣言されたとおり、関係は一度きりで終わった。
その後、アンセムから話しかけられたこともない。何度かすれ違ったが、ナミルにまったく気付かない様子だった。
だから、自分から声をかけられなかった。

ナミルには少なからず女としての自信がある。
第三寮に入寮してから、途切れることはく男性から誘われる。少し気になる相手に笑顔で話しかければ好意的な反応ばかりだ。

それでも、アンセムはさすがに高嶺の花だったのかもしれない。
ナミルがそう思ったのは、ミユウとアンセムが一緒にいる姿を見たからだ。
こんなに綺麗な人がいるとは。同性ではっと目を奪われるような美しさだった。繊細ではかなげで、ミユウの周りだけ空気が違う。
アンセムとは正にお似合い。自分が敵うはずがないと思った。

アンセムを諦めてから、何人か誘われた相手と夜を過ごした。
もちろん、将来の可能性を感じた相手とだけだ。
それでも、アンセムとのセックスには誰にも敵わないのである。
あの脳が痺れるような快感は、他の誰とも味わえないものだった。
初めてをアンセムとしなければ良かったと後悔するほど、ナミルにとって忘れられない思い出となったのだ。

もう一度アンセムにアプローチしようか、そんなことを思う日もあった。
しかし、アンセムとミユウのツーショットが目に焼き付き、頑張っても無駄だと行動に移せない。
別の相手を探すしかないと、自分を納得させる日々だった。

ところが、アンセムがミユウ以外の女を何度も誘っているという噂を耳にする。
その女はテラスというらしい。
アンセムが何度も誘うのだから、よほど美しい女性なのだろう、ナミルはそう思った。
一目見てやろうと、友人と共にテラスを確認しに行ったことがある。
そして、食堂でテラスを見た瞬間、噂は嘘だと思った。
なんの変哲もないごく普通のモブキャラのお手本のような女だったからだ。
まさか、こんな特徴のない女にアンセムが拘るはずがない。
万が一噂が本当でも、この女になら余裕で勝てる、そんなことを考えた。

その後も、見かけるのはアンセムとミユウのツーショットばかりなので、やはり噂は嘘だと確信していた。
しかし、先日の立食会で真実を知る。
テラスという女は、アンセムから声をかけられていた。
親しげに会話をする様子に腹がたった。
そのすぐ後、アンセムと人気を二分するリツがやってくる。
そして、テラスの肩を抱きよせたリツから、アンセムが奪うように助けたのだ。
あんなモブ女が、人気トップ2の男性から奪い合うようなかたちになるなんて信じられず、怒りすら感じた。

納得できなかった。
あんな女がアンセムの特別になるなんて許せなかった。
ミユウなら仕方ないが、相手がテラスならば諦められない、そう思った。
ナミルは闘志を燃やす。本気でアンセムを振り向かせよう。
そう心に誓うのであった。

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「こんにちは。アンセムさん」

図書館でナミルが本を読んでいると、アンセムがやってきた。
ナミルは読書を中断し、アンセムに駆け寄る。

「ああ…君は」

アンセムが怪訝そうにナミルを見る。

「お久しぶりです。覚えていますか?ナミルです」

最高の笑顔を見せるナミル。

「ああ、覚えてるよ」

記憶が混濁していたが、すぐにアンセムはナミルを思い出した。
少しほっそりしたように思う。

「アンセムさん、良くここに来るんですか?」

ナミルはしらばっくれて聞いた。
情報収集し、ようやくアンセムが図書館を利用する話を聞いて、ここ数日通い詰めて待ち伏せしていたのだ。

「ああ、たまにね」

そう言ってアンセムは図書館を見回した。
テラスの姿は見えない。

「あの、今お忙しいですか?」

ナミルが遠慮がちに聞く。

「いや、そういうわけじゃないよ」

「じゃぁ、お勧めの本、教えてくれませんか?
私、生物学を専攻したんです。でも難しくて…。わかりやすい本があったらなぁって思って。自分で探しても、なかなか良いのが見つからなくって」

頼みごとをするのはアプローチ法の王道である。

「ああ…そういうことなら、少し待っててくれないか?」

「はい?」

アンセムはカウンターへ行き、司書のカイと話しながら何かを書いている。
数分のことだった。

「はい。ここに本の場所とタイトル書いておいたよ。
生物学の習い始めなら、この辺の本がわかりやすいと思う。数冊選んだから、読んでみたらどうかな」

そして紙をナミルに渡した。
ナミルは拍子抜けだった。一緒に探してもらおうと思っていたのに。
しかし、相手はアンセムだ。簡単に落とせるはずがない。
ナミルは落胆に気付かれないよう笑顔を保つ。

「わぁ!助かります!ありがとうございました」

明るくて礼儀正しいところをアピールしたくて、ナミルは深々とお辞儀をする。
アンセムは「勉強頑張って」と短い言葉を残し、カウンターの中に入って行った。カイに何か頼まれたのだろう。
本当はもっと話をする予定だったが仕方ない。
ナミルは後ろ髪を引かれる思いでメモに書かれた本棚へ向かった。

ナミルの就業教育は、美術・デザインであった。
あまり勉強が好きではないナミルは、実技の多い学科を選んだ。
しかし、アンセムが生物学専攻と聞き、共通点を作るためだけに追加した。
2ヶ月以上遅れての生物学の授業は難しく、ついていくのも難しいが、それでは意味がない。
せめて平均速度で習得し、それをきっかけにアンセムとのコンタクトを増やす作戦だ。
図書館に通い、3日目でアンセムに会うことができた。この調子で頑張らなければ。

実は昨日、先にテラスを見ている。司書のカイと親しげに話をし、あとは読書に集中していた。
見れば見るほど何の変哲も魅力もないただの女。
この女に負けるなんてありない。そう思うナミルであった。

アンセムが教えてくれた本は5冊。とりあえず全部チェックする。
そして、一番薄くて早く読み終わりそうなものを選んだ。1冊読み終えれば、感想を伝える口実で自然に話しかけられる。
わからないところを質問するのもいいかもしれない。
今日は図書館には留まらず、この本を借りて、自室でじっくり読むことに決めた。

カウンターに戻る途中、アンセムとまた会った。

「アンセムさん、ありがとうございます。これから読んでみます!」

精一杯可愛い自分を演出する。

「ああ、読みやすい本だから、大丈夫だと思うよ」

アンセムも笑顔で応えてくれた。
さぁ!本気出すぞ!