超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

今日は立食会の日。
テラスはいつもと同じ時間に仲間達と一緒に食堂を訪れた。
今日はアイリ、ライキス、タキノリ、ユキナが一緒だった。
ユキナは食堂に入ると、早々に最近お目当ての人を見つけてそちらに行ってしまった。
4人で談笑しながら食事をしていると、アンセムが声をかけてきた。
ミユウが一緒である。
全員、視聴会で面識があった。

「あれ、今日は早いんだね」

アンセムは普段終盤に来ることが多い。

「明日の朝早いんだ。だから今日は早く食べて早寝だな」

「品種改良で?」

「そうだよ」

2人の会話中、ミユウはアンセムの腕にふわりと掴まっている。

「リツのこと聞いたぞ」

ライキスが話に入ってきた。

「ああ…その後どうかな?」

「リツのことって?」

ミユウが聞き返す。リツがテラスを狙っていることを聞いていないのだ。

「ミユウ知らなかったのか?」

ライキスがアンセムを見る。

「ミュウには関係ないと思って話していないよ」

アンセムが答える。

「ねぇ、なに?教えて」

ミユウもリツに付きまとわれた経験があるため、気になるのだ。

「リツがテラスのことをアンセムのお気に入りだと思って、ちょっかいかけてきてるんですよ」

アンセムとミユウの様子を見ていたアイリが答えた。

「そうなの…」

ミユウはテラスを見る。
ミユウの耳にもテラスがアンセムに気に入られているらしいという噂は入っていた。
しかし、今まであえてそれには触れずにいたのだ。

「テラス、大丈夫?私もリツにつきまとわれたこと、あるのよ」

「そうなんですか!?」

驚くテラス。
タキノリもぎょっとしている。
アイリとライキスは、そういうことがあったのを知っていたようだ。

「ええ…。あいつしつこいからしばらく続くかもしれないけど、1ヶ月くらいで諦めると思うから、頑張ってね」

「1ヶ月も…」

げんなりするテラス。

「もしかして、俺の話をしているのか?」

いきなりテラスの背後から声をかけてきたのは、リツだった。
左右に女の子がいる。

「げ!!!」

振り向いてリツだとわかり、即逃げようとしたテラスだが…。

「おっと」

リツに肩を掴まれ引き寄せられてしまった。
即動いたのはアンセムとタキノリだ。

「てめぇ!」

タキノリがリツの顎を掴みテラスを引き剥がそうとする。

「なんだよ」

リツがタキノリに気を逸らした隙に、アンセムはテラスの手を握り自分の方へ引き寄せた。

「あっち行きなさいよ!」

アイリが噛み付く。

「ここは誰とでもゆっくり話す機会を与えられている場だろう?俺とテラスが話しても、なんら問題ないんじゃねぇの?」

ニヤニヤするリツ。
リツの左右にいた女の子たちは事態を理解できないまま、彼の側にくっついている。

「お互いが望めば、だろう?テラスはまったく望んでないぞ」

ライキスが冷たく言う。彼もリツのことが大嫌いなのだ。
テラスはアンセムに手を握られたまま、ささっと背後に隠れる。
周囲から好奇の視線を注がれた。
それをわかってリツが声を張り上げた。

「あ~あ、俺が熱心に口説いているのに、テラスは全然相手にしてくれない。寂しいもんだなぁ」

リツの張り上げた声がさらに注目を集める。

「うげ!なんてことを…」

この10日間、とことん避けられ一度も接触を取れなかったリツは、テラスに対して鬱憤が溜まっていた。
テラスを落としアンセムと差をつけるという当初の目的は、テラスへの嫌がらせに変換される。

「何を馬鹿なことを言ってるんだ」

わざと注目を浴びようとするリツの発言に不快感を示すアンセム。

「逃げる」

小声で言うテラス。逃げるが勝ちと判断したのだ。
アンセムがそっと手を離す。
テラスは駆け出そうとしたが、別の存在に阻まれた。

「なんでテラスなんかがリツさんに口説かれるのよ!」

どうやらリツのファンたちのようだ。

「はぁ?」

突然現れた同学年の女子集団に面食らうテラス。
アンセムたちも振り向く。

「最近調子に乗りすぎなんじゃないの?」

「そうよそうよ!」

「テラスなんて遊ばれてるだけでしょ!」

「勘違いして恥ずかしいわよ!」

5人からやいやい言われるテラスは、あっけにとられるしかなかった。

「何言ってんのよ!テラスは迷惑してるのよ!!」

アイリが怒った。

「迷惑ってなによ」

「お高いわね~!イヤな女!」

「あんたたちの方がずっとイヤな女じゃないの!」

「アイリやめなよ…」

ヒートアップするアイリを止めるテラス。

「アイリ、落ち着け」

ライキスも声をかける。

「俺の求愛を拒絶して目も合わしてくれないんだぜ」

面白そうに眺めていたリツが、5人組を更に煽った。

「あんたは黙ってなさい!」

アイリはなお噛み付く。

「何、この人」

「こわ~い」

リツの左右にいた女の子たちがアイリを挑発した。

「あんたのファンにはこんなのしかいないのか」

怒りのこもった目でリツを睨むアイリ。

「アイリ、もういいから行こうよ」

必死でアイリを宥めるテラス。

「女ってこえぇ」

ポツリと呟くタキノリ。

「行こう」

ライキスもアイリを促す。
ミユウは無表情にことの成行を見ているだけ。
黙っていたアンセムが口を開いた。

「きみたち、それくらいにしてくれないかな?」

精一杯優しい眼差しを女の子達に向ける。
リツのファンはアンチアンセムであることも多い。
しかし、美しい顔のアンセムに優しく見つめられ、勢いが衰える女の子たち。

「はは!アンセムもテラスに相手にされてないもんな。俺もアンセムも報われないなぁ!」

リツがまた余計な発言をする。
アンセムはアイリたちに「行って」と目で合図を送った。
頷いて、その場を離れるアイリたち。

「ちょっと待ちなさいよ!」

女の子の1人がテラスを呼び止めるが、無視して食堂を出た。

「アンセムさん、あんな子がいいんですか?」

矛先はアンセムに向く。
アンセムは余裕の笑顔で応えた。

「君たち、何か勘違いをしていないか?オレとテラスの間で噂が流れているようだけど、たまたま図書館の仕事や生物学の勉学で会うことが重なっただけだよ」

そう言って、そばにいたミユウの肩を抱いた。

「リツとテラスの間に何があったかは知らないけれど」

「おーおー、良く言うよ」

リツの冷やかしを、アンセムは涼やかにスルーする。

「きみたちはリツのファンなの?少し妬けちゃうな」

そう言って、ミユウから離れてリーダーと思われる女の子に一歩近づき見つめるアンセム。
さらに顔を少し近づけてこんなことを言うのである。

「オレは可愛い子はみんな好きだよ。君たちみたいな女の子なら、いつでも誘ってほしいな」

リーダーの女の子は顔が真っ赤。
その他の女の子たちも、ヒソヒソと話しながらもアンセムから目を離せない。

「おいおい、アンセムに騙されるなよ」

簡単に軟化する彼女達の態度に、リツは不快感を露にした。

「彼女達はオレなんかよりリツに夢中だよ」

しかし、実に爽やかな笑顔でアンセムは言い放つのである。

「そうだよね」

そして、また女の子たちに視線を送る。
もう彼女達は何も言えないらしい。

「ちっ!」

強く舌打ちするリツ。

「いいなぁ、こんな可愛い子たちに好かれて。やっぱりリツには敵わない」

すっかり王子様モードのアンセムだ。

「おまえの方が俺よりずっと性格が悪いな。ミュウ、こんな男がいいのかよ」

リツは苦々しくアンセムを睨んだ。
ミユウは軽やかにリツを無視。

「オレたちもそろそろ行こう。みんなはゆっくりリツと話せばいいよ」

そして、アンセムが笑顔のままミユウと手をつなぎ立ち去ろうとした。

「待てよ」

リツが呼び止める。アンセムは立ち止まらない。

「ホントにムカツクな、おまえも、テラスって女も。ウサ晴らしに無理矢理やっちまうか」

吐き捨てるようなリツのつぶやきに、アンセムの歩みが止まった。

「その言葉、このまま寮長に伝えに行く。明日に異寮が宣告されるかもな」

リツを見ずに言うアンセム。

「発言だけでそこまでいくかよ」

「おまえ、前回のことカイさんから寮長に伝わってるんだろう?それに相手が悪い。オレは異寮だと思うね」

振り向いて言うアンセムの目は氷のように冷めていた。

「な…なんだよ。相手が悪いって意味不明だな」

「まぁ、寮長が決めることだ。リツとは今日限りだな。幸いおまえにまだ決めた相手がいなくて良かったよ」

アンセムの本気と確信を持った様子に動揺するリツ。
アンセムはリツに背を向け歩き出す。

「待てよアンセム」

しかし待たない。スタスタと歩く。
リツはアンセムの前に回りこんだ。

「今さら、別の寮なんて行ってたまるかよ」

「そんなことは知らない」

どこまでも冷ややかな対応。リツを避けてまた歩き始める。

「…わかったよ!テラスにはもう関わらねーよ!」

リツの言葉にアンセムの歩みが止まった。

「本当か?」

まっすぐリツの目を見て問うアンセム。

「本当だよ。別にあんな女元々興味ねーし、おまえへの嫌がらせで手を出しただけだからな。その代償が異寮じゃ割りに合わな過ぎだ」

「…やっぱり信じられない」

「くそ!本当だよ!」

アンセムは暫く考え込んだ。

「わかった。今の発言まで全部を報告する。異寮についてもおまえが望んでないことも伝えてやる。
約束は守れよ。テラスに無理矢理なんて取り返しがつかないんだからな」

「意味わかんねーけど、わかったよ!」

悔しそうに吐き捨てるリツ。
アンセムは食堂を出て、そのまま寮長室へ行くことにした。
ミユウは何も言わず、アンセムについていく。
彼女が不安そうな顔をしていることに、アンセムはまったく気づかないのであった。