超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

アンセムはテラスの部屋へ行こうとしたが、ふと考えアイリの部屋に直行した。
テラスとアイリの部屋はさほど離れておらず、すでに場所を知っていたのだ。
アイリの部屋に着き、トントンとノックをする。

「は~い」

アイリが出てきた。
アンセムの顔を見て表情が曇る。

「こんにちは。テラス来てるかな?」

「来てるわよ…」

ため息をつきつつ答えるアイリ。

「荒れてるわよ。大荒れ」

「テラスに会える?」

「ちょっと待って、聞いてみるから」

パタン、とドアが閉まる。
アンセムは大人しく外で待った。
すぐに再びドアが開く。

「いいわよ。テラス以外にも仲間がいるけど」

「ああ、構わないよ。ありがとう」

「じゃぁどうぞ」

そしてアイリはアンセムを部屋に招き入れた。
部屋にはアイリとテラスの他に女の子がひとり、男が2人いた。
視聴会のときにいたメンバーで、全員面識があった。
女の子の名前はユキナ。
男はキラという者と、そしてタキノリだった。
全員アイリとテラスと同年代である。
部屋に入るとアンセムに視線が集中した。
テラスはもう泣いていないが、目が少し赤く腫れている。
アンセムは心苦しくなった。

「アンセム、さっきは助けてくれてありがとう」

アンセムが話しかける前に、テラスが口を開く。

「いや…オレのせいみたいなものだし」

自分の行動が原因で、リツはテラスに目をつけたと責任を強く感じているため、お礼を言われても居心地が悪いだけだった。

「とにかく適当に座ったら?」

アイリが促しながらお茶を出してくれた。

「ああ、ありがとう」

とりあえず、空いている場所に座る。

「なんでリツがテラスにちょっかい出すわけ?」

座ったアンセムに質問をしたのはアイリだった。
テラスはあのときのアンセムとリツとの会話が耳に入っていなかったらしい。

「それは…あいつはオレのことが嫌いだからじゃないかな…」

言い辛いことだが、テラスには説明する必要がある。

「どういうこと?」

テラスはまったく理解できない。
アイリは「やっぱりね」という顔をしている。
リツがアンセムをライバル視していることを知っていたのだ。
他のメンバーは黙って聞いている。

「リツは入寮当初から何かとオレにつっかかってくるヤツだったんだ。特に女関係については。
自分の人気が一番じゃないと気が済まないようだった」

「は、はぁ…」

ますます理解不能のテラス。

「つまり、女の子から人気があるアンセムに張り合って、片っ端から女の子口説いては関係を持って、数でも質でも、アンセムよりリツが上だって、勝手に競ってたってこと。でしょ?」

アイリがテラスにわかりやすく解説し、アンセムに同意を求めた。

「そういうことだ…」

「何それ」

俯いて呟いたテラスの表情は怒りに燃えていた。

「最近は静かだったからオレも気にしなくなっていただけど、テラスに目をつけて、オレを挑発するために手を出したらしい…」

「なんだよそれ!」

黙って聞いていたタキノリが、大声を上げた。

「リツってヤツはあんたに嫌がらせをするためだけに、テラスを襲ったってことか!?」

怒りの形相をアンセムに向ける。

「…そういうことだ」

認めるしかなかった。

「アンセムさん、それってあんたにも落ち度があるよな。
そんなヤツがいるって知ってて、どうしてわざわざテラスに関わるんだよ」

タキノリはアンセムを責めた。

「やめなよタキノリ」

ユキナがタキノリを止めようとする。
アイリとキラは口出しせず見守っている。
テラスは俯いたままだった。

「テラスに好感を持ったからだよ。話していて楽しいと思った。だから親しくなろうとした。当たり前の感情だ」

アンセムは本心をそのまま言った。

「だからって、あんたのせいでテラスが嫌な目を見たんだぜ!」

「それは…本当に悪いと思っている。リツがどんなやつか知っていたのに油断したオレの責任だ。
だけど、あいつがいるからって、オレの行動に制限をかけなければいけないのか?」

「開き直るのかよ!」

立ち上がるタキノリ。

「タキノリ、アンセムを責めるのはおかしいよ」

俯いていたテラスが口を開いた。

「今までどんなことがあったのか知らないけど、アンセムは悪くないでしょう?悪いのはアイツだよ」

被害者本人に言われたら、タキノリは黙るしかない。

「テラス…ごめん」

アンセムは頭を下げた。

「アンセムが謝ることじゃないよ」

「だけどオレがもっとリツの動向を注意しておけば良かったんだ」

「リツだけじゃないと思うわよ」

アイリが口を挟んだ。

「なにか他にあるの?」

テラスはアイリを見る。
アイリはアンセムを見て言った。

「最近アンセムのファンが騒ぎ出してるって噂を聞いていたの。
アンセムは自分の人気なんて我関せずで、いつも女の子を誘うでしょう?今回は継続的にテラスに声をかけているから、女の子達の間で反感が強まってるみたいよ。
そろそろテラスに忠告しようかと思ってたの。嫉妬心からテラスに言いがかりつける女の子が出てくるかもしれないって思ってたから。
でもその前に、もっと厄介なことが起こってしまったけど」

「そんな噂があったのか」

アンセムには衝撃だった。

「もしかしたら、ミユウさんだって何か言われてるかもしれないわよ。まぁ、彼女はその本命候補として一目置かれてるみたいだけど」

アイリは試すように言った。
アンセムにとってアイリの指摘は痛いものだった。
噂されることが日常になりすぎて、鈍感になっていたのかもしれない。

「そんな噂あったの?」

アイリの言葉にテラスも驚いた。
こちらはただ噂にうといだけである。

「そうよ。テラスも周囲に無頓着だから、ぜ~んぜん気付いてないみたいだったけど。食堂で一緒に食事してる時なんか、チラチラ視線感じてたわよ」

「そうなんだ…びっくり」

「でしょうね」

「アンセムは誰かと話すだけで、周りが反応しちゃうの?」

テラスはアンセム本人に聞いてみることにした。

「どうかな…。そういうことも、あったのかもしれない」

「アンセムはそれが日常だから、気にならなくなっただけじゃないの?」

アイリが突っ込む。
テラスも頷いている。

「で、どーすんだよ。そのリツってやつは、これからもテラスを狙ってくるのかよ」

不機嫌に言うタキノリ。

「そうだろうな。テラスを振り向かせるって宣戦布告されたよ」

アンセムも苦々しく言った。

「げ。絶対イヤ」

心底イヤそうな顔をするテラス。

「テラス、本当にごめん。厄介な事に巻き込んでしまって。
これから何か用があるときは、オレができる限り付き添うよ。リツから守れるように」

アンセムの誠意を込めた申し出だった。
それに異を唱えたのはタキノリだ。

「おいおいおいおい、アンセムさん。あんたがこれ以上公然とテラスの側にいるのは逆効果なんじゃねーの?」

「それはあるわね」

アイリも同調する。

「そもそもあんたがテラスに関わるのを見て、リツってヤツがテラスを狙ったんだろう。あんたがテラスから興味をなくしたと思えば、そいつもどっか行くんじゃねーの?
しかも、今あんたのファンたちがテラスに嫉妬してるって言うじゃねーか。これ以上テラスの側にいても、ますますテラスの迷惑になるだけだと思うけどな」

「だからって、放っておくわけにもいかないだろう」

ムッとしてしまうアンセム。

「俺がテラスに付き添うから、アンセムさんはもう近寄らない方がいい」

タキノリがとんでもないことを言い出した。

「君には関係のないことだろう」

これにはアンセムも黙ってはいられない。

「テラスは俺の友達だ。関係ないことなんかあるもんか」

メラメラと友情の炎を燃やすタキノリ。

「2人ともいいよ」

テラスが口を開いた。

「もう顔覚えたから二度と近づかないし。付き添わなくても大丈夫だよ」

「だけど、厄介なヤツみたいじゃないか」

タキノリが食い下がった。

「でも、いちいち部屋出るときに人を呼ぶなんて面倒臭いし」

(テラスっぽいな)

アンセムは苦笑する。

「俺は心配だぞ!」

タキノリはなお食い下がる。

「私もちょっと心配」

アイリも言った。

「リツって嫌なヤツみたいだけど、アンセムをライバル視するくらいだから人気があるのよ。
もし、アンセムに続いてリツがテラスに近づいたら、テラス、女の子からかなり反感持たれると思うわよ」

「そうね。私の友達にもアンセムさんとリツさんのファン多いもの」

ユキナもうんうんと頷いた。

「だから、しばらく私が今以上にテラスと一緒にいることにするから。食事のときはテラスの時間に合わせて迎えに行ってあげる。
NOという答えはないわよ、テラス」

「ええー…」

ちょっとイヤそうなテラス。

「どこまでマイペースなんだか」

呆れたように言うタキノリ。

「オレのせいでごめん」

再び謝るアンセム。
それ以外、今はテラスに向ける言葉がない。

「アンセムも、本当に悪いと思ってるなら、少しテラスと距離とった方がいいわよ。
どういうつもりでテラスを誘うのか知らないけど、友達なら友達のことを思って一時的に距離を置くのが思いやりじゃない?」

アイリの言葉が胸に刺さるアンセム。

「そうだな…。オレが横にいるだけで迷惑をかけるなら、仕方ないな…」

力なく肯定するしかなかった。