超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

嵐の立食会の後、テラスは散々な毎日を過ごしていた。
歩いていれば、通りすがりの女の子に暴言を吐かれる。
見ず知らずの男女に「あれってテラスじゃない?」と指さされる。
自分の部屋に悪口の手紙を差し込まれる。
嫌がらせはごく一部からだが、その一部が非常に粘着質なのだ。
唯一、図書館ではカイの目があり、利用者も少ないため、心穏やかに過ごせる場所だった。

幸いなことに、リツからの付き纏い行為は、あの立食会がきっかけでなくなった。
後からアンセムにその話を聞いたときは、本当にホッとしたものだ。
しかし、リツに付き纏われていたとき以上に周囲からの干渉が多く、さすがのテラスもうんざりしていた。

だから、今日も図書館に来ていた。
とくに用がなければ、最近はここにばかりいる。

「やっぱりここにいたのね」

声をかけられ、ドキリとして顔をあげるテラス。
相手がミユウだとわかり、ほっと息をなでおろす。

「こんにちは」

珍しい人から声をかけられたことに少しおどろきつつ、挨拶するテラス。

「こんにちは。少し話したいことがあるんだけど、いいかしら?」

相変わらず綺麗なミユウ。
声も透き通っていて聞いているだけで心地良いとテラスは思った。

「はい。いいですよ」

テラスは本を閉じた。

「場所、変えてもいいかしら?」

「はぁ…」

「できれば2人きりでお話したいんだけど」

「わかりました。本を返してくるので、ちょっと待ってて下さい」

そう言うと、テラスは席を立ち本棚の方へ向かって行った。
数分後、テラスは戻ってきた。

「お待たせしました。どこに行きますか?」

「そうね…、この辺で人気のない場所ってあるかしら?」

「それなら、図書館の裏の庭なら、ほとんど人が来ないですよ」

「そう、そこでいいわ。行きましょう」

そして2人は図書館を出て行った。
図書館の裏には、ベンチが数個あるだけの広い庭があった。
緑が多いがベンチ以外本当に何もない場所で、テラスとミユウ以外、人は見当たらない。

「で、お話ってなんですか?」

テラスは適当にベンチに座り、早速ミユウに聞く。
ミユウも少し間をとって、ベンチに座った。

「その前に、これからの話は私とあなただけの秘密にしてほしいんだけど、いいかしら?」

大きな瞳にじっと見つめられると、同性なのになんだかドキドキしてしまう。

「え~と、どんな話ですか?悪い話だったら黙ってるわけにいかないかも」

真面目に考えて答えるテラス。

「悪い話なんかじゃないわ。ただ、私の気持ちを聞いてほしいだけなの」

「気持ち?」

「秘密にしてもらえるかしら?」

「…はい。それならいいですよ」

なんだろう?と思いながらもテラスは了承した。

「あなたはアンセムのことを好きなの?」

いきなりの質問だった。
テラスはちょっと前にもタキノリから同じ質問をされていたので、今回は好きの意味が最初からわかった。

「異性として、ですよね?」

「それ以外に好きがあるの?」

不思議そうなミユウ。

「友人として好きですよ」

そう答えるテラスの顔を、ミユウはじっと見つめる。

「本当に?アンセムに恋愛感情はないの?」

「はぁ…。そもそも恋愛感情が良くわかりませんから…」

「そんな曖昧な言い方じゃ困るわ。恋愛感情はあるの?ないの?」

テラスは少し考えた。
以前カイから聞いた言葉を思い出す。その男に何か違うものを感じたら、逃げずに追求しろと言われた。
アンセムは他の男の人と何か違うだろうか?
わからなかった。
ということは、目立って違うところがないのだろう。

「ないです」

だからそう答えた。

「本当に?」

「はい」

あっさりと頷くテラス。

「じゃぁ、私のお願いを聞いてくれる?」

「なんですか?お願いって」

ミユウは少しためらった後に言った。

「もうアンセムには近づかないでほしいの」

言われた内容にテラスは驚いた。

「なんでですか?」

聞き返さずにはいられない。

「アンセムが、私から離れて行っちゃうから」

「へ?」

想定外の言葉に、テラスは頭がついていかない。

「なんでそうなるんですか?」

「アンセムはあなたに強い興味があるのよ」

「はぁ…」

確かに、そんなことをアンセムは何度か言っていたかもしれないが、なぜミユウから離れることになるのだろうか。

「それが恋愛感情になる前に、離れてほしいの」

「ええ!?」

その答えを聞き、テラスは驚愕した。
アンセムが自分に恋愛感情を持つ?考えたこともない。

「まさか!ありえないですよ」

即否定する。

「見ててわかるのよ」

ミユウの目に苛立ちが表れる。

「私、アンセムのことずっと見てたから、わかるの」

「……」

テラスはポカンとするしかない。
何を言っているのか。

「この前の立食会のとき、本当に驚いたわ。私、アンセムからあんなふうに庇われたこと一度もない。
アンセムが1人の子のために、あんなに怒るなんて知らなかった」

ミユウの大きな瞳が揺れていた。

「私、アンセムのこと好きなの。本当に好きなの。本気なの。
今まで、アンセムが他の誰かに気を取られたことは何度もあったけど、一時的なことだし、結局私を特別にしてくれてるっていう確信があった。
でも、あなたは違うの。私が知らないアンセムが、あなたといるとどんどん出てくるの。
このままじゃ、きっとアンセムはあなたの所にいっちゃう。そんなの耐えられないの」

ポロポロとミユウの瞳から涙が溢れた。

「ま、まっさかぁ…」

涙ながらに訴えるミユウを見ても、言われている内容にテラスはまったく現実感がない。

「今なら、まだ間に合うと思うの。これ以上あなたと接触しなければ、きっと前のアンセムに戻ると思うの」

ミユウは必死だった。

「アンセムの気持ちが私だけに向いていないことはわかってたけど、どこかで安心できていたの。きっと最後は私のところにきてくれるって」

テラスは聞くしかない。

「でも、あなたは違うの。もし、あなたがアンセムのこと好きなら仕方ない。好きな気持ちは止められないもの。
でも、そうじゃないなら、アンセムのことなんとも思ってないなら、私にアンセムを返して」

ミユウは泣きながら訴えた。勝手に涙が溢れてくる。
こんなことは本当に初めてだった。誰かに自分の思いをこんなにぶつけたこともなかった。

最初にアンセムとテラスが一緒にいる姿を見たときから、何かが心にずっとひっかかっていた。
その何かは、アンセムとテラスが一緒にいる姿を見るたびに大きくなっていく。
そして、前回の立食会で、それは決定的なものになった。
テラスは明らかに他の女の子と違う。

あの日、寮長の部屋へ当然自分も一緒に行って良いものだと思っていた。しかし、部屋へ帰るよう言われてしまった。
ミユウの違和感は焦りと恐怖になった。

「あの…落ち着いてください」

号泣するミユウを前にうろたえるテラス。自分が泣かせているようで心苦しい。なんとか宥めなければ。

「そんなの、ミユウさんの勘違いですよ」

「あなたにアンセムのことがわかるの!?」

「ミユウさんよりずっと知らないでしょうけど…」

「お願い!アンセムから離れて!」

困り果てながらテラスは考えた。
誰かのために友人と距離をおくのは納得がいかない。
だけど…。

以前図書館で切なげにミユウのことを話していたアンセムを思い出す。
アンセムはミユウを好きだと言っていた。ミユウが特別なら良かったと。一緒にいて穏やかになれると。
でも、まだ特別ではないと。

そして、こんなに綺麗な人が自分なんかを危険視して、なりふり構わずアンセムのために泣いている。
そんなミユウの姿が可愛いと思った。
応援してあげたいと。

アンセムとは友人になれたと思う。
話せば楽しいし、一緒にいる時間はあっという間に過ぎる。それでも、仮に今後会えなくなったとして、ミユウのように泣くほど辛くならい。自分にとってアンセムは友人の一人なのだ。

アンセムと話せなくなるのは寂しいと思う。
せっかく仲良くなれたのに、とも思う。
それでも、自分が離れることでミユウが安心できて、ミユウとアンセムがお互い特別な存在になれるなら、その方がいいに決まっている。

「いいですよ」

だからそう答えた。

「え…?」

ぐしゃぐしゃに泣いていたミユウが顔をあげる。

「アンセムが私に恋愛感情持つだなんてミユウさんの思い違いでしょうけど、私が会わなければミユウさんが安心できるんだったら、それでいいですよ」

テラスは優しい笑顔をミユウに向ける。

「本当…?」

「本当です」

ミユウは何も言わずにテラスを見る。疑っているのだ。
アンセムを好きにならない女の子なんているんだろうか。こうもあっさりと引き下がれるものだろうか。
テラスは私を陥れようとしていないだろうか。

「でも、いいですね」

テラスは独白する。

「そうやって、泣いちゃうくらい好きな相手、私も出会いたいな」

本心からの言葉に感じる。テラスが嘘をついているように見えない。

「テラス…」

「ミユウさんって可愛いですね」

テラスに他意はない。自分の気持ちに応えてくれたのだ。ようやく確信できた。

「ありがとう…」

礼を伝えるミユウ。
テラスに笑顔を向けられ、こんな子だからアンセムは気に入ったのだろうかとミユウは思った。