超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

アンセムはテラスと会うのを控えるようになったため直接話を聞けないが、リツとのトラブルの後、トラブルの話を聞くこともなかった。
テラスの側にはアイリがいるし、テラスもリツを見かけたら即逃げているのだろう。
図書館に行ったときに、カイからリツを出入り禁止にしたこと、寮長にトラブルの内容を伝えたことを聞いた。
もしかしたら、寮長からリツに何か指導が行われたのかもしれない。

テラスに会わないまま1週間が過ぎころ、アンセムは物足りなさを感じ始めていた。
テラスとのお見合いから2ヶ月が経った。
避けられたときもあったが、少しずつ心を開いてくれ、最近では週に3~4回はどこかで顔を合わせていた。
テラスと2人だけのときもあれば、図書館でカイを交えてや、アイリやライキスが一緒だったときもあった。
どの時間もアンセムにとっては楽しい時間だった。
それが日常になりつつあったタイミングでテラスたちと接点を失い、なんだか毎日が物足りない。
ミユウや他の仲間達といつものように過ごしているし、それなりに毎日を楽しく感じているが、ふとテラスを思い出し考えている自分がいた。
まるで攻略しかけのゲームを奪われたような気分だった。

だから今日、とくに用もないのに図書館へ行くことにした。
もしかしたら、テラスがいるかもしれない。
図書館に入ると、果たしてそこにはテラスがいた。
いつものお気に入りの席に座って読書をしている。
パっと気持ちが明るくなるのが自分でもわかった。
カイに挨拶してからテラスの元へ直行する。

「テラス」

声をかけるとテラスは顔を上げた。

「あ、アンセムだ」

にっこりと笑ってくれる。

「なんだか久しぶりだな」

「そうだね~!」

「あれからリツは何かしかけてきたか?…っと、読書の邪魔かな」

「いいよ」

そう言ってテラスは本を閉じた。
そんなテラスを見て、アンセムはふっと笑う。

「なに?」

不思議そうなテラス。

「いや、出会った直後にはありえなかった反応だと思ってさ」

「なにが?」

「直後だったら『はい。邪魔です』とか言われてたんじゃないかな」

「そうかな?…そうかも」

そしてテラスもふふっと笑う。
アンセムはテラスの隣のイスに座った。

「で、リツは?」

アンセムは一番気になっていることを聞いた。

「あー…あの人ね…。部屋に来たりしたよ」

イヤそうに言うテラス。

「あいつテラスの部屋知ってたのか…」

「ね、なんなんだか。でもアイリが一緒だったし、すぐドア閉めちゃった」

「そうか」

ホッとするアンセム。

「その他にも、食事中こっち来ようとしたけど速攻逃げたよ。遠くにいるの見つけたときも当然逃げた」

アンセムは自分が逃られているときを思い出して笑った。
徹底した逃げっぷりは相変わらずのようだ。
それでも、自分は食事時に逃げられなかっのだから、リツより随分とマシな反応だったのだとしみじみ思う。

「何笑ってんの?」

「いや別に」

「でも割としつこいかも。なんか目撃率が異常に高いんだもん」

「そうか。リツは執念深いからな気をつけろよ」

ミユウのときも付きまとい行為が1ヶ月ほど続いたのだ。

「そう言えば、ここまでは1人で来たのか?」

「ううん、タキノリが送ってくれた」

「ああ…そうなんだ」

「みんなで朝食食べたあと、ついでに送ってくれたんだ」

「帰りはオレが部屋まで送ろうか?」

「大丈夫だよ。昼食時にまたタキノリが来ることになってるから」

なんだか面白くないアンセム。

「アイリは?」

「今日は就業教育の日なんだ」

「そうか…」

「アンセムは調べ物?」

「とくに目的があって来たわけじゃないんだ」

「そうなんだ。珍しいね」

「もしかしたらテラスがいるかも知れないと思って寄ってみただけだよ」

じっとテラスを見つめるアンセム。

「私に何か用があったの?」

きょとんとアンセムを見るテラス。
アンセムはそんなテラスの頭に優しく手を乗せた。

「1週間顔を見ていなかったから会いたくなったのかな」

そしてポンポンと軽く叩くように優しく触れた。

「出た出た。サービストーク」

テラスは軽く合いの手を返す。
最初は真に受けてうろたえたが、アンセムのこの手の発言にはいい加減慣れっ子だ。
それだけ2人の仲が近づいたと言える。

「今のは本心なんだけどな」

テラスの頭に乗せた手を戻しながら、少し真面目な顔をしてアンセムは言った。

「アイリに言われたから、この1週間会わないように気を使ってたんだ」

「え?そうだったの?」

「テラスにこれ以上迷惑はかけられないからな」

元々アンセムがテラスの見合い相手に選ばれたのは、問題回避能力も考慮されてのことだった。
自分が関わったことで、テラスに嫌な思いをさせるわけにはいかない。

「そんなの気にしなくていいのに。アンセムが悪いわけじゃないんだし」

実にあっけらかんとテラスは言うのである。
こういうところがアンセムはとても好ましく思う。

「そう言ってくれてありがとう」

優しい笑顔に自然となれるのだ。

「テラスはオレに会いたいと思った?」

「なんで?」

真顔で聞き返される。

「………」

無言になるアンセム。

「あはは。ウソウソ。どうしてるかな?くらいは思ったよ」

手をひらひらさせて、テラスはフォローした。
テラスもアンセムも気づいていない。
以前2人が口を揃えて、会えない時間に思い出すような異性などいないと言ったことを。

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そろそろ昼食時。タキノリはテラスの迎えのために図書館を訪れた。
図書館に来たのは、実は今日が初めてだった。
タキノリの就業教育は服飾。学科の授業も多いが好きなのは実技なので、自ら図書館に訪れて勉学することはなかったのだ。
図書館に入り、一応司書のカイに挨拶をする。
席を見ると、テラスと、そしてアンセムがいた。
2人は何やら楽しそうに会話をしている。
アンセムが図書館に来てから1時間が経過していた。
声をかける前にテラスはタキノリに気づき手を振ってくれる。

「テラス、迎えに来たぞ」

「ありがとう」

アンセムはタキノリに軽く会釈をした。
タキノリも「ども」と言って挨拶を返す。

「もうそんな時間か。じゃぁ、オレは少し本を見てから帰るから」

そう言ってアンセムは立ち上がった。

「一緒にお昼行かない?」

テラスがアンセムを誘う。
タキノリは驚いた。

「ありがとう、テラス。今日はやめておく。また改めて誘うよ」

「そっか、またね」

「ああ、また」

そしてアンセムは本棚の奥へ行ってしまった。